Ep.19 絶死

 激走する。悪魔の懐、魔法が断爪の合間に飛び交う。反応はできるようになってきたが、それまでに全身傷が多い。精々戦えるのは10分といった失血量。対する悪魔は全くの無傷だ。


 刀を投げる。鞭に持ち替え、悪魔の足元を払う。体勢を崩すことに成功した。瞬時にクナイを取り出し関節部を狙う。腱を切り裂いて一瞬悪魔がよろめいたように見えた。武装を織り込んで、全力で投球してやっと攻撃が通る。即座に傷は消え失せるが。


 投げた刀が反転し悪魔に再び刃先を向ける。そして、スキルにより高速で悪魔に引き寄せられる。俺と刀の間に悪魔がいるだけで、実際は俺に向かってきているだけだ。


「ッチ」


 飛翔する刀が悪魔の武装で止まる。代わりに悪魔から風の刃が三本、それはモンドの土壁を作り出す魔法により阻まれる。


「驚きですね。これほど強いものが戦場に出てこないなんて。今までどこにいたのですか?」


「せっかく与えた傷を完治させておいて何言ってやがる」


 悪魔は即時回復することで致命傷であっても治してしまう。対する俺は失血量が増すばかり。止血は出来なくもないが、傷口が多すぎる。そんな余裕もない。視界が揺れる。


「貴方、悪魔になるつもりはありませんか?あなたが魔法を使えるようになれば、始祖様に次ぐ強さを手に入れられることでしょう」


「バカ言うな。俺が憧れた誇りに反する」


 懐から魔道具、文字の彫られた石を取り出す。持ってきた魔石はこれで打ち止めだ。一つ、自分の頭上に投げる。閃光が森の中で眩く走る。魔法の力によって生み出された目くらましは万物に有効だ。


 一つ、悪魔に向かって放り投げる。炎の球体が悪魔に向かい焼き焦がす、と思われたが結界により直撃はしない。


 一つ、水を生み出す。悪魔の結界に水滴が付着する。


氷縛アイスバインド


 モンドの魔法が濡れた結界を締め砕いた。肺一杯に空気を大きく吸い込み、吹き矢を放つ。当然のように毒を付着させているが悪魔に有効なのだろうか。


「モンド、杭だ!」


 悪魔の足に10センチはある杭を突き立て、跳躍する。その場で大地から悪魔を取り囲むように杭が顕現し、悪魔を貫く。


「我流剣技、鬼斬一閃」


 悪魔の頭上から股下まで、一閃する。結界も防具も断ち切れるほどの力を込め二度と再生できぬように魂を破壊せしめるつもりで。モンドが追撃で杭を放ち、逃がさないように取り囲む。


「素晴らしいですね。多彩な技も見事ですが、手下を扱うのもうまい」


 爪で受け止めて、余裕ぶってそういって見せる。威力は俺が勝っている。爪が割れ砕け行く中でも悪魔の余裕は崩れない。一瞬の隙を与えてしまったのが間違いだった。直ぐに攻撃を切り替えた方が良かった。


 強烈な衝撃波が俺を弾き飛ばした。背後で杭が待ち受けており、武器は粗方使い切り破壊されている。杭を逃れる方法がない。そして追撃で無数の光線が体を焼く。致命傷はずらしているが、そもそも狙われていない。


 待ち受ける激痛に、覚悟し悔やむ。無傷ではやっぱり勝てなかった。


「少佐!」


 血が噴き出る。体中にどでかい穴が幾つも空いた。


 白目をむき、口を開け、流れる血を感じながら意識は手放さない。


「ッチ、何で俺の魔法で死にやがるんだ」


 罪悪感と無力感、不快な感情が胸中を支配する中で、モンドは闘志を絶やさない。刀を持ち、眼前の悪魔を相手に魔法を向ける。せめて一矢報いれずとも美しく。


「まあ、待ちなさい」


 悪魔はモンドの意思を買っているが、その前に俺に話があるらしい。


「私はまだあなたの勧誘を取り下げていません。死に際でも変わらないのですか?」


 呼吸の音を立てるだけで声は出せない。悪魔はきっと気が付いている。俺の奥底には諦めという感情があり、人情が軽薄であることを。勧誘したら落とせる、と考えている。現に、彼らに会っていなければそれは正しかった。


