Ep.18 激闘

 化け物を相手取るならば死中に活を求めるしかない、と言うがその程度でどうにかできるならばそれは大した相手ではないと、そう感じる。それほど、生物として圧倒的な差が存在する。悪魔と人間、蟻が50tの象に挑むような暴挙である。


「これでもまだ勝てるって?」


 小高く作られた足場、つかの間の平穏も、砕け散ると同時に終わった。


「だからやらないとやられるんだって」


 完全に崩壊する直前に悪魔の方角へと踏み出す。魔物との戦闘は最低限に抑えながら、体力を温存していようが勝てるか分からないそれとの戦いに備える。


「また来るぞ」


「何回撃てるんだよ!」


 苦言も尽きないが、現実は非情だ。天に顕現する偽の太陽に追われながら、全速力で。


「ッチ、少佐掴まれ!」


 モンドが手を伸ばし、それを取る。地面が大きくせり上がり、前方に二人を投げ出す。射出された、その速度は皮膚が置いて行かれそうなほどに速い。


「見えた」


 木々が開けるその空間に、真っ黒で高級そうな靴を履いた男が見えた。こんなところで、人間がいるはずもない。初めて目にするが、必然的に思い当たる正体。


 大悪魔将。国一つが命運をかける相手、相対するはたったの二人。勝負になるはずもなく、瞬きのうちに雌雄が決するであろう絶対的な力だ。


 懐から取り出した刃物を投げる。先手必勝とはよく言ったもので、認識外の攻撃が当たれば雌雄は決するだろう。当たれば、だが。


 着地する。地面を踏ん張り抉れ、土煙が立ち込める中、投げ出した刃物の結末を見る。


「止まってる、結界か」


 悪魔や魔物、魔法が使える人間は結界を発動できる。低レベルな結界程度ならば貫ける自信があったが、結界の存在を確定させただけで効果は全くない。


「攻撃当たるのか?無理そうならお話にもならねぇぞ」


 流石に死が垣間見えて冷や汗が流れ不快感に包まれる。


「あれが大悪魔将か、恐ろしいね」


 モンドが少し遅れて到着する。固唾をのむ音が間近で感じられ、緊張感が伝播する。




「悪魔が礼儀正しいのは己よりも強いあのお方たちを相手にせねばならないからです。あなた達のように、駆逐する対象に礼儀は持ち合わせませんが人間にしてはなかなか良い攻撃でしたよ」


 地面に落ちたナイフを踏み折ながら優雅な立ち姿で、金髪の短い髪をなびかせて、金色の眼をこちらに向ける男型の悪魔。一見して人間としか思えないが、そのオーラや力量はその範疇を優に超えている。それが聞いてもいないことを語り始めた。


「メイドの土産に教えてくれ。何故人間を襲う?」


「始祖様の気分、というのが真実でしょうね。マブロ様が人間の国を作り、ウラニス様が悪魔の国を作り、イオデス様がエルフの国を作り、キートゥリノ様が魔物の国を作ったのです。どの国が最も長く存続できるか、というゲームを始められた。ただ、キートゥリノ様は気分屋でして、破棄した自国が魔王に乗っ取られてしまったのです。私はその時の命令に従っているだけなのですよ」


「こいつ、聞いてもないことばかり言いやがって」


 モンドが気味が悪そうに顔を引きつらせる。だが、これは有用な情報だ。


「つまりは、人間の国が襲われるのは魔王が乗っ取った国が崩壊したからってわけか」


「ええ。要約すればそうなります。魔王は欲が強い。もはや始祖様方はゲームを中断されたようですが、命令を与えられていない以上、継続せねばならないのですよ」


 やれやれ、と首を振りながら同情でも誘うかのように話しかけてくる。全く持って不愉快だ。悪魔の言うことすべてを真実であると仮定すれば、悪魔は魔王の傘下にいるわけではなく、魔王は複数おり、歴史に残る国の多くが悪魔のゲームのために作られたものである、ということになる。そして、互いに攻め潰してきた歴史の中に魔王が参入し魔物を解き放ったがために人の大陸は崩壊した。


「つまりお前たちのせいだろ。母さんも父さんもお前たちのつまらない暇つぶしのせいで、未来の無い戦場に放り込まれた!」


 モンドが激高する。魔王が参入したから、ではない。始祖とやらが後処理もせずに不安定な治世の中、統治を放棄し魔王が介入するきっかけを作った。理由がゲームだと言われれば怒髪天になるのも無理はない。


 姉を殺され、残された彼女があれほどの苦痛に歪んだ顔をしながら、死を悼むことさえ侮辱だと割り切って生きているというのに、この悪魔はそれを遊びだと、そう言い切ったのだから。


