Ep.20 発見
悪魔は撃退した。包囲網も全力を尽くして、結果抜け出せた。重傷者はたったの一人、悪魔相手ならば破格の対価だ。
「こいつ自滅を計算に入れてやがった」
「こんな致命傷でここまで戦って帰ってきたの?内臓出てるけど」
「臓器には損傷がないね。どういうことか分からないけど」
アウラが治療を始めてからすでに一時間たっているがファイドの意識は戻らない。呼吸は安定しており、足りない血液も魔法により補填される。傷口だって後は残ったが現時点で後遺症もなく完治している。通常ならば難しい内臓の操作により致命傷にならなかったことが功を奏している。普通ならショックや出血で死ぬ。それでも生き残れたのは運が良かったのか或いは何か原因があるのか。
「兄さんいつまで寝てるつもりなの?私だって戦ったのに」
フィンがファイドの手を取り大切に握る締める。応えるようにファイドの意識が覚醒した。
「今回も生き残ったか。運だけはいいな、俺は」
あたりを見回して欠員がいないことを確認すると、安堵したかのような表情をして、そうつぶやいた。その表情が、彼らアウトキャストを心底から案じているのが分かって、複雑な胸中に不快感を覚えた。
「バカ、アウラのおかげだよ」
「そうだな。ありがとう二人とも、よく頑張ったな」
ブラン、自分たちを虐殺し隷属し、使いつぶしている最悪の種族が、朗らかな笑顔で家族に向けるそれで他種族を労っている。それが信じがたいが、疑いようもなく目の前の光景が輝いて見える。調子が狂う。
「お疲れさん少佐、おかげで悪魔を討伐できた」
「それは違うぞモンド、あれは全然本気じゃない。きっとこの先生きていれば再戦する」
「・・・ぞっとするな」
悪魔の中でも上位種、明確に言えば上位悪魔将からは死んでも記憶を引き継ぎ冥界で蘇り再び基軸世界にやってくる。ここで殺したとしても結局数年後には蘇る。強いものほど蘇生に時間がかかるらしいが、あれはそもそも殺せていない。絶対にあれは手を抜いているはずだ。
「あいつが言ってた魔王ってのが500年のくそったれた歴史を作りやがったってわけか?」
既に情報はモンドから共有されていた。悪魔はこの世界に魔王が数人存在しており、また魔王クラスの始祖がいるという。悪魔は始祖にのみ従い、人を襲うのもまたその命令によるもの。つまるところ、始祖が遊び半分に始めた戦争遊戯の結果、魔王が参入し終着を付けることもなくだらだらと500年も続いている、ということだ。
「笑えないよね。遊び半分で家族も友達も殺されるって」
「魔王を殺しても決着はしないってのがね。行きついた先もおんなじなんだろうけど」
ライオスが不機嫌に吐き捨て、レイズが悩む。始祖や魔王が元凶であったとしても、それを亡ぼして終わるような話ではない。だから結局なところ、人の問題だ。
「かといって倒せる相手でもない」
「そこよ。魔王がどれだけ強いか知らないけど、今回の悪魔よりは多分強いのでしょ?じゃあ、無理じゃない?」
「そもそも僕たちが数十人で扱う魔法が悪魔には片手で、それこそ遊び感覚でできちゃうんだよ?」
「「「勝てないよねぇ」」」
人間が相対していい相手ではない。そもそも魔物の中でも圧倒的な強者として君臨する悪魔が相手であるというだけでも厄介なのに新たに魔王が存在していることも相まって、絶望的だ。何より、魔物に何らかの従属関係が存在し、統率が取れている集団が存在していることもまた。
「勝てなくていい。戦で最も大切なのは死なないことだからな」
勝てるときまで生き残れば勝てる。希望的な推論であり想定であるが、希望がないよりはましだ。戦って勝てないのならば、希望にかけるしかないのだし。
「まあ、結局変わらないってコトでしょ。私たちが戦ってきたあそこと」
レイズがそういうと、皆納得したように、或いは安堵したように笑った。慣れているから、という悲しい理由だが、彼らの長所ともいえるかもしれない。絶望に屈しない、強く美しい魂を持っているから。
「ねぇあれ見て!」
シルが船首から遠方を見る。ひどく荒れているが、木々はない。焼け落ち、平原と化したそこにひび割れておりみすぼらしい建物が置かれているが、明らかにこのあたりの建築様式とは違う。廃墟の傾向から予想しているだけだが、セメントで作り出した真四角の窓が少ないそれ。
「最近作られたものじゃないのか?」
「前線居地?いや、違う」
