Ep.22 異国
ようやく壁から解放された。そして、初めて連邦国を見下ろしてみればあまりの異界感に驚いた。
壁から出ればすぐに地下10メートルはあるだろう堀が広がる。水も張られておらず、明らかに侵入してきた魔物を落下死させるための堀だ。そして、堀の外には5メートル程度の壁があり、ところどころに高台がある。そして、驚いたのは壁にいくつかの昇降機があったのだ。それも工業用であったり、手動であったり魔法によって同力を得ているわけではなく電力で動いているようだった。確かに、周り全てがダムのような働きをしているため水力発電で得られる電力は年を維持させるに相応しいものなのだろう。
「ウソでしょ?箱が動いてる」
「馬がいないのに馬車が動いてるんだけど」
「人いすぎだろ」
皆一様に驚きを共有している。どう見ても先進都市だ。多種多様の民族がいるのも見えた。
「お前たちはこっちだ。早く乗れ」
「乗る?これ・・・何?」
「エレベーターだ。本当に帝国はこんなものもなかったのか?」
案内してくれる軍人は、呆れたように見てくる。見栄えを重要視してくるほどに、技術に余裕があるということは、初めて昇降機を作ったのはかなり昔のことなのだろう。
「あれは電車、あれは車、あれはテレビ、あれは電波塔・・・ああ、後は自分たちで勉強してくれ」
流石にすべてを説明するには時間が足りないらしい。それでも、今あげられたすべてが見たこともないようなもので、心が躍った。たどり着いた国がここでよかった。
エレベーターから降りれば、直ぐに黒塗りの車に乗せられる。少し大きめに思うそれは8人と運転手を乗せても少し余裕があるようだった。窓も黒く塗られており、外はあまり見えないが、それでも伺える様子は帝国のどこよりも活気にあふれていた。
「すっげぇ」
「帝都はこんなんじゃなかったの?」
「馬の糞だらけだったぞ」
「想像通りだな」
明らかに彼らは帝都を馬鹿にしている。俺も馬鹿にしていた。電気の概念すら周知されていないほどに低能な連中の国だ。今なお馬車が交通手段の際たるものなのだから。
「君たちのことは早朝に公開されます。ただ、プライバシーに関しては厳重に管理しますから安心してください」
「見世物にしないってことね」
シルが鼻を鳴らしてそういうが、結局はそういう事だ。軍が身近に置いておきたいから、軍に入隊希望だから、理由は様々あるのだろう。
「ここが君たちの家です。自由に使っていいですよ」
運転手が、車を止めてドアを空けながら笑顔で案内してくれる。友好的な笑顔に裏はない気がした。連邦市民は本当に善意であふれているように思った。
「大きくねぇか?」
「僕たち八人用なんだよね?」
館、部屋数も広さも過剰だ。もしかすればどこかの富豪の家なのかもしれない。要監査対象なのだから同居人がいるとは思えないが、それにしても広い。
「ここは前大統領官邸ですからね。専属の使用人が一人と、たまに大統領が様子を見に来るみたいですよ」
「持て余すって」
劣悪な環境から最高峰の環境へと遷移して直ぐに受け入れられるはずもない。慣れてしまえば、他に感心することができなくなりそうでよろしくない。生活水準が上がりすぎて人生に対する関心が薄れてしまうのは怖い。
「とりあえず入ろうよ」
ライオスが固唾をのみ扉を開けた。大きな扉だったから力をいれたのだろうけど、軽すぎてライオスがこける。それを見て、みんな笑いがこみ上げた。こんなことで笑える環境に居られることに、幸福を感じた。
まず建物に入れば、巨大なロビーに巨大なシャンデリア、様式は帝国に似ているが、明らかに精密さが違う。階段が双方向に伸びており、一階は食堂や義室に調理場や保管庫がある。二階は客室に執務室に各々の自室が並ぶ。既に軽く整備されているようで、必要であろう物、金や国の交通手段についてや店などについて書かれていた。
「風呂が二つあるぞ!」
「こっちはなんかでっかい黒い板があるよ!」
「なにこれ?」
男子たちがはしゃぐ。恥ずかしそうに女性がたしなめながら、案内人は帰った。そして、代わりに使用人が出てくる。
「あなた方のことは現大統領から伺っています。身の回りをお世話いたしますミザリーと申します」
「よろしく」「よろしくね」「お願いします」
と各々の言い方で挨拶して、自然と部屋に入る彼ら。きっとバラックでの部屋割りと同じ部屋に。余った部屋を妹二人と俺で分ける。
「ファイド様は、執務室をご利用ください。これから書類に追われる日々が待っていますから」
「ゲ…分かったよ。ありがたく使わせてもらいます」
