Ep.21 入国

 通信が始められる。


 私たちはここから南に進んだ場所にある帝国から来たものです。話し合いの場所を設けてください。


 返事は掃射だ。もう一度試みる。


 私たちは貴方たちに敵対するつもりはありません。ただ一度、話をさせてください。


 光魔法ならば昼の光ですら遮断されない。見にくいが、何らかの意思をもっての行動というくらいは分かるはずだ。


 銃撃が止んだ。玉切れか、或いは・・・。



 水門が開かれた。水位が若干下がったかと思えば、水の流れに巻き込まれ沈みかけた船が水門に入る。


 左右には機関銃が6門ずつ設けられており、侵入者は絶対に生きて返さないという意思を感じる。幸いなことに機関銃は熱を帯びることはなかった。そして、二つ目の水門が開かれる。そこでは水がすべて遮断され、瓦礫同様の船がコンクリートの床を引き釣り、上に乗る全員がよろけた。


 歓迎はされていない。もちろん、中に入れてもらえた以上話は聞いてもらえるものだと思いたいのだが。


 そして、其の奥にある三重目の門が開く。その門の奥は何と正方形の闘技場のような作りになっている。左右から扉があり、正面側の壁にはガラスがはめられている。その中に数人の人影があった。


「まるで見世物ね」


「言う通りだよね。私たちなぶっても何も出ないのにね」


「出るのは血だけだってな」


 アウトキャストの皆は笑っているが、こちらは全く笑えない。ここまで来て嬲り殺されていいはずがない。


「酷いじゃないの!そんなことしないって」


 ガラスの奥から愉快そうで不快な女性にしては低い声が恐らく機械越しに聞こえる。


「ここまで雑に運んで良く言うぜ」


「仕方ないでしょ?人間が来ることなんて想定してないのよ」


 少ししてから、女性はガラスの中から消えた。そして、向かって右側の扉から、大勢の護衛を連れて同じ空間に降りてきた。見るからに防護服を着ている。


「悪いけどさ、生物兵器の可能性があるんだって。神経質だよね、見た感じただの人間なのに」


 へらへらと、自分が発言することに必死なのが見れる。見るからに先進国の技術がふんだんに使われた設備に、服装、ゆがみのないガラス。帝国で同じ技術を再現するには一世紀はかかるのではなかろうか、というほどに素晴らしい技術の宝庫だった。


「私は、この国の総理なのね。今は役人も少なくなって軍の最高責任者でもあるけど、まあ、それは気にしなくていいよ。名前はネイア・クラネルだよ」


「ボルメス帝国帝国軍管制官ファイドです。階級は少佐であります。総理お目に掛かれて光栄にございます」


「ボルメス帝国、まだ健在だったのね。嬉しいことだわ。それで、ここへは何をしに?」


 ネイアの顔がかなり神妙になる。やはり警戒は解けないのだろう。それは国の代表として間違いではなく人間としても普通だ。


「端的に言いましょう、私は国を捨てこの国に亡命してきたのです。最も、生存している国があるかどうか、この国にたどり着けるかどうかも分からぬままの旅路でありましたが」


「それは人道的な決断なのでしょうね」


 少し、無いように戸惑った。人道に悖るというのは客観的な話であり、主観的に見れば仕方がないともいえる状況だったからこそ判断ができない。


「その判断は貴方にお任せしますよ」


 俺はアウトキャストに話した俺の過去も、彼らの知りうる限りの過去も、帝国の歴史もすべて赤裸々に一切包み隠すこともなく語った。全員の顔が不快に包まれる。だが、決してやめない。帝国を、腐っていると知りながら手を差し出してくれる偽善の国家でなければレイズの望みは叶わない。そして、俺の願いも。


「なるほど、君は人道的ではないね。でも非人道だと、私は君を断じない」


「・・・たどり着いた国が貴方の国でよかった」


「光栄だね」


 すこしして、一息に語った後で息が上がっていることに気が付いた。整えてから、再度総理を目に据える。


「私は夢があります。初めは二人を助けることでした。今はそれだけではありません。こいつらと、母国を助けたい」


「死地に私の手勢を向かわせる、と?」


 確かな威圧を向けられる。女性が放つにしては荒々しい、軍人のようなそれ。だが、屈するほどのことではない。


「道中悪魔と対峙しました。あれにとっちゃ、ここも帝国も変わらない。これから先は熾烈を極めます。人類の大同盟がなければどうせ滅亡する」


「・・・同意だね。人道に悖る手段をとっても人類を存続させなければこちらの負け。その先の世界で帝国と同じような世界があってはいけない。だから革命を起こしたのだから、この国としては帝国を助けることに否はない。ただ、本気なのだろうね」


