英雄になるための旅
Ep.16 稽古
夜が明けて、手製の船の前に全員が集まった。最高の出来栄えに、理想とは大きく差のある数が乗り込む。もちろん素晴らしいメンバーだ。
「少佐ってもしかして大工だったの?」
「日曜大工だがな」
必要になったものは自作するようにしていた。手先は器用な方で、船を作るくらいのことはできる。本職には劣るが、それでも実用可能であるのならばそれでよい。使い捨ての船にすぎないし、それでも、命を預けるもので妥協はしたくなかった。
「日曜大工でこれだけのものを作れるなら、本職は涙目だろうな」
「そうだね。でもこれ引いていけるの?」
「荷台は俺が引くよ。手間だが肉体強化を施してくれないか?」
素の筋力が最もあさっているのは俺である。なので、肉体強化を施せば引いていける。
「一人でやろうとするなよ。俺も手伝ってやるからよ」
「僕もね。男手は案外多いよ」
白蛇に生殺与奪を握らせるわけにはいかないようで、実は生存率を上げるための方法としての提案しているだけかもしれないのに、それなのに嬉しくて仕方がない。どんな形であれ憧れに頼られたのだから。
「ナニコレ、めちゃくちゃ軽いんだけど?」
「うわ、マジかよ」
「車輪が滑らかだからそう感じるだけ」
かなり気を使って作ったからそれは自信がある。
「とりあえず30キロはこれを引っ張らないといけないんだよね。頑張ってね男子たち」
「へいへい」
いつも通りの掛け合いの中に俺はまだいない。だから俺も妹たちと同じことをする。
「お前たちは船に乗っておけ。ここに入っていれば守ってもらえるし、俺が指一本触らせない」
「うん!」「はい!」
二人の返事を聞いて俺は決心を固め直して。
ライオスの策敵魔法とシルの策敵魔法のおかげで会敵は最低限で済んだ。魔獣や獣を殺して、日々生きていく。魔物と接敵してもなれた手つきで排除できた、川につくには苦労しなかった。やっと船の出番が来た。荷台はここで放置して、船を浮かべれば後は流れに沿っていつかは国にたどり着くはずだ。そうでなくては終わるだけ。
「ここまでは来たことあるけど、この先はないよ。気を付けてね」
「斥候が報告している可能性は?」
「殲滅しているからまずないでしょうね。ライオスの魔法でも調べられなかったわけだし」
周囲の安全を念入りに確認したのちに船に搭乗する。操作は出来なくもないが大きすぎて急旋回は無理だ。だからこその帆船なのだ。
「夜は監視役が戦うでいいよね。順番は乗った順でいい?」
「「「異議なし」」」
全員、満場一致だ。とはいえもちろんだが貴重な回復役のアウラと非戦闘員のフィンはそれに含まれない。次いで索敵魔法に長けるライオスもまた戦闘には加わってほしくない。対して遠距離の攻撃方法が限られている俺もまた戦闘には不向きだが、そうも言ってられないので参加する。一人で退ける必要はなく、知らせてくれればそれでいい。
「お前はどこで剣術を習ったんだ?」
「実戦だ。中にはいるんだよ、オシャレじゃない武を極めてるやつが」
「実戦って人間相手だろ?そんなに効くのか?」
「基本が成っていればな。それなりに鍛えてから実戦をしたよ」
モンドが興味津々で聞いてくるのだから、しっかりと教えてあげる。訓練ではなく本当に殺し合いの場でこそ人は成長する。もちろんそれが魔物相手でも。だから中隊メンバーは強い。それは戦いが強いというだけであって剣術が強い、であったり頭脳戦が強いというわけではない。その点を突けるからモンドに勝ったのだ。
「教えてくれないか?俺も剣を使うが、魔力が切れた時に戦えなくなっては困るからな」
「俺も」
「僕はいいかな。あの剣僕には大きいし」
モンドとケルトが賛同してくれて、ライオスには断られた。それはそれでよいのだ。付け焼刃で終わる程度ならば初めから習得しなくていい。既にあるものの組み合わせで強くなった方がいいから。
「女の子みたいに小さいからね」
「うるさいなぁ!」
後ろではライオスがレイズに茶化されているが、それもいつもの光景なのだろう。皆がクスクスと笑っている。
「いいけどさ、感覚で掴んでもらうしかないぞ。我流だから自分に合った動きだけを見て盗んでくれ」
船の上に積んだ食料だけではどうにもならないので、陸に上がったときは二人との打込稽古が始まることになった。木剣を作る程度は船を作るのに比べて造作もない。だからこそ、三本程度は直ぐに用意できた。だが、真剣の方が効率は上がると言ったら却下された。折角回復役がいるのだから、腕の一本くらいならどうにでもなると説得したのだけど。
「それ実体験?」
「そうだけど?」
「あれは怖かったです」
アウラに泣きつかれたから一回きりにしたが、護衛についていたブランが相当な使い手で、片腕を犠牲にしなければ勝てなかったので仕方ない。20年生きてきたがスキル持ちはあれが初めてだった。
「確かにアウラのことを考えたら、もう使えないな」
「そりゃそうでしょうよ」