 悪魔が俺の頬に手を当てる。そして、虚空から、まるで袋から何かを取り出すかのように何もない場所をまさぐり、真っ黒な玉を取り出す。


「これを呑めば悪魔になれますよ。きっと初めから大悪魔将くらいにはなれるでしょうね」


 返事ができないことをいいことに、あるいは関係もなく抵抗できない俺の口に玉を押し込もうとする。口に入り、喉を通るギリギリの大きさの玉を無理やりに。


 そして飲み込んだ。


「感激ですね。今、新しく同胞が増えました」


 満足そうに踵を返し、モンドに立ち向かう。その瞬間だった。


 勝利を確信する。悪魔の致命的な油断。スキルの所持数を露見させないためにわざと片方は使っていなかった。玉を飲み込ませたことで、完全に意識外へとなった俺にこそ勝機はやってくる。


 悪魔の体が二分割される。


「これは・・・恐ろしい人間ですね」


 斬撃、スキルによって全くの不動でも繰り出せる技によって悪魔を両断した。そして、4、8、32、64と駒切にされ、最終的に霧状となり消え失せた。悪魔の最期の顔は非情に歪んだ笑顔をしていた。


 串刺しにされた体を引き抜き、大量に流れる血と失った肉を補填する方法もないからとりあえずモンドを頼る。


「お前、回復魔法は使えないよな」


「なんで話せるんだよ。ああ、使えねぇ。だから捕まってろ」


 モンドの背に乗り、肉体強化された彼によって船に向かい直行する。重要器官は損傷しないように位置をずらしたが、それでも広範囲に負傷したため腸すべてを守り切れてはいない。出血多量で死ぬのも時間の問題だ。


 だが、モンドだけで残った的中を突破することもできない。背に乗ったまま、近づく敵を残った武器を使って排除する。


 そして、とうとう意識を失った瞬間、耳に入った聞きなれた声に安心し、温かい感触に呑まれながら眠った。



 船の防衛は始めこそ安定していたが、時間の経過に連れて厳しいものへとなっていく。当然ながら戦力差は圧倒的なまま、悪魔が討伐されなければ終わりのない戦いだ。悪魔が討伐されたとしてもしばらくは。


「やっぱり僕が行った方が良かったんじゃない!?」


「じゃあ、声を上げればよかったでしょ!?」


「それはそうだけどさ!」


 ライオスは吠えた。自分では悪魔相手に有効打は与えられない。ケルトやモンド、リーダーであるレイズならば戦えなくはない、といったレベルだ。自分はサポートに徹していることが敵勢であるため名乗り出なかったが、人数が少なければサポートもままならない。これならば・・・。


「ちょっとライオスこっちしんどい!」


「はいはい、ちょっと待って!」


 船の上で魔法が飛び交う。魔物が飛び乗ろうとし、それを魔法で撃ち落とす。川の流れが遅く、まだ陸地と距離があるから耐えているだけだ。戦闘員としても並大抵の軍人よりも戦えるライオスとシルがサポートに徹せないため、直接魔物を屠っているのだが、それでもケルトやレイズに比べてみれば押されるのも無理はない。


「ここままでは耐えられない」


「じゃあ、どうするの?」


「本気を出さないと勝てない」


「つまりは大魔法ね!すっと言ってよねこういう時くらいは!」


 レイズに防衛を任せ、三人で船の甲板に手を突く。魔力が流れ魔法陣が形成され始める。


「炎よ岩壁をも溶かす豪炎で滅せよ」


「雷よ天すら慄く轟音により滅せよ」


「始原魔法”広域化ガーヴァニス” 」


 中隊ではケルト以外扱えるものがもはやいなくなった始原魔法は魔法の性能を底上げするという極大魔法に属する一つ。始原魔法の中でも簡単なものであるが、それでも難しい魔法だ。それがライオスの使う炎を、シルの扱う雷を同心円状に広域化する。


