Ep.28 グリーフィング

 少佐となった俺は参謀本部に召集された。用件は言わずもがな、突如として見られるようになった魔物の築城のことについてだった。


「建てられていたのは粗末なものだった。まるでビーバーが作る巣のようにな」


「だから飽和攻撃で破壊できたんだ。だが、砲台は別。圧倒的な破壊力があるし、首都の結界も持たないだろ」


 大佐や准将が見解を述べる。集められたのは佐官のみでおおよそ30名いる。まだまだ空席があるが、それを埋めるだけの佐官はまだまだいない。


「航空戦力は無意味です。さらに言えば地上戦力も数多の魔物により到達は困難です。効果が見込めるのは飽和攻撃で使った砲台のような長距離砲でしょう。ですが、悪魔が現れれば結界によって阻まれることになる」


「やはり新設魔道大隊や各装甲車連体の直接攻撃に挑戦しなければならんな」


 細身だが鍛えられた体で、顔は年不相応の青年顔の癖に貫録はある人間がぎらりとこちらを見てきた。参謀長官なので無礼の内容にふるまわなければならない。年はあちらのほうが上だが。


「長官よ、挑戦するのは現場指揮を執る佐官と尉官以下だが?貴官の役目は彼らの帰路を死守することだ」


「これは失礼いたしました」


 こういう時は総統らしい態度を見せるものだ。全くもってどうでもいいことなのだが、おそらくは死地に赴くことへの配慮をしてくれていたのだろう。なにせ、最前線を切り開く部隊の少佐がここに居るのだからね。


「それで、新人には荷が重いのではありませんか?」


「如何なのか本人に聞けばいいだろ。すぐそこにいるのになぜそう喧嘩腰なのか、理解できないね」


「お言葉ですが総統、異国の得体のしれない人間をそばに置いておくなど、それも帝国臣民のブランになど」


「君は今その忌むべき帝国臣民とやらよりも醜く見えるが、それは私の眼が悪いからかな?」


 折角話をしようとして立ち上がったというのに、ネイアが声を冷徹に固くし威圧して、佐官を震えさせたから言い出しにくいではないか。というか一佐官が総統に楯突くなよ面倒くさい。


「総統、私のために大変恐縮なことですがこればかりは実績で答えなければ意味はありません。それに前例のない佐官への就任もあり懐疑の念を抱くのも無理もない。それに、方法がそれしかないというのならばやるしかありません」


 結局それしかない、というだけだ。地上戦力しか効果がないから、精々頑張ってね、と言われて戦えてしまう部隊が俺の部隊だ。それに失敗したとしても退却して問題の無い国にいる。正確に言えば問題ではあるが命までは奪われない。


 悪魔が相手ならば、悪魔単体で国家存亡の危機になる。悪魔が建築した城に立てこもるというならもう打つ手すらない。乾坤一擲を撃ち込まねば滅びるのならばやってみるだけやってみる。


「問題は果たして本当にあの程度の城で悪魔が満足するのかというところですな」


 参謀長官が再び口を開き、見解を述べる。悪魔は傲慢であり、孤高だ。財におぼれた王のように欲深でもある。


「私もそれに同感するところです。あの悪魔が雑多の出来で満足するはずがない。警戒すべきは目的と数でしょう。哨戒ではどのように?」


「確認されているものはこれだけです」


グリーフィングルームの映写機を操作していた人間が配布された資料を掲げて述べた。つまりは、確認されている適正戦力の拠点はただ一つ。その周囲に多勢の魔物がおり、他には何もないはずだ、と。


「いや、その城の奥に本命が隠れている場合は確認できないでしょう。そして、其の可能性は低くありません。城墜としをするのは主力部隊であり、砲撃から首都を守ることはできません。本命を建造する時間も稼げます」


「主力を包囲殲滅、という策も取れるというわけか。ないと思うよりもあると思って行動する方が良いでしょうな」


 参謀長が同意してくれた。実際に悪魔らしく最悪の策であると思う。粗末な城でも、魔物があふれるほどに押し込められていたら攻略に時間もかかる。主力部隊が居なくなった際、首都の防衛は難しくなり反って城に閉じ込められる可能性がある。そうなれば首都も前線もまた助からない。


「じゃあ、どうするつもりだ?」


「小型ドローンを飛ばすのは如何でしょう。どちらにせよ、すべての城にはこちらに致命傷を与えられる砲台が備えてあり破壊するしかありません。そして、重要なことは、あの砲台がどこから運ばれてあと何砲あるかです」


なぜ俺に意見を募るのだと言いたいところだが、上官たちに見つめられては仕方ないので見解を述べる。


「どこから・・・。確かに城の出来栄えに比べて砲台は先進的すぎる」


「どこかの国が滅んだ、というわけだ」


「あの砲台はそう作れるものではありません。保管や整備も必要になる武器です、それが長らく沈黙しているということは発射準備に時間がかかっているからではないでしょうか」