俺は船が陸に上がるその時までに、剣の持ち方から教えた。そうしていくうちに、二人とはだいぶ打ち解けたように思う。
「ねぇ、あれ黒猪じゃない?」
「ほんとだ、でもちょっと遠いね。魔法じゃ跡形も残らなそう」
威力高すぎるだろ、と突っ込みたかったがまだそれほど打ち解けてはいない。
黒猪は想定していた以上に大きかった。森の奥にある黒い影、推定5メートルほどはあるだろう。それ全てが黒い毛皮でおおわれていた。魔獣の類だが、これは知っている。帝都の中ではめったに出回らない、超高級食材である。
「あれ旨いんだよな。もったいねぇ」
「兄さん、私あれ食べてみたい」
フィンはグルメなのだ。高級食材で、旨いと聞けば気になるのは当然のことだろう。俺だって初めて食べた時は仰天するほどに旨かったのを覚えている。フィンはその時生まれていなかった。食べさせてやりたいが、距離は20メートルくらいは離れているし、魔法では威力が高すぎて猪を消し炭にしてしまうらしい。
「おいおい、そんな武器で殺せるかよ」
俺は立てかけていた弓矢を手にした。モンドは知らないらしいが人間同士で殺し合っていた時の遠距離武器は弓矢が主だったのだ。殺傷能力は近代兵器にだって引けを取らない。音も出ないから暗殺では多用していた。
「うまく使えば一矢必殺なんだよ」
視とけよ、と言ってから弓を引き絞る。完璧なフォームで、長い矢をつがえる。腕力には自信があるが、それでもギリギリ扱えるほどにきつく張られた弦を離す。
鏑矢ではないが、轟音と共に射出される矢は黒猪の頭蓋を貫通した。標的はその場に頽れ、それを取りに船は移動する。
「お前、何でも扱えるのか?」
「見たことある武器は大抵な。今持っているのはこれくらいなんだけど」
物体も液体も使い方によれば武器になる。暗殺に限らず実戦であればどのような状況であっても。魔法に比べれば児戯のようなものだけどね。
猪の解体はモンドが慣れているようで完璧にこなしてくれた。それで目の前で焼き始めるのを見て、俺は野営の準備を始めた。船の上で寝泊まりした方が幾分安全かもしれないが、急に船の上で暮らすことを強要しては疲労がたまるかもしれないので陸地で休めるときは陸地で野営するべきだ。
「おいしい・・・おいしいよ!」
「おいひいです!」
口いっぱいに焼きあがった肉をほおばりながら二人は俺を眺めてくる。それが可愛らしいから微笑んでしまうと、微笑んで返してくれた。俺の妹二人はなんてかわいいのでしょうか。
旨い飯と、濾過して上で浄化した水、硬い寝床で夜を明かす。朝早く、ケルトとモンドは俺と稽古を始める。ライオスは岩の上で頬杖を突きながら眺めるだけ。彼も刀は持ってきているが、全く扱えない。性能を求めたからこそ重い武器となった。それでも取り回しやすい片刃の剣にしたわけであるが。
「剣術の指南だが、魔法を使えよ」
「剣術だけで戦えるようになりたいんだが」
「魔法がお前たちの強みだろ。剣が使えた方がいいのも当然だが、両方使うことになれた方がいい。長期戦にも対応できるだろ?」
俺の言うことは正しいからこそ反論もない。ただ、二対一で魔法を使われて勝負になるというほど自信過剰でもない。だから、魔法はあくまで補助的な運用にとどめてもらいたい。肉体強化のような直接攻撃の無いものとか。
「攻撃魔法は無しで、剣での攻撃だけで、かオーケー」
「俺もそれで構わない」
木剣を二人に投げ渡して、二人が構えるのを待つ。そして、三者相対し剣を向け合う。開始の合図は何もしていないライオスが必然的に請け負った。
「準備は、出来てるよね。―始め!」
二人が俺を囲み、肉体強化を施しながら同時に切り込む。持っている武器は木剣一本のみ。故に、二方向からの攻撃は受け止めきれない。わずかにモンドの方が速い、それを躱し、ケルトの木剣の腹に木剣を当てて軌道をそらす。肉体強化の影響で慣性が必要以上に掛かりよろけるケルト、だがモンドはそれを庇うように追撃を放つ。さすがに連携がうまい。
背後からの木剣、当たれば後遺症も残るだろう容赦のない一撃。だが一対一の状況下で自分よりも劣る実力の者に後れを取るなどありえない。
「は?目が後ろにあるのかよ!」
木剣を脇から背後に突き出し、モンドの木剣に激突し弾き飛ばす。
「肉体強化してなくてその威力って、ブランってすごいね」
「技術だ。実際には力はあまり使わない。長期戦に対応できなくなるからな」
事実、剣は流れに任せて振るった方がよい。事この武器に至ってはなおのことだ。片刃の刃は押し当て、引くことで刃物の武器でも屈指の切れ味を見せる。故に、武器の重みを生かし、武器を止めることもなく扱うのが正しい使い方なのだ。刀身が速く動き、体重が乗るほど威力も上がる。
「なるほどな。力任せは意味がないということか」
「ぬ、抜けない」
ケルトの木剣は自分の肉体強化魔法のせいで地面に深く刺さって抜けない。まともに斬り合うこともなく勝ってしまった。
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