Ep.26 演習

 全力の殺し合い、それならば負ける気はしない。最も、勝てる気もしないが。


 これはあくまで試し合い。少し前にプライドをへし折られたからここだけは負けられない。相手は頭も良ければ戦力も豊富。条件はこちらとほぼ同じ。だが、それでもレイズだけは格が違う。彼女が本気を出せば勝負にならない。


「狙撃来るぞ」


 一発のゴム弾が魔法の結界によってはじかれ、砕ける。


「フィンのやつゴム弾なのに精度変わらないのなんでなのよ」


 腹立たしいほどの腕前にシルは声を荒げた。戦場にとって、狙撃手とは最も警戒すべき脅威と言える。遠方からの一方的で確実な方法で指揮官の首級を狙えるのだから。


「なんで狙撃に気が付けるの?」


「反射光くらい気を付けてみるようにしろ。じゃないと、アイツのスキルに殺されるぞ?」


「フィンもスキル持ちなの?」


「あいつのは強いぞ」


 兄は誇らしげに笑った。フィンの能力は、長所にマッチしている。帝国では決して使うことのできない無用の長物。発現したことにだって数年気が付かなかった一撃必殺の権能。


 魔法師にとってゴム弾なんてものは恐れるに値しない。いかに連邦の武器が近代的で強力と言えど、結界があれば無力化できるものだ。ほとんどは、だが。それがゴム弾なればなおさらだ。だが、それでも気が付けなければ結界は展開できない。結界の常時展開は費用対効果が悪い。


「あいつのスキルは、狙撃特化の一撃必死のおっかないものだ」


 例えば、と前置きして淡々と説明する。


 狙撃する距離が離れるほどに威力が上がる。偏差が無くなり、貫通力も上がる。弾速も上がる。その威力のほどは・・・。


「来るぞ!」


「なんで少佐が分かるの!?」


 ゴム弾、弾速が遅く威力も低い。本来殺傷能力を削った玉であるはずのそれは、戦闘演習用の地形を変えて見せた。


「な?あいつ、俺らの腕くらいなら吹っ飛ばすつもりだぞ?」


「怖」


 流石のケルトも怯えたようだ。最も彼の鉄壁の守りをもってすれば防ぎきれるはずだが。


「なんなんだよこの兄妹は!!」


「結界持たない」


「まさか本当に当てないよね?」


「んなわけないじゃん」


「ボルトアクションだよね!?レートバグってんじゃないの?」


 一丁のライフルから、まるで弾が二発出ているのかのような速度で狙撃される。それも完ぺきな演算によって関節部を狙って正確に。土煙が激しく立ち込め、ファイドの眼が反射光を捕えられなくなった。同時に、フィンの視界も妨げられる、ことはない。フィンのスキルは複数効果持ちの強力なものだからだ。


「まだ来るぞ。アイツの視界はいつだって明瞭だからな」


 その気になればスコープを介さない肉眼でも狙撃してくるような、そんな気さえする反則的なスキルなのだ。対人なら必勝だろう。


「俺の周りに来い」


 四人で固まり、そのまま走る。道中狙撃は、引き寄せる能力で玉の軌道をそらす。弾丸の軌道だけはスキルでいじれない。必中でないだけでやりようがある。


「それって反応できなくても引き寄せられるんだ」


「対象を拡張しているだけだ。人間以外をそらしてる」


 仲間を引き寄せるわけにはいかないため、俺に近づくすべてをそらしている。複雑な操作は面倒だし、これで事足りるならばこっちのほうが楽なのだ。


「流石に見えないわよね?」


「見えないとは言っていないぞ」


 適当なことを、と流せるほどファイドは常人ではない。全速力で敵陣へと向かう。演習場自体はそこまで広くはない。とはいえ半径三キロはある。故に、フィンは六キロ先にいるはずだ。厄介なフィンから相手をしたいが、本陣がどこに移動しているかもわからない。


「右!誰かいるよ!多分レイズ」


 ライオスの報告に、シルが肯定の意を示す。二人の魔法による探知が外れるわけはない。だが、索敵魔法に長ける二人が居るこちらに奇襲を仕掛けるとも思えない。間違いなく、気配を隠すことに心血を注いでいる者がいるはずだ。


「ケルトを最後尾にして前進。速度上げるぞ」


「大丈夫なの?間違いなく本物だよ?」


「検知できたのは一人だけだろ?分散が目的かな、なんにせよ戦力を裂くことが目的だろ」


 主攻を単騎でこちらに向かわせることはないだろう。そもそも、レイズ一人で壊滅させられるほどの実力差はない。なら、モンドが居るか、アウラが居るかだろう。あるいは全員いるかもしれない。だが、フィンの居場所だけが分かっているのだから、遠距離を先に潰すのは当然のこと。


