Ep.17 会敵
剣術の稽古はそのあとも長らく続く。実戦を繰り返し、二人の体中に痣が浮かぶ。痛みを伴わない訓練よりも、痛みを伴う方がよほど効果がある。痛みに怯えるような軟弱者ではないことを、俺は知っているから。受け身をとれるようになるのも大切なのだ。ボコボコにされるのも悪いことではない。
「1秒立ち上がれないだけで一回死ぬと思った方がいい」
戦場では命に待ったはかからない。だから一秒が命取りになる。そんなことを言ったところで、痛みで立てないことだってある。だから、少数では難しいが組織としての動きを意識しなければならない。剣術を磨くよりもよっぽど早く効果が出るだろう。
「わざと交互に当てやがって」
「両方立て無くなれば時間が無駄になるだろ」
時間は無限ではない。接敵しなければ余裕もあるが、当然そうはならない。いくら索敵魔法があれど、避けられない敵の存在はある。自分たちのはるか上の存在である悪魔などはどうあっても逃れられない。
「それはそうだが・・・」
「しゃべってないで、ほらケルトが死ぬぞ」
口端から血を流して腹を抑えるケルトに無情にも木剣を振り下ろす。モンドがギリギリ間に合って、木剣で受け止めて見せた。
「お前、止めるつもり無かったろ」
「今回は間に合うと思ったからな。―今日はここまでだ。アウラが起きてたら治療してもらえ」
仲間を庇える力があるのなら組織は瓦解しない。組織とは端からそのためにあるものだし、補い合えば力が不足することもない。実際には、組織力そのものを上回る何かによって瓦解させられることもあるだろうが、どうにせよ組織力は上がる。そうやって生き抜いてきた彼らだから、そこは心配していないが。
「聞いていた以上にキツイぞ」
「少佐は実際に真剣同士での殺し合いで磨き上げた。それに比べればどうということもない」
自分よりも傷だらけのケルトがそういうのだからモンドも何も言えない。そして、それは正論だから。ファイドの体には傷が多い。治癒魔法を使えば基本的に傷跡は残らない。アウラと出会う、その前の幼いころから命のやり取りをしていた証拠だ。
「時代が違えば英雄って呼ばれてたんだろうな」
「今から英雄になるってコトでしょ?レイズと少佐と僕らがさ」
アウトキャストを本当に救えるのならば。
全員が船に乗り込み、出航する。相変わらず横揺れは大きいが、乗り心地は悪くない。魔物の気配もライオスが感じ取っているため安全な船旅だ。
一月、船旅は続いた。先の無いかもしれない旅だから、先を急ぐ旅でもないから、そんな理由で廃墟を巡り、野獣を狩り稽古をし。充実した生活を送っている、そんな実感があった。
「ねぇおかしくない?」
「うん。一月もまともに魔物に会わないのはおかしいね」
レイズの疑惑にライオスが答える。船は川以外を進めない。行路は決まっているし、魔物との遭遇率も低いかもしれないが避けれないこともあるだろう。だが、一月、魔物の気配が全くしない。
「私の魔法でも検知できないし、ここには悪魔もいる。ちょっと怖くない?」
シルが最悪を想定する。悪魔の策謀にはめられている可能性がある、と。もしそうならば、逃げ場も命も保証はない。この船は帆船だ。森林の中、川の流れに逆らえるほどの風がなければ来た道を戻ることすらできない。
「ライオス、無理を承知で頼むが精度は捨てていいから範囲を広げてくれないか?」
「できるよ。でも、数は分からなくなるからあんまりあてにしないでよね」
ライオスの返答に頷いて承諾する。そして、結果は彼の顔を見たら予想できた。
「包囲されてる。精度が低くても明確に分かる個体の反応があるね。数も今までの比じゃないよ」
つまり悪魔が大群を引き連れて命を刈り取りに来た、とそういう話だ。
「お前の索敵範囲がばれている、ということか」
今まで気が付かなかったということは、ライオスの精度を損なわない索敵範囲が相手に露見していることになる。同心円状に広がり、そのまま追跡してきた可能性がある。つまるところ、詰みに近い。
「
悪魔には階級がある。長くいきれば生きるほど、魔力を蓄積し魔法技術を高める。故に階級は基本的に生きた年数に比例する。
「逃げられはしない。戦うぞ」
「つっても勝てるか分からないよ」
「生きてられるか分からない、の間違いじゃない?」
「違いない」
皆流石に命の危機に動揺を隠し得ない。妹だけは、守り抜かねばならないから、全力で戦わないといけないがそんな程度で勝てるはずもない。
