Ep.23 異国.2
料理を作るようになった。今までは
同じ年くらいの女性が集まり、同じような料理を作る。話しかけられて初めて、自分が話下手であると気づかされる。今まで命を賭けてきた家族としか話さなかったし、最近入った新しい仲間、それも認めてやってもいい。でもそれ以外との会話は、始めてだ。
「ねぇねぇそれ塩だよ!」
「え?・・・え?」
塩も砂糖も使ったことがないのだから知らなくて当然ではないか。そんなことを言っても、自分が哀れなアウトキャストと流布するだけで、同情されるのが落ち。
「う、うるさい!・・・おいしければいいんでしょ?」
「・・・確かにね。ねぇ、誰に作ってるの?」
やってみたいとは思っていたが、誰かに食べさせたいとは思っていない。食べさせたかった奴は死んだし、そうでなくともおいしくない料理をだれかに食べさせるなんてとんでもない。ライオスに笑われ、モンドに揶揄われるのが落ち。結果全員、文句を言いながらも完食してくれると、思えるのだけど。
「言わない!でも、しばらく教えて・・・ほしい」
「もちろん!」
ただの友達ができた。
働いてみることにした。従軍するまでに与えられた猶予、手続きが終わり次第、とはいかないがいずれ来る戦いまでの空き時間は彼らにとってとてつもなく退屈だった。命を賭けるほどに緊迫した日常なんてそう簡単にはやってこない。だから、日常はとても代り映えがしない。
「ケルト、そっち持ってくれ」
「うん」
二人で運送業に就職した。アルバイト、という奴らしい。仕事は荷物をトラックに載せるだけ。
「お前ら力あるな!冷蔵庫もいけるか?」
「はーい、ちょっと待ってくれ」
始めて見るものばかりでどこを持てばいいのかもわからないが、とりあえずトラックに運ぶ。詰め込み、運転席に詰め込まれる。ぎちぎちのまま次の運送地へと移動する。引っ越しもしなければならない。
「あなた達若いのに頑張るねぇ。ありがとうよ」
引っ越しの礼を言われた。考えてみれば礼を言われるなんて慣れていない。素直にうれしくなってしまい、こっぱずかしい。
「お疲れ!これ日当ね。ここ日払いだからさ、帰りになんか奢ってやるよ」
「いや、大丈夫・・・です。家族が待ってるんで」
「え、なに?ケルト妻子持ち?なら早く帰った方がいいね」
ケルトの言う家族はもちろんアウトキャストと数人だ。モンドは知っているから笑ってしまうが、ケルトを返して二人で飲みに行くことなんてしない。だから、帰る。
「お疲れさまでした」
「お疲れお疲れ」
漫画を読んでいた。ヒーローが弱い市民を助ける、王道らしいそれ。とても面白いが、現実はそんな恵まれていない、と可笑しいのだ。望んだタイミングで助けてもらえるなんて、そんなものは絶望ではない。もちろん、そういっても仕方ない。彼らは絶望を知らないのだから。ただ、物語として単純に面白かった。
「それ、好きなの?」
「え?いや、今初めて読んだけど有名なの?」
「知らないの?アニメ化もしてるのに!?」
「アニ・・・メ?ああ、ああ。あれね」
分かりやすく知ったかをした。でもアニメを知らない現代人がいるはずない、という先入観から全く疑われることもなかった。それから、話題の漫画について語りつくされた。日が落ちるまで。
携帯が支給されており、それでもアニメは見れた。これもまた面白い。それを見ながら電車に乗り込み、観光をするようになった。でもどこを見ても、外の世界には勝てない。
「また見に行きたいな」
最期の中隊人員の補給があったころ、桜を見に行ったことがある。桃色の美しい花びらが風になびかれる様をよく覚えている。あの時に誓いなおした、白蛇にはなり下がらない、という決意はまだ忘れていないが、もう志を同じくする者は少なくなってしまった。目頭が熱くなって、抑える。湖を見れば、水浴びしていた時のことを思い出して、一層に。
「みんなもう十分だよね」
