Ep.29 開戦

 総戦力、配置につく。開戦の狼煙の代わりに砲声が上がる。天に鳴り響く轟音と共に土の城に大型の砲弾が降り注いだ。その下を人間ではありえないほどの速度で進撃する。


「ええ、部隊通信ってこれであってるのか?」


 俺たちの舞台は戦場に道ができてからだ。特攻舞台でありながらも主攻であり切り札でもあるため序盤では消耗を避けるべきなのだ。


「あってるよ少佐、ちゃんと確認しといてよね」


「駄々洩れだぞー」


 自分のゼルフィレイド中隊に向けて檄でも飛ばしてやろうと思ったが、機械の使い方がままならずに戦場全体に通信を飛ばしてしまったらしい。もちろんその場にいる数万の首都全戦力に向けて。帰ってきたライオスとモンドの声はしっかりと中隊通信であるのが腹立たしい。このままでは一人だけ声を上げている異常者じゃないか。


「ちょっとファイド、場を和ますのもほどほどにしたまえよ?」


「総統、失礼しました。まだ慣れないもんで」


 一人ずつの笑い声が束になって爆音が耳から流れた。うるさい、恥ずかしいではないか。総統のおかげで、空気の読めない新人がしでかした失敗から、新人が張り切った結果の失態に変わった。


「みんな首都が陥落するからとかいう理由で戦わないこと。結局戦争で大切なのは死なないことだ。隣のやつが死にそうなら助けてやれ、隣に助けられそうになったら次はそいつを助けろ」


 戦争において最も大切なことは死なないこと。負けないことだ。負けず戦い続けているうちに戦う理由がなくなり戦争が終わることもあるし、耐え続ければ戦争を続けられなくなることもあるだろう。今回に関しては攻略戦、死なないことよりも死んででも攻略することが求められる。だが、そんなこと知ったことか。


「いいねそれ、今度私も使う」


「レイズ、鼓舞ってのは茶化しちゃ意味ないんだよ」


 折角士気を高めようと気を使ったというのに、茶化されたら浮ついてしまうだろうに。実際に末端兵士は浮ついた。だが、小隊長たちのお茶らけた態度とは裏腹の大侵攻に現実を見る。ゼルフィレイド部隊の第一攻が出撃した。そもそも戦場でチャラけられる精神を獲得することがどれだけ大変なことか、それを知るまでは到底。


 あ、この人たちはこれで戦えるから問題ないんだ、と。


 自分たちは違うから、言われた通り助け合わなければ生き残れないのだと勝手に理解してくれた。流石に連邦の戦場で戦ってきた精鋭なだけはある。


「一陣は二陣と交代!」


 レイズの軍が大群の魔物に激突し、勢いが無くなったら次はライオスの軍が激突。次いでモンド、ケルトと交互に。そして、最期は俺の部隊で。


「フィン狙撃!」


「指揮官三体撃破!もっと進むよ」


 俺が声を上げるまでもなくフィンは一見強そうな魔物を狙い撃ちで殺してくれていた。流石の精度で、まだ敵は指揮官を失ったことに気が付いていないらしい。


「強く当たるぞ!」


 抜刀し魔装の影響で強化された一刀が驚くことに8体の魔物を切り殺した。ウィスターに破壊されてから、この国伝統の刀に新調したのだが、これがまた切れ味のするどいものだった。等級は希少レアでしかなく武器として弱い。


「少佐えっぐいなあ」


「なんつう出鱈目な威力だよ」


 この作戦は単に最前線の兵力が城を早く落とせばその分速く終わる。兵士の体力からかんがみても速度は重視すべきだ。強いものが無理をする必要がある。最も突破力のあるゼルフィレイド部隊が先陣を切らねば始まらない。


「交代、レイズ前でろ」


 突破力が無くなれば温存していた部隊を充てる。少しの遅れもなく部隊が入れ替わり、衰えない速度で進軍を続ける。


「了」


 連邦式の返答でレイズがもう一度強く当たる。


「見えてきたぞ」


 モンドの声、前を見ればひどく煙幕の濃い場所、少しして煙幕が晴れて知る。結界が張られており、あの威力の砲撃がすべて意味をなしていない。


 つまるところ、間違いなく悪魔がいる。いなければ城はおとりということが確定するようなものだ。


「シル、10人とモンドの部隊に移動。ライオスは残り30でレイズの後ろについてモンドの部隊と交代。レイズはケルトとモンド、シルで結界を破る魔法を準備」


 流れるように編成を変える。次の衝撃、土城に侵入するのは俺の部隊、其のために結界を破るのは小隊長たち。


「レイズ、ぶつかるぞ!魔法を撃て」


 俺の部隊が最前衛に立ち、レイズの大魔法が結界に直撃する。爆炎がまるで矢のように旋回しドリルのように突き破る。結界に阻まれ、されど役目は終えて霧散した。


 地面を強く踏み抜く。魔装の強化のおかげで地面を大きく抉る。姿勢を低くし、斬撃の能力を存分に発揮する。そして、城壁を破壊した。


「なだれ込め」


 俺の部隊が、中からあふれるほどに押し込められていた魔物と激突する。そして、後続も我先にと侵入し、レイズ、ケルト、モンドとすれ違う。城へはアッサリと到達した。だが、想定していた以上に大きい。そして魔物の数が全く減らない。