 船を中心に半径は凡そ10メートル、船から陸地までは左右に5メートル程度。巻き込める魔物の推定数は150と少しだろう。魔法は複数人で行使した方が基本的には強くなる。圧倒的な格上が圧倒的な格下とともに魔法を扱えば格上一人が扱うものに威力が劣ったりはする。だが、二人は拮抗している。だからこそ威力は相乗的に跳ね上がるのだ。


「「ファイアボルト!」」


 魔法が行使され、紅蓮の炎が広がり白にも黄色にも見える稲光が鋭く敵を貫く。船の周囲はケルトがうまく魔法を調整することで影響下にはない。


「これが魔法・・・」


「ちょっと守られる立場なのわかってる?ひっこんどいて」


 魔法の轟音に驚いたフィンがアウラと外を覗き見たら、シルに叱責されて船の奥に戻る。


「船の前を空けてください。この石を使います」


 船の周囲から敵が消えようとも、数千の敵のうち数百減らしたところで戦力差は変わらず直ぐに群がられてしまう。ファイドに借りた魔石があれば船を一時的に高速化することができる。この包囲網を抜けることさえできれば敵の気配はない。幾分か楽になるはずだ。


「それ魔法使う前に言えなかったの!?」


 レイズが叫ぶ。確かにそうだ、とアウラも思ったが告知されていなかったのだから仕方ない。アウラはしっかりと魔石の存在を共有していた。ならばこれはレイズの失態と言える。


「アウラ、安心して。私が言う」


 アウラの方に手を添えながら口にしたフィン。その顔を見てみれば、額に青筋が浮かんでいた。先のシルの発言にも、レイズに発言にも腹を立てていたようだ。それを嬉しく思う反面、始めて見るフィンの表情に少し畏怖する。


「早くやって。じゃなきゃ全員死ぬんでしょ?最前線で戦ってると聞いていたから最適な判断ができるものだと思っていたのに、これじゃ拍子抜け」


 船に積み込まれているボルトアクションライフルを二つ両肩に担ぎ、甲板に出た。


「ちょっと、戦えないんでしょ?」


「四人全員で魔法を使って。行路を空けてくれればそれでいいから」


「死んだら少佐も・・・」


「兄さんは今関係ないよ。それに兄さんが勝って帰ってくるのに、ここが沈んでちゃ意味ないでしょ」


 兄の勝利を決して疑わない。兄の強さを知っているが、悪魔の強さを知らないから、とかではない。当然、兄を信頼しているからだ。信じるほかないならば心より勝利を願うしかない。


「レイズ後ろ!」


 フィンの説得で甲板を向いていたレイズに魔物が襲い掛かる。


 ―銃声が鳴る。


「ウッソ、脳天一発?」


「1分しかもたないよ」


 四人が一斉に集まった。甲板に再び魔法陣が顕現する。


 銃声が鳴り、一発一殺の精度で魔物を刈る。フィンが士官校で生成器優秀者であったのは、歴代最高成績の射撃実績があったからだ。一発放てば必ず狙いの的に当たる。いくつも射撃で賞を受賞してきた彼女がこの距離の動く程度の的を外すはずがない。ボルトアクションなので、一つ打てば捨て、もう一丁を使う。余裕ができたら弾を装填し、再び扱う。それを繰り返しても、手数で負ける。最も近い標的を順番に打ち抜き、到達を遅らせているだけだ。


紅炎の失墜プロミネンス・フォール


 大魔法、それは複数人で扱う魔法だ。基本的には詠唱が必要であり行使するのに時間がかかるものである。だが、彼らは先祖代々魔法を直接戦闘で磨き上げてきた。故、詠唱は必要としないこともある。先の大魔法で詠唱をしたのは始原魔法による援護が難しいため、詠唱を要求する必要があった。


 陽光のような真っ赤な炎が、木々を燃やしながら船首のその先に顕現する。船と同じくらいの大きさの紅蓮の塊が前進する。


「アウラ、使って」


 船尾に魔石を取り付ける。豪風が川の中で吹き荒れ、泡を立てながら船の推進力を確保する。紅炎に追いつきそうなほどの速度で、相対す敵を燃やし尽くす。側面からの敵は相変わらず対処せばならないが、それでも十分に楽になる。


 強烈な熱球が敵を燃やし尽くし、消えた。その先に敵のいない湯気の立ち込める川を残し。


 包囲を抜けた。

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