必然的に執務室の隣の部屋が俺の部屋になった。右隣をフィンが、対面の部屋をアウラが使う。
予想される明日からの激務の日々に怯えてもうベッドで休むことにする。体を預けてみて分かる高級感。部屋の備品はどれも高級なものなのだろうが、使用感からわかる別格の使い心地。
「これは、いいな」
一瞬で眠ってしまった。翌朝聞いたことだが、晩御飯の用意されていた食堂には誰も来なかったらしい。皆死地を突き抜けてきて、疲労がたまっていたのだと可笑しかった。
起きた。館にあった書庫に入り浸る。一日で5冊、二日で12冊、三日で27冊。必死だった。この国の歴史を知り、感じる。魔法により巨大な壁を作り上げられた。施工期間は何と200年。外壁が完成すると、次は内堀を作り始めたらしい。それは10年もせずに終わったようで、内壁もまた同じくらいの施工期間で終わったらしい。300年間で独自の開発技術が取り入れられここまでの発展を見せたようだ。
そして、悪魔の言っていることもまた正しいと知った。どうやら魔王は10体いるらしく、500年前に二体が人類の納める大陸にやってきたらしい。もともと、この世界には魔大陸と人間の大陸があったらしいことも知った。
「兄さん、外でようよ」
「そうだな。頃合いだし行こうか」
いつまでも本を読んでいるのもおかしな話だ。現在は練兵のために防衛線を続けているらしい。悪魔が相手なのだから慎重に成っているのだろう。
この国のことを真に知るならば、練り歩くに限る。歴史についてはそれなりに勉強して知っているから、この国の楽しみ方も知っている。
残念なことは、電車に乗ろうと大した景色は見られない。壁しか見えないし、建物しか見えない。フィンは楽しんでいたようだから俺も楽しめたが。
昼を食べた。海鮮が出てきたのはきっと漁港があるからだろう。実はこの国は円形ではなく、半円で壁も弧を描いている。図形でいえば弦に当たる部分が海岸線であり、そこには高さが30メートルほどの低めの壁があとから建設された。
「生魚、思ったよりおいしいね」
「これ俺好きだ。この天ぷらとかいうやつ、作り方調べて見よう」
「どれどれ、私も食べたい!」
金は十分にあるから、追加で注文した。使い慣れない箸というものを努力して使って。
「食べさせてよ」
「いいけど、アウラに自慢するなよ?」
面倒だから、とは言わない。二人は俺のこととなれば自分の方が、とマウントを取り合う。見栄の張り合いに何の意味があるのか分からないが、仲良さげなので放置していたが喧嘩になったので忠告するようにした。
「はーい」
この顔は絶対に自慢するな。ただでさえ忙しいのに、喧嘩を仲裁している暇はない。レイズに頼もう。
箸は食べさせやすいな。
一通り練り歩いて、日が落ちていく。壁のせいで、日照時間が少し短めなのも良いことではない、と思う。日の堕ちる様が見えないのは少し寂しいものがある。
ふと後ろを見れば、ガラスケースにへばり付くフィンの姿があった。何が気になるのかと思えば、どうやらファッションに興味があるらしく服屋のファッションモデルを見ていた。
「買ってやろうか?それ」
「いいの?」
「持ってきた金貨もすべて買い取ってもらえて思ったよりも金になったからな。かなり金持ちだぞ、今」
不労所得も合わせると、普通に働いている者よりも貯金はある。有限だが。
白い髪と白い目によく似合う白いワンピース。年相応の格好に見えて、とても初々しく可愛らしい。妹に苦労させている、とふとやるせなさが生まれた。
「兄さんありがとう!」
「・・・なあ、もうちょっとゆっくり楽しまないか?」
まるで死ぬ前に詰め込んでいるようで、覚悟を決めるために生き急いでいるようで怖くなった。
「大丈夫だよ兄さん。私は絶対に死なないから」
やっぱりフィンは察しがいい。だから隠し事もできないし、結局俺が折れるしかなくなる。やっぱり戦場に連れて行きたくはない。出来るなら、今のこの状況がずっと続けばいいとさえ思う。でも、結局これが長く続くことはないと知っているから、戦わないといけない。結局どれだけ堅牢な守りを作り上げようと悪魔の魔法全てから守り抜くことなんて絶対に出来ないのだから。
「違うよフィン。俺がお前を絶対に死なせないんだ」
「うん!」
こんなにかわいい妹を魔物如きに殺されてたまるか。絶対にフィンが幸せになるまで見届ける。それまでは死なないし死なせない。
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