Ep.13 試合

 モンドの軍刀、其の直線状に俺の軍刀が抜かれている。相手は魔法も使う。俺は、生来の肉体能力に頼って戦うしかない、わけではない。ブランには魔法を使うために必須な器官が失われているが、代わりにスキルが発現する。最も、魔法程簡単に身につくわけではない。身に着けるには、無限とも思える期間の鍛錬とイメージが必要だ。現代のブランにはスキルが発現したものなんてほぼいない。昔の文献に乗っているくらいで、知っている者も少ない半ば都市伝説だが、俺は知っている。それが真実であることと、その実用性を。


 俺の持っているスキルは二つ。恐らく一人の人間がもつことのできるスキルには限界がある。今の俺はそれ以上を持つことはできないし、スキルの発現上限は文献によれば天賦のもので後天的に増やすことはできないらしい。


 一つ、周囲6メートル先に斬撃を飛ばす。二つ、周囲6メートルのあらゆるものを引き寄せる。


 決して強いスキルではない。文献によれば、あらゆるものを解体するスキルだったり再生するスキルだったり、法外な性能を持つものだってある。はっきり言えば外れだが、イメージさえ違えば、そういったスキルも発現したということだ。予告されず突発的に発言するため常に望むスキルをイメージして居なければならず、当然そんなこともできないため運による部分が大きい。


「魔法相手に戦ったことはあるのか?」


「ないね。だが、手加減は加えなくていいぞ」


 俺の両腕に引っ付くフィンとアウラを引きはがす。今まで、アウトキャストの怒号と威圧的な視線に怯えながら、俺の邪魔をしないように、或いは罪の意識に苛まれて押し黙っていた彼女らもさすがに心配してくれた。


「兄さん、やめて!」


 フィンが軍服を引いてくるが、これに勝てば目的は達成される。なら、やるしかない。帝国なんかにこれ以上いられない。


「合図は?」


「アウラ、コイントスをしてくれ。落ちた瞬間が開始だ」


 アウラは無言のまま頷いてくれた。ポケットから、コインを取り出して指の上に乗せる。そして、両者の顔を見て首肯すると、直上にあげた。少し強引にフィンを引きはがして、構える。


 コインが地面に落ちた。音もなく落下した反面、激しく戦闘は始まった。


撃退する杭リパルサー・スパイク


 地面から針が出現する。飛ばねば足が貫かれただろう攻撃に、モンドの背後から触角が伸びる。これもまた同じ土の杭であった。宙に浮いている俺にこれを凌ぐすべはなく、勝利の顔を浮かべるモンド。


 軍刀を一振りすれば、土の針など簡単に砕ける。


「うわ、あれ鉄も貫くはずなんだけどね」


 地面に着地すればモンドの勝利で終わるはずだ、と観戦しているものすべてがそう判断した。地面には針が待ち受けており、人間は永遠と空には居れない。


「針に乗ってる・・・厚底?」


「違うでしょ」


 ケルトの天然な推測をシルが否定する。針の上に乗っているようで、実際は急激な傾斜に乗っているだけだ。だが、戦闘中にそのようなことは普通出来ない。


 俺が距離を詰める。地面が砕けるほど強く踏み込んだ俺に対して、モンドは直線状に火球を放った。地面が歪でありまともな着地点もないことから、避けられないと踏んだのだろうが、当たる前に斬撃を飛ばして火球を破壊する。


「なにそれ、魔法?」


「見たことないね」


 スキルの存在は誰にも知られていなかった。だが、それがなくともこの程度の攻撃では俺は負けない。


 モンドが軍刀を振り抜く。俺の軍刀が、モンドの軍刀の腹をたたき、そのまま宙返りをした。まるで空を飛んでいるかのような、そんな身のこなしだ。モンドの背後に降り立ち、鞘を後頭部に投げつける。肉体強化のおかげで、大した負傷にはならなかったようだが、大きな音が鳴る程度には威力があった。