一人、慣れない自室でノートを捲る。押収品からいち早く返してもらった呪いのノート。仲間からはそういわれているが、背反する印象を植え付けられている。死者のみが書かれる死後を託せる、押し付けがましいもの。それを断れないレイズはきっと死ぬまで抱える。今生きている彼らの名前もいずれは書くことになるのだろう。
「みんな遅いなぁ」
レイズは基本的に屋敷から出ない。引きこもりだとか、出不精だとか言われているが、全く意に介さない。することがないのだ。いち早く帝国に同胞を助けに行きたいのに、足止めされていることが気に食わない。でも、彼らが楽しんでいることはうれしかった。自分だけが取り残されているようで、少し怖い。自分には適応能力がないのだろう。終わりを待っているだけの人間だったから仕方ない、と言ったら多分怒られるのだろう。
「少佐のとこ行こ」
いつでも屋敷にいるのは少佐くらいだった。ついでに妹二人がいつも同じ部屋にいるが。最近は話し相手が少なくて、代わりにファイドに会いに行くことが多い。
ドアをノックして、アウラの声がするのはいつものことだ。
「兄さんならいませんよ?」
「え、嘘でしょ。少佐まで?」
少佐はもともと興味を優先するタイプだったな、と思い出した。そうでなければ会うこともなかっただろうに。書類仕事に追われているからいつでもいただけで、それがなければ外に出るはずだった。
「レイズさん、兄さんを狙ってるんですか?」
「命狙ったことはないよ?」
「好きな人でもいるんですか?」
「好きな人?恋愛ってこと?よくわかんないけどいないでしょ」
「なんであやふやなんですか?」
「いつになったら開けてくれるのよ!」
今までは扉を挟んでのやり取りだった。きっとこういう話は同じ部屋で小声でするものなのであって、扉を挟んで大声でするものではない。
「話し相手になってよ」
数秒、数十秒くらい間があいてからドアが開く。気まずそうにアウラが顔をのぞかせて二人がファイドの部屋に入る。
「何を話すんです?」
「決めてないや」
暇だったから来ただけで、話題なんてない。
「アウラはなんで少佐と仲がいいの?」
「私を奴隷として買ってくれて、本当の妹くらいに大切に育ててくれたからです。あと、料理がおいしくて守ってくれて格好良くて頭が良くて」
「好きなとこ聞いてるんじゃないのよ!」
アウラはファイドのことを話し始めれば止まらないと知っている。今までに何度かあったから。
「どんなに忙しくても、本当の妹じゃないのに時間を使ってくれるんです」
「あ、そうだよね。私たちにも積極的に話しかけてくれるし。でも、いつ仕事してるの?」
「いつでもですよ。寝る時以外は、というかここ最近は寝る間も惜しんで書類書いてましたよ」
「少佐のおかげだったんだね。私が暇してたの」
「今更ですか?」
「本気なんだね。―私のせいじゃないよね?」
自分が言い始めたことに付き合わされている程度なら、やめてほしい。それに、本気で取り組んでくれるなら嬉しいが、押し付けているのではないかと心配になる。
「兄さんは多分昔からそうですよ。自分で決めたことしかしない人だし、それがどんなに難しくても本気になれる人なんです」
誇らしげに言い切るアウラに、レイズは笑った。アウラにとってファイドは本当に兄以上の存在になったんだと理解できた。自分にはそんな相手はいない。自分には兄や姉は居たのだろうか。母や父はどんな人だったのだろうか。少し寂しいと感じた。
「お前ら、ここ俺の部屋な。別にいいけど、アウラこれお土産。こっちはフィンからな」
ファイドが帰ってきて、扉のそばに置いてある小棚に二つの紙袋が置かれた。
「あ、レイズのはないや。ごめん、また買ってくるから」
「いいですよ気を使わなくて」
少佐はきっとアウトキャストを同等に扱ってくれる。だから皆、認め始めている。仲間として。だから直ぐにさも「プレゼントを渡すことが当然」と言わんばかりに謝ってくれたのだ。少し嬉しく、不思議で、面白い。
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