 整備局の局長が述べた。そして、長らく不明であったことに合点がいく。何故砲台は沈黙しているのか。飽和攻撃があったから、並びに砲台の守りを固めたかったから、それは違う。おそらくは悪魔が張ったブラフだ。砲台は発射できないのではなかろうか。


「整備員と発射装置すべてを移動させている可能性は?」


 ネイアの独り言のような声量がなぜか響いた。そして、「まさか」とバカにできないほど辻褄が合う。


「あり得るでしょう。知能があればそれくらいのことはするでしょうし、悪魔らしい考えだとは思います」


「ファイド少佐の言を採択すべきでしょうな。小型ドローンを限界量投入しましょう」


「期間は?そう掛けられないぞ」


「3日はかかります」


「なら作戦決行は4日後だ。各員準備するように」


「「「了」」」


 皆思い切りのいいことだ。だが、実際に猶予はない。いつ砲撃が来たっておかしくはない。今なお壁上からの砲撃は止まず、帝国になれば土製の城を破壊している。




 それから二日間、俺は参謀本部から帰れなかった。そして、三日目の正午になったらやっと解放された。その間、自分の部隊にいる隊員総勢200人には作戦概要を伝えている。内容は4個小隊からなる。小隊長をレイズ、モンド、ケルト、ライオスに決めている。それぞれ人数を40人だ。そして、俺が率いる人間が40人。作戦終了時に何人残っているか分からない厳しい作戦が初陣だ。


「家族に顔見せてやりな」


「総統、帰ったところで爆睡ですよ」


 60時間寝ていないのだから、当たり前だ。作戦は固めたとは言えない。結局物量でも個体戦力でも劣っている人間だから打てる手も少ない。


 軽口を言いながらさっさと帰った。


「兄さん、何で電話出てくれないの!」


「兄さん、何で構ってくれないんですか!」


「ちょっと待て。作戦会議中だってメールしたろ?帰れないのにどうやって構うんだよ!」


 むくれ顔の二人がなんとも愛らしいが、こっちは寝不足だ。遊んでやりたいし、お話もしてやりたいのだけどかなり辛い。


「分かった、じゃあ4時間だけ寝かせてくれ」


「四時間でいいの?」


「いつもそんなもんだろ」


 本来なら長時間寝たい。いつも大した時間寝ているわけではない。ショートスリーパーでも動けるだけで、万全ではないのが常だ。


「明日は戦争でしょ、いっぱい寝て」


「じゃあ8時間寝る」


 不満そうだが反論してくるほどではないらしい。お言葉に甘えてぐっすりと眠ることとした。同じ部屋の同じベッド、両脇に妹がいるのはいつものことだ。




 目が覚めた。部屋の中に晩御飯を持ち込んでくれていた。二人の妹はまだ寝ているようだし、時計はもう21時だった。明日の出陣は早い。と言っても10時であり、準備を含めれば7時には配置に居なければならない。それでも遅い方だ。それも二日前から準備されていたからである。見える範囲に別の城はなかった。故に、当初からの目標を破壊すれば作戦は終了だ。


「冷めてるな」


 硬くなった肉を切って口に運ぶ。味はいつもおいしい。


「変な時間に寝たせいで夜寝れねぇな。にしても200人の隊長か、面倒な役職だな」


 命を預かるのは正直向いていない。それなりに戦術や戦い方を知っているが、それでも犠牲0で勝負に勝つなんてことできるはずもない。


「勝てるかな、今度は」


 フィンが起きたらしい。不安そうな声、というか畏怖している。


「勝てるって何に?悪魔か魔物か魔王か、敵は多いぞ」


「いつになったら、一緒に笑って暮らせるんだろうって」


 明確な回答なんてあるはずがない。そもそもが終わりない戦争で、終わるとしたら人類史だ。勝てる勝てないではなく、戦えるか否か、行動できる猶予があるかどうかという次元の話だ。


「きっと今回は誰も死なない。これは勘だが、俺たち8人は全員でまたここに帰ってくるよ」


「兄さんの勘は外れないからね」


「まあ、今回に関しては勝ち目がある。悪魔を殺せなくとも砲台を破壊すれば勝だからな」


 全力を出したところで悪魔には勝てない。悪魔が相手なら早々に逃げるべきだ。逃げ場所が無くなるまで。


「武器の手入れは申し分ないか?」


「うん。でも私にはちょっと重たいかな」


「なに言ってんの魔装で軽々持ち上げられるじゃん」


「―そこは適当に頷いていればいいんだよ!」


 連邦の装備には使用者の魔力を起源とした肉体強化装備が配られる。形はあまり格好良くはない。だが装備性能自体は素晴らしい。俺にも配られているし、かなり強い強化が施される。悪魔の結界も破壊できるかもしれない。


「アウラを起こして夕食すましてこい。俺は風呂入って二度寝する」


「寝れるの?」


「本気出して寝るの。寝坊するなよ」


「分かってるって。―アウラ、起きてー」


 フィンとアウラの二人を見送って風呂につかり、今日を終えた。

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