「それは否定しないが、搾取されるのはあなた達が弱いからでしょう。それを私たちのせいにしないでください」


「もういい、もう喋るな」


 モンドの顔に血管が幾つも浮かぶ。激怒のあまりに冷静ではない。


「モンド落ち着け、勝ち戦を捨てるな」


「勝ち戦、ですか?始祖様には及びませんが其れなりに私も強いですよ?」


「お前がその程度なら始祖も程度が知れる」


 悪魔には全くと言っていいほどに感情の起伏がない。あるのは快不快のみ。そして、あくまで自分のためにのみ怒る。だが唯一違う点がある。その眷属の上位存在がけなされることは例外なのだ。


 ―空気が凍てつく。


「始祖様を侮辱した、それは貴方が思っているよりも罪深い。それにお前、俺よりも強いつもりでいるのか?」


 感情が感じられなかった表情に、怒りの色がはっきりと浮かぶ。この場で怒っていないのは俺だけだった。


「悪いなモンド、逆効果だったようだ」


 怒りで我を忘れたならば勝てるかもしれない、と思って煽ったが悪魔は理性を失わない。どれだけ怒ろうとも着実に殺すための行動をとる。それが悪魔たる所以だというのかのように。


「別にあなた方を放置したところでどうでもなかった。だが、私も骨の無い相手ばかりだったから逃げられないようにわざわざとあれらを引き連れてきたんだ。精々私を楽しませなさい」


「謝ったら逃がしてくれるか?」


 姿勢を限りなく低くして、足を大きく開く。


 ―返答は言うまでもなく、否―


「死ねぇ!!」


「!?モンド下がれ!!」


 モンドが柄にもなく突貫した。ありえないことだ。モンドは聡い。戦い方も頭を使っている。遠距離攻撃があるのにいきなり距離を詰めるバカはない。


 モンドの首元に悪魔の爪が迫る。長く鋭利な断爪、逃れられるはずもない命を断ち切る攻撃。


「戻れと言ったろ―精神操作か?」


 スキル、引き寄せる能力を使いモンドを近場に持ってくる。頭を強く殴打し、正気に戻した。


「なんと素晴らしい。口先だけではなかったようですね、久しく見なかったスキル持ちですか。帝都にはほかにもいるのですか?」


「恐らく最後のスキル持ちは俺が殺した。帝都を亡ぼしてどうするのか知らないが、折角とってもがっかりするぜ?あれは」


 反吐が出るほどの腐り切った、ゴミ捨て場のような国に価値はない。制覇し、隷属し、利用する価値すらも。たった一つ、救済することだけが―。


「それは残念です。殺し合いたかったものです」


「モンドやれるな」


「すまねぇ。もう大丈夫だ」


 ぶん殴った頭を押さえながらモンドが刀を握る。


「バックアップは任せる。俺はどうせ近距離しか戦えない」


「オーケー」


 俺は迷わずに悪魔に接近する。モンドのフォローを信頼しているわけではない。俺にはこれしかできない。ただそれだけだが、結局それが一番勝率が高い。


 悪魔の断爪が数度、数重になって降り注ぐ。それをすべて薙ぎ払い、なお攻撃する。


 スキルで、悪魔の腕を引き寄せ間合いに引き込む。そして、断ち切らんと刃を振る。


「厄介ですね」


「硬すぎる」


 刀は間違いなく腕、関節を断ち切る場所に寸分のずれもなく直撃していた。だが、服すらも断ち切れてはいない。


「結界は破壊されましたが、私の服は私の魔法で作られた防具です。どうですか?見た目によらずいいものでしょう?」


 スーツのような服装でも刃を少しも通さないほどの防御力を誇る、見てくれ以上と言われるのもその通りだ。


「近接戦闘は悪魔の本文ではありません。それでも、ここまで決め手に欠けるとは。不愉快ですね」


 悪魔の背後に魔法陣が5つ顕現する。そして、瞬く間に光が伸びる。俺の知覚できる速度を優に超えている攻撃、それをモンドの杭が受け止める。


「ウソだろ、手伝って貫くってのにあんなほっそい熱線で・・・」


「光の粒子は物質を透過するのですよ」


「実際に光の速度ではないはずだ。だが見えなければ結局おんなじか」


 透過する、と言っても杭で攻撃は止まっている。透過できるものの厚さには限度があるのだろう。超高温の熱線とも少し違う。光自体に熱はないが、着弾点には光が集約され瞬時に高熱となり焼き切れる。


 軍服を裏返す。俺の軍服には無数の刃物が隠されている。内に入っているそれは鏡面のように輝いている。光がこれに当たれば反射されるはずだ。局所しか守れないが、やるしかない。


「鞭にクナイに短剣に単発銃・・・まるで武器庫ですね」


「もう一ラウンドだ」


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