「破棄された拠点だな。このまま行くぞ」
破壊された跡が見えた。大きさから中から相応のモノを取り出すために開けられた穴のように見えた。もしかしたら、ここから砲台が盗まれたのやもしれない。この先にまだ国があるのだとすれば、それは恐らく超先進技術国家のはずだ。強国も強国に育った大国であったのだろう。
「見えてきたね、少佐」
「ああ。一歩目から酷いケガをしたが、その甲斐もあった」
あまりに大きな一歩だった。道中いくつもの遺跡と化した現代建築が見られて本当に国が残っているのか疑問に思うほどだった。
川の流れは穏やかで音もしない。感覚から察するにため池に繋がっている、と思われる。
「ちょっと前!ぶつかるよ!」
眼前、再び森を抜けた瞬間に現れた絶壁にライオスが叫ぶ。あまりの大きさに近く感じたが、距離はまだまだある。目算するに凡そ20メートルはある壁があまりに広大な敷地をぐるりと囲んでいた。広大過ぎるがゆえに直線上にそびえているかと錯覚するほどに。
明らかに砦。ところどころヒビが見受けられるが、決壊する様子は微塵もない。頑強であり、巨大な壁は魔物の爪や牙などでは到底破壊できない。
「期待大だな」
「魔物の侵攻中にどうやって建てたのかな?」
モンドの発言にフィンが率直な疑問をぶつける。500年の歴史があれど、500年でこれほどの壁を作ることは基本的にできないはずだ。魔法をうまく使えば可能なのかもしれないが、それはブランの俺には分からない。そして、兎にも角にも建築に没頭できるはずもないので、最終防衛地点を最初から建設していたとしか思えない。だとすれば、ここの支配者は思い切った判断をし、そしてそれは英断であったのだろう。
「これが本当に都市をかこっているなら、相当広いよ」
「帝国領土よりも圧倒的に広いな」
レイズの発言を肯定する。帝国は、厳密に言えば帝国の居住区の広さよりも広い、と言える。アウトキャストが戦っている範囲を含めれば帝国の方が広いかもしれないが、領土として数えるにはあまりに整備されておらず帝国領土という扱いもされていない。今や主要都市以外は荒れ地と同じではあるが。
「本当に期待できる」
初めての他国にいるわけであるが、確かに技術力を高めてきた自国との違いを感じる。少しでも違えば、少しでもマシなら、俺は満足だ。
絶壁の上から反射光が船に届く。それがわずかに動いているように見えた。まだまだ距離は離れている、だが、それが歓迎の光でないことは言われずとも理解できる。
「ライオス、あれ見えるか?」
「ん?・・・ああ、あの光ね。ちょっとまって」
ライオスが魔法を使う。遠距離を見ることができる遠視の魔法だ。投資ができるわけではなく、こういった場合でなければ使いにくいが望遠鏡要らずでとても便利だ。
「あれ、銃口だね。しかも多分あれ機関銃だよ」
「全員結界張っておいてね。少佐、盾はありますか?」
「用意あるぞ。フィンとアウラ、手伝ってくれ」
二人とともに船の奥から、木材で作った昔ながらの盾を船首に並べる。機関銃相手にどれだけ持つか分からないが。
「これが夜ならモールス信号でって伝わるのか?」
500年前からずっと使われている世界共通の通信手段のハズだが、それでどうにかできるのは光か音が通じる場合だけ。昼では光は届きにくいし、音を出す機械なんて積んでいない。
「まっずい来るよ!」
「フィン、アウラ後ろに控えておけ」
「はーい」
フィンはかなり軽く請け負ったみたいだが、それほど気楽でいられる状況でもない。機関銃相手に木製の盾なんて紙切れ同然だ。魔法が使えない俺が妹二人の前に立ち、その前に魔法が使えるものたちが立ち、木製の盾が先頭だ。
そして鉛の雨が降る。三つの砲筒から連続して浴びせられる鉛に船に穴が開きまくる。木製の盾なんて一瞬ではじけ飛んだ。
「おいおい、これキツイぞ!」
「帝国製とはえらい違いだね!」
「嫌味なほどに」
男三人がそれぞれに苦言を呈するが、結界ですらも破壊しうるほどの威力らしい。
「これ応戦しないと終わりませんよ少佐」
「応戦はしない。どうせ負ける。・・・レイズ光の魔法は使えるか?」
「使えますが、モールス信号?は使えませんよ」
「指示通りにやってくれ」
レイズが承諾してくれた。だから、ダメもとで通信を試みる。
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