「如何するよ」
「悪魔を殺さなきゃどうしようもないからね。大群だけならなんとかなったかもしれないけど」
「悪魔は俺が相手をする。その間に少しでも大群の中から逃げてくれ」
「少佐は魔法が使えないでしょ?悪魔は魔法に長ける相手なのよ」
「だからと言ってお前たちの魔法で勝てるのか?」
作戦会議は踊るが進まない。魔法戦では勝ち目がない、というならば直接戦闘能力の高い俺が相手をする方が現実的だ。それに、大群を突破することになれた彼らに任せた方が、妹たちの安全は確保される。
「兄さん、無理してる?」
「無理はしてないが、どうせこうするしかないだろ?」
フィンの心配そうな顔を安心させてやることなんてできない。出来るはずはない。俺は死ぬことを覚悟で、というよりも前提で動いている。
「バカ言わないでください。貴方が居なくなれば他国で応援を要請するなんてできない」
「お前こそ馬鹿を言うな。ここを乗り越えねば未来は無いんだぞ。じゃあ、誰か一緒に戦ってくれるのか?」
船を守るために必要な戦力は最低限で4人はいる。船尾に二人、船首に二人。回復薬であるアウラが居るから、持ちこたえられるだろう。だが、それでもギリギリだろう。
「俺が行くよ。どんな状態でも骨は拾ってやるよ」
モンドが名乗り上げてくれた。否定する者はいない。悪魔に対抗するのは俺とモンドで決まった。足止めができれば勝ち、素通りされれば負け。どれだけ生きながらえるか、それが勝負だ。
「気づかれたよ・・・というか気づいたことに気づかれたよ!」
「お前こんな時にふざけるな!」
ライオスのいたってまじめな性格が裏目に出たようでモンドが𠮟責する。だがそんなことをしている場合ではない。
ライオスが声を上げた。陣形が変わったようだ。円が狭まり船に近づく存在、森の獣が慌ただしくなることからも把握できる数と、密度。
「帆を張れ。アウラ、この石をフィンに持たせて船尾で使わせろ」
二人で作り出した文字を媒体に魔法を発動することができる魔道具だ。船尾で風を起こし、簡易的な動力源となる。フィンの魔力量は少なくはないらしいが多くもない。それでも消費魔力は少なく済むはずだ。これで少しでも早く川を超えてくれたら、こちらの生存率も上がる。
「モンド、俺たちも行くぞ」
「ああ」
ライオスから悪魔の方角を聞き、船から飛び最も近い陸に上がった。まだ魔物は見えない。だが、肌間で分かる敵の存在。まっすぐに悪魔の方角へと向かった。
「お前足も速いのかよ!」
「迅速に排除するぞ。でなければ全滅だ」
勢いは殺さず、ただひた走る。眼前の木陰から現れる魔物の群れにかまわず、対面する魔物だけを殺し突き進む。
「ほかに構うな。本命だけを見据えろ」
「お前慣れすぎだろうが!」
多対一の場面にはモンドの方が慣れている。だが、速度を優先し殲滅することに関しては俺に分がある。慣れているわけはないが。
「おいて行かれたら助けられないぞ。食らいつけ」
「分かってるよ!」
頭上、圧倒的な熱量が集約するのを感じる。間違いなく、水晶越しに見た悪魔の魔法、その気配だ。
「モンド、俺たちの狙いもバレている。魔法の有効範囲から切り抜けるぞ」
「無茶言うな!と言いたいが、それしかないな」
二人で、今一度地面を踏み抜き全力で敵中に活路を切り開く。
「モンド、手を取れ!」
間に合わない、そう感じた。一瞬、頭上を確認すればまるで太陽が目の前にあるのかのような炎の塊が形成されていた。これが落ちれば森は燃えてなくなる。有効範囲外はあと少しだが、それまでにモンドは間に合わない。
鉤爪の付いた縄を見える範囲の一番奥の木に引っ掛ける。熱量で先の方から燃えていく木、煙が立ち込め始めるが構ってもいられない。
船で来たから森林火災の影響は少ない。やはり正解だったか、と内心安堵する。
縄を引き寄せて、跳躍する。切り合っていた魔物が足元に群がり、後続に押しつぶされる。見渡す限り魔物の群れで、着地点もそれは変わらない。
「モンド、切り開いてくれ」
「は?」
モンドを着地点に放り投げ、鉤爪を木から外す。モンドの魔法で地面がせりあがり、そこに着地した。
振り向けば業火に焼かれた森の炭化した姿が広がっていた。
「化け物かよ」
「これは・・・キツイな」
二人して固唾を飲み込み、命ある現状に安堵するしかできなかった。
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