「当然です」


「結局変わらないってコトでしょ?前線で戦うってことはそういうことだよ」


「少佐はついてこれるかな?」


「一対一ならレイズ以外なら勝てるぞ?」


「本当のことだから鬱陶しいよね」


 味方からの援護射撃があると思ったのに、全然援護にはなっていない。おかれた境遇に対して納得してくれるのは大変ありがたいことではあるのだが、少しくらい助けてくれたっていいと思うのだ。


「いいでしょう。貴方たちを我が国始まって以来最初の客人待遇で迎え入れましょう」


「ありがとうございます」


 頭を深く下げて敬礼する。帝国式しか知らないのだから、それで満足していただく。残念なことながら客人待遇ということはすぐさま戦場に出ることはないのだろうと察せられた。だが、しばらくの休養期間は必要である、と思える。甘んじて受け入れよう。


「ちょっと君、この子達の戸籍作ってあげて、これからこの子達は民主制ジャンクロー連邦国の市民だよ。先の銃撃は大目に見てちょうだい?」


「当然の判断でしょう。こちらから言うことはありません」


 ※


 まだ壁の中から出ていない。大統領と会ってからすでに2時間は経っている。一時間の質疑応答にメンタルケアや殺菌処理に身に着けている武器や衣服の押収が終わった。質疑応答とメンタルケアは継続して行われる。そして、これからは連邦での最低限の法律と客人待遇とやらの詳細を教えてもらう。


「客人待遇は働かなくともしばらくは収入が約束されている。だから言うわけではないが、これは考えなおした方がいい」


 俺たちの平均年齢は20を下回っている。従軍に関しては人手不足のせいもあり年齢制限は引き下げられているため、この場にいる全員は軍人になれる。だが、それでも子供を軍人にするのは気が引ける、なおさらアウトキャストともなればその背景から同情もされよう。


「同情して、壁の中で飼いならすだけなら変わりません」


 レイズが不快そうに言い切った。実際に彼らを縛るならば帝国と何ら変わらない。彼らは誇りを守ることだけを生きがいにしてきたのに、内地に暮らせと強要されればそれさえ失う。


「従軍は僕たちの総意だよ。変わらない」


 ライオスも同調し、モンド、シル、ケルトも同様だ。


「私は兄さんのそばに居れたらそれでいいです」


「私も!」


 フィンが口にし、アウラが同意する。そして、俺はそれを拒否する。


「俺は前線に出るが、お前たちは内地で暮らしてほしい。悪魔が相手なら、守り切れない」


「嫌だよ。じゃあ兄さんも内地で暮らしてよ」


 俺は知っている。フィンは頑固者だ。どちらかが折れなくてはならず、こういう場合は昔から俺が先に音を上げていた。だが、それは命に関わらなかったから。こればかりはそうも言ってられない。


「命かけてるのは兄さんもだよ」


「そうです!私の、治癒魔法がないと兄さんは早死にしますよ!」


 アウラまで同調して、勢いづいてしまった。命を賭けなければ何もできない、だから命くらい賭けてやってもいい。だが、それを強要するつもりは微塵もなく、何なら平和を享受してほしい。それが命を賭ける理由なのだから。


「今回は折れないぞ。死なせたくないし、お前のために命を賭けたいから同行はさせない」


「じゃあ、私だけのために命を賭けてよ」


 食い気味だった。言い終わる前にフィンが口をはさむ。怒られているのだろうが、妹に嫌われるのが怖くて説得なんてできるものか。


「俺にも夢ができたんだよ。でもそれはお前のために・・・違うな。俺がそうしたいと思ったから戦地に立つ。頼むよ」


「嫌だよ。私も折れないよ」


「説得しといてよ?ファイド少佐」


「頑張れよー」


 ライオスとモンドが茶化してくるが、時間がかかるのは仕方ない。だって、頑固なんだもん。


 正直アウラは貴重な回復要因だから、前線にほしいが、アウラだけを同伴させるなんて絶対に悪手だ。そうなればアウラと内地にいてほしいのだけど、それも説得できる自信はない。


「あのな?危ないんだよ、死ぬかもしれないんだぞ?」


「兄さんもじゃん。私、兄さんが私の見えないところで死ぬなんて絶対いや」


「それはそうなんだけどさ・・・頼むよ」


「頼まれても仕方ないよ。私だって夢があるの。みんなで笑うんだよ、全部終わらせてね」


 自分の夢を主張している俺に対して、この返しは強い。困る、妹も頭がいい。納得させられないから困る。


「いいから早く決めてくれ。他にも仕事あるんだよ」


 カウンセリングをしていた男がしびれを切らしてしまった。時間もここまでだ。


「分かった。自分の命は守ってくれよ」


「うん!」


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