「ゼルフィレイド部隊より参謀本部。報告の三倍は規模が大きい。制圧には時間がかかる上、悪魔の気配がない。偵察ドローンをより深くへ飛ばすよう進言する」


「少佐、地下通路がある!そこから魔物が湧き出てくるよ!」


 ライオスの魔力感知により、地下通路の存在が発覚した。中を通る魔物の群れを完治したのだ。やはり狙いはここにくぎ付けにすること。


「続けて報告、地下通路から魔物の群れが押し寄せ来ている。狙いは主戦力の排除か誘引と断定するべきだ」


「了、直ちにドローンを配備。貴官は引き続き砲台の破壊を目指してください」


「了。―ケルト、行けるか?」


「行ける」


 砲台めがけて一直線に走り出すケルト、其の両サイドをモンドとライオスが切り開き道を示す。フィンが、遠距離から援護しアウラによる治癒で即座に負傷兵が前線に戻る。


「爆薬設置完了。距離とって」


 ケルトが砲台に爆薬を設置した10キロほどの火薬を砲身と、発射装置、砲台の三か所、計30キロの爆薬を。砲台一つを破壊するには過剰な爆薬の量。だが、砲台を粉みじんに消し去らねば、悪魔がどう利用するかわからない。故に用意した爆薬の量は多い。


「中隊全兵撤退!交戦している者は強引に離脱しろ」


 この時点で、自兵の数はかなり減っている。だが、引き換えに当初の目的である砲台の破壊ごと城が消え去った。


「第一次目標完遂、ゼルフィレイド中隊退却・・・」


 砲台が破壊されることが条件で発動する刻印魔法、その範囲は城を中心に半径5キロに及ぶ。地面と空に同じ魔法陣が顕現し、上部から下部へ下部から上部へ、幾何学模様の光線が入り乱れた。


「結界を張れ!」


「1番小隊集まって全員で結界を張るよ!」


「2番と3番も集まれ!」


 犠牲者が多い。並の結界では悪魔の魔法に耐えられない。結界ごと焼き貫かれるものが、目の前で倒れる。俺はフィンとアウラ、その周囲数人程度が限界だ。引き寄せる能力で光線を捻じ曲げている。俺の部隊に強力な結界を張れる者はいない。ケルトの部隊に行き、ケルトたちの集団結界に加わるよう促す。これが後五分も続けば全滅だ。


 地に描かれた魔法陣、その魔法陣を書き換えることさえできれば効果を破棄できる。魔法陣さえ読み取れれば魔法の効果を見ることだってできるのだが、いとまがない。俺の下にいるのはフィンとアウラあと数人だった。だが、ケルトが気を利かせて防御結界をこちらに貼ってくれた。そのすきに魔法陣を観察する。


 魔法の効果は、時間制限のない殲滅することが条件で終了する殺傷能力の高いものだった。読み取れたはいい、だが書き換える暇がない。


「アウラ、俺の陰に隠れろ。そして、作業が終わるまで治療し続けてくれ」


「ちょっと無茶しないで!レイズ、こっちに結界張れる?」


「あんたも無茶言わないでよ!まあやるけど!」


 ポケットから紙と水銀を取り出す。水銀をペンに付け、文字を紙に書き記す。何が魔法陣を破壊するか不明なため、魔法の定理破綻となるように、無茶苦茶な魔法回路を書き記す。魔法が使えなくとも魔法式を構築することはできるのだ。自分で試せないから一人では正しく動作するか確認もできないが。


 どれだけ書いたところで自分で使うことはできないが、魔法陣を破壊するのは電気回路に水を入れるようなもので魔力は必要ない。媒体さえあれば。


「頼むぞ、これで何とかなってくれ」


 腕に装着しているボウガンの矢に紙を巻き付けて、地面の魔法陣に三発、適当な場所に発射する。


「見つけた、少佐魔法陣が揺らいでるわ!ライオスの足元に打ち込んだら魔法陣が消える!」


「シル最高だ!」


 シルの方が魔法知識は豊富だ。使えるか使えないかの差だが、それだけの差がある。筆記では測れないそれのおかげで、光明が見えた。


 一発、打ち込んだおかげで魔法陣が崩壊する。


「報告します。偵察ドローンにより、敵本営の存在を確認。方位制圧地より北北西。距離5000、ゼルフィレイド部隊を始めとし制圧部隊全軍をもって目標の排除に当たってください。推定される射程は・・・壁内と市全域を射程に収めています!」


 かりそめの城にあった法大と破格の違う本命の砲台が確認された。ドローンの有効策手範囲は進軍前ではそこまで確認できなかった。だが前進したために確認することができたのだ。ゆえに出撃前から警戒は怠っていなかったがそれにしても破格の脅威だ。


「了」


「これより前方域には十分量のドローンは配備されていません。各員の判断の元、目標を殲滅してください」


「つまりいつも通り・・・少し前と同じってコトね」


 今は違う。引くことができず、許されずの戦場ではなく、総力戦が常というわけでもなく。ある種強要されているが死ねと命じられることはない。それだけ違うはずだ。結局同じことだと言えなくもないが。


「損耗の報告をしろ」


「私の部隊は5人死んだ」


「僕の部隊は9人」


「俺とケルトは4人ずつだ」


 俺の部隊は12人死んだ。合計すれば200人中34人が死んだことになる。悪魔の魔法を受けたにしては損耗率は少ない。他の部隊はもっと被害を受けている。ただ、一個小隊分がなくなったと考えれば退却してもおかしくはない損害だ。それでも、引いたところで次に失われるのは都市民でありその命は億を超える。


 如何に人道を誇ろうが、億の人間を前に数十数百の犠牲などないに等しい。いや、見てはいられない。



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