「でもさすがにフィンも移動してるでしょ」


「当たり前だろ。狙撃手だぞ?」


「じゃあ、どこに向けて走ってるの?」


「よし、ケルトは後ろに向かって走ってくれ」


「は?」


「シルとライオスは二手に別れて両脇から俺が見える位置にいてくれ」


「・・・了解」


 ここに来ての采配、意味が分からないが考えなしなわけがない。真意が分からないならとりあえず従っていればいい。これは殺し合いじゃないから。


 三人は言われた通りに走る。ファイドはそのまま直進だ。



「フィン、私は無視されたけどポイントへの誘因は問題ないよ」


「やっぱり兄さんなら気が付くよね」


 小高い丘に生えた木の上から見下ろすフィンの眼にはファイドの動きがすべて筒抜けであった。だが、修正可能な範囲だ。


「兄さんには悪いけど。頼むね、二人とも」


 耳に付けた通信機器、そこから聞こえる二人の承諾の声。



 地面が真っ赤に光る。


「やっぱ罠か」


 俺の足元、ドンピシャの位置だった。地面が熱くなる。殺傷能力のある魔法、地面から感じる魔力の起こりは間違いなく人を殺せるものだ。直上に飛びのく。示し合わせたかのようなタイミングで、空中から光る縄が四肢を縛る。


 木の上、敵意を感じた。反射光、間違いなくフィンの狙撃だ。スキルを使えば何とでもなる。だが、設置されていた魔法はまだあった。強風が吹きつける。体中に切り傷が付くほどに強烈なもの。流石に切り傷が増えるのは面白くないので拘束を斬撃で消す。


「特定できたか?」


「できたよ。レイズはケルトの前、モンドは少佐の前、フィンは視ての通り木の上、アウラは本陣から動いてないよ」


「なら一番近い奴を殺れ。アウラは放置でいい」


 通信機器を遮断する。そして、全員が会敵する。


「見つけたぞ、モンド」


「クソ、本気で行くぞ」


 肉体強化、結界を張って限られた条件下での全力で構える。


「木剣相手にビビり過ぎだ」


「武器にビビってんじゃねぇよ」


「そりゃそうか」


 肉体強化を施したモンドと全く同じ勢いで戦う。モンドは逃げの姿勢を徹する。レイズが来るまでのつなぎでしかないからだ。


 木剣では結界を破るのも難しい。モンドの体を引き付ける。魔法で攻撃をし距離を稼ごうとするモンドに対して、ファイドは魔法を受けながら腕をつかんだ。


「縛りありきで特攻しやがって」


「お前もだろ?」


 モンドの腕をつかみ、地面にたたきつけ、結界を破壊する。即座に貼りなおされる結界だが、まるで子供が人形を叩きつけるかのように何度も何度も叩きつける。


「ちょいちょいちょい!」


 結界が間に合っているから無傷で居られているが、ファイドの裁量次第で結果が決まる。


蚕縛靱ようばくじん!」


「おい反則だろそれ!」


 要縛靱は蚕のような細い糸で体を縛り、そのまま切り刻むむごたらしい魔法だ。もちろん拘束でとどめるつもりのようだが。


「俺も本気出すぞ。合気、からの発剄!」


 糸が絡まるより先に、モンドを宙に投げ、全力の技をぶち込む。ぶつかった木をへし折りながら、吹っ飛ぶモンドを見て、少しやり過ぎたと反省しながら他の戦場に向かう。


「悪くなかったが、折角教えた剣術で勝負しなかったのは気に食わないぞ」


 気を失う直前にどっちもどっちだろ、と言いながらファイドの後ろ姿を見ながら倒れた。




 フィンに言われてたからわかっていたが、レイズは相手を見て苦い顔をする。


「お互い決め手に欠けるね」


「俺は直ぐに少佐が来る」


「本当は私が先にケルトを倒して、全員で少佐を袋叩きにするつもりだったんだけど、結局一対一になってるね」


 互いの魔法戦が始まった。防御力はケルトが上、だが魔法技術はレイズが圧倒している。互いの攻撃は届かない。魔力量の多い方が勝ち、それはレイズだ。つまるところ、持久戦ではじり貧だ。


 魔法陣が数十個浮かびその直後に消える。効果を発揮し、されど届かずに。高々演習で、人類の最高峰に近い魔法戦が始まった。高威力の魔法同士が炸裂し、相殺される。実は、中隊で二番目に強いのはモンドではなくケルトだ。冷静沈着で危機感知もできる。さらには魔力量も多く防御力が高い。ついでに知能もだ。


「同時に行使できる魔法は私の方が多いのにね」


「―終わったらしい。どうする?」


「え、残ってんの私だけ?」


「アウラとフィンは投降、モンドは撃沈。俺はやめてもいい」


「少佐が来ても、二人が来てもきついよね。分かった、終わりにしよう」


 この後、一人だけ気を失ったモンドが激怒してしまうのは良い笑い話だった。結果、演習はファイド陣営の勝利、そしてこの一週間後に軍の正式入隊が決まった。

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