「マジ?モンドが負けたとこなんて始めて見たよ」


 後頭部を強打され、モンドの脳が揺れた。自分の出したスパイクに刺さりそうになるところを、俺が支え、少し離れたところで寝かせた。


「ブランが覇権を握った理由、今なら分かるね」


「ええ。肉体能力だけではなかったみたいだけど」


 ブランが人間大戦時代、覇権を握ったのは紛れもなく身体能力によるものであり、当時はスキルは存在こそすれ発言している者は少数しかいなかった。だが、魔法と同時期に多く見られるようになった。だが、魔法に対してスキルは汎用性の乏しく、大体が戦闘向きのものであったため魔法よりも劣っていた。それが許せなかったブランが迫害を始めたことにも理由となるだろう。


「俺の身は最低限守れるだけの力はあるが、この前の化け物の相手はできない」


 少佐はアウトキャストに対してスキルのことを事細かに語ってくれたが、結局のところ推測でしかなかった。魔法だってすべてを解明するなんてことは不可能であるからして、より希少な力の解明なんてできようはずもない。




「バラックは壁内に比べて”綺麗”だから汚さないでね」


 ライオスが不機嫌そうにバラックの一部屋を貸してくれた。穢れたよほど綺麗な部屋だが、掃除もしっかりとされていた。皮肉だったが、老朽化に目をつぶれば十分綺麗だ。


 扉がノックされた。足音からして二人、アウラとフィンだろう。二人には話しておきたいこともあったので、ちょうどいい。


 扉を開けて中に入れた。固いベッドの上に、二人は腰かけた。


「先に言っておくが、昼の話は全て事実だ。俺が人殺しで家族の人権を守っていたことも、軍の命令で殺しをしたことも」


 二人の顔が暗くなる。アウラを迎えてから人を殺してこなかったが、それもこの早朝で・・・過去は変わらないから言っても仕方なの無いことだ。


「ごめん兄さん。私が重荷になってたなんて、相談してほしかった」


「できるはずないだろ。その時お前は4つか少しだろ」


 4つの妹に人殺しの業を背負わせることなんてできない。いや、年齢など関係はないが。それに、妹に頼るなんてみっともない真似、完璧な兄のすることではない。


「兄さんもまだ10歳か、未満じゃないの?兄さん、ありがとう。今までごめんなさい」


 大粒の涙を浮かべながら、ベッドに頭をうずめて謝られてやっと気が付いたことに、未熟さを見た。完璧な兄になると、かつて誓った。人を殺したせめてもの責任追及のためでもあり、残された立った一つの宝である妹を失いたくなかったから。だが、結果はこんなに情けない、小さな兄の背中だった。


 フィンを胸に抱いて、自然と満たされる感覚に家族の温かさを感じる。


「二人とも、約束を守ってくれてありがとう。おかげで最難関を突破できたよ」


 最前線に来る道中、ファイドは二人に交渉中は何があっても口を出さないように言い聞かせていた。口を挟まれて話が脱線したら、ただでさえ聞きたくない話を、寸でのところで堪えた堪忍袋も限界は来る。そうなっては交渉どころではない。それに、衝撃的な事実を離す予定があったし、話をする前に整理する期間を作りたかったこともある。


「兄さんは抱え込み過ぎです。もう知ってしまったので、これ以上は隠さないでください」


 アウラも泣き出してしまった。今では二人になったが、唯一頼れる相手だった男が、実は殺人鬼であったと知って絶望しなかっただけありがたい。それどころか、血もつながっていない相手に寄り添って見せた。同じことが自分にはできない、と自分が所詮はブランでしかないのであろうか。もっとも、全員がそうであるとは言い切れないが。


「もうしばらくは、嫌。そうだな、もう頼らないなんてできないよ」


 二人がファイドの眼を覗き込んで抗議の色を示したので折れたが、実際、家族というものを知ってしまった今、頼りたいと思ってしまった。


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