Ep.14 準備

 部隊構成、魔法師が5名、剣士1名、救護班1名に護衛対象が1名。これがただの野党対策であっても、護衛対象のレベルにもよるが、少ない戦力だ。だが、この戦力はどこの国の精鋭部隊にも引けを取らないだろう。なにせ、この兵装で数年間最前線を防衛し続けたのだから。


 バラックのロビーに形ばかりの長机が置かれていた。今や精巧な地図などないので500年前に作られた周辺地図を帝都から引っ張て来た。魔物は建築をしないので、建造物が増えることはあり得ないが、当時の建築物が500年残るとも思えない。参考になるのは高地か、盆地かと言ったことくらいなものだ。


「最近は地殻変動もあってここに沼地ができたよ」


 ライオスが地図に書き加える。だが、行路は彼の索敵魔法によって決まるのでここを通ると決まったわけではない。


「地形は索敵魔法で把握できるのか?」


「んーなんとなくかな?生き物の反応から地形はある程度把握できる、くらいかな?」


 魔物が低い場所にいるから、盆地があり、移動速度が遅いから沼地があり、と言ったような推測にすぎないらしい。


「ある程度の行路は決めておいた方がいいだろ。昔国があった場所は分からないのか?」


「正直、どこの国が健在なのかもわからないし行き当たりばったりになるのは必然だろう。それに魔物も止まってはいないし今行路を決めたところでそれに沿って行けはしない」


「だが方角は決めるべきだ」


 ケルトの言うことは正しい。結果どこに行けばいいのかもわからないのでは旅なんて続かない。


「いいんじゃない?どうせ先なんてあってないような旅だし。私たちも自分たちを終わらせて次につなげるために戦ってきたんだし」


 先がないのは今も変わらない。なら、行先を決めずとも旅はできる、とそれがアウトキャストらしい。それに反論するものが居ないのが良い証拠だ。


「かつて国があった場所は地図にある。最も近い場所から見て、魔物の数が多ければ行先を変える方針で行くしかない」


「実際そうするしかないでしょうね。ただ、荷物はどうするの?そんな長旅に備えなんてないよ」


 シルの言うことも正しい。荷台くらいは作れるが、馬もいなければ牛もいないし牽引できない。かといって一人一人に大荷物を背負わせては戦い辛く結局生存率は上がらない。


「川を下るしかない。船くらいなら一晩あればそれなりのものを作ってやれる」


「水生モンスターはどうするの?」


「このあたりの川はそれほど深くないはずだ。大型のモンスターに出くわすことも少ないんじゃないか?」


 川の周囲には国ができるのも太古の昔から決まっている。故に川の流れに任せていた方が、陸路を行くよりも確実である可能性は高い。最悪会敵しても、魔法で川を凍らせ、氷を砕いてやればいい。船は無傷だが生き物は砕ける。


「それはアリだな」


 帝国は海に面している。領土の端にほんの一部だが。内陸国に向けて川が流れているので、下るだけで国には到着するはずだ。ただ、問題があるのは川が流れついた先の国が滅んでいれば戻れない、ということだ。最も、大陸の形からして双方向に流れている川は多く存在している。逆流している川を見つければ戻れるが、それはそれで陸路を通らざるを得ない。


「川の分岐点で分かれていけば何とかなるかもね。でもそうなればここらへんで一番大きな川に乗るべきなんだろうけど、直線距離で130キロ。途中で合流している川を使うなら陸路は30キロ程度で済むね」


「いいと思うよそれ。どうせ、合流地までは帝国の領土内だし。まあ、魔物支配域モンスターパレスだけどね」


 急ぐ旅でもなければ、明確な行き先があるわけでもない。だからこそ、遅くはなるが安全な川を使った方がいい。


「決まりだな。帰りは支配域を突破することになるだろうが」


「帰りがあるならな」


 ケルトが笑えない突っ込みで返してくる。すべては国にたどり着くことが始まりである。だから、帰りのことなんて考えたところで意味はない。精々、目標として掲げるか、空想として夢を見るか。


 だが結局人は夢を掲げないとやってられない。戦場に縛られた彼らが未来につなげようとするのも、未来に何かあると信じているからだ。ファイドは知っている。未来に託すのは今できることから逃げている、それと同義なのだ。とはいえ、ここでできることなんてこのような希望的な一縷の望みすらない強硬しかない。


「荷物は最低限でいい。毛布と武装、後は一定期間の食料と水を持っていればいい。後のものは俺が持ってきている」


 前線に置いてあり使いつぶされた調理器具や武具の手入れなどは、帝都から持ってきたものの方が質はいい。命を賭けた作戦ともいえない無謀なものに関してはなおのことだ。


「サバイバルはしたことあるんだよね?」


「問題ない。何なら生きていくだけなら一月は森の中で暮らせる」


 会敵したとしても、知能を持っていない魔物が相手ならば余裕がある。仮に指揮官クラスに見つかったとしても、逃げることは出来るし、突破も或いは出来るだろう。だが、指揮官が指揮した数百以上の軍と会敵した場合はどちらも難しい。それでもサバイバルの腕を問うのだとすれば一月以上は生きられるだろう。毒性の植物も薬草も水の濾過だって習得しているので問題にはならない。


「問題はライオスの策敵魔法だな。流石に常時展開しておけるわけではないぞ」


「それなら大丈夫。私も索敵魔法は使えるし、ライオスほどの範囲はないけど休息の間くらいなら交代できるよ」


 シルもライオスと特性が近い。索敵魔法の精度も範囲は劣るが問題ない。


「出来る限り廃墟を回りながら、平地には近寄らない。これを守っていれば、しばらくは問題ないかもね」


「どうせ行くんだろ?レイズ、俺たちに気を遣うことはない。旅の途中だってお前がリーダーだ」


 異論はないだろ、ファイドを見るモンドに、首肯した。口を出さないわけはないが、それは必要に迫られるその時に。


「準備ができ次第に出発するよ」


 この前線には悪魔がいる。悪魔はこの世界最強の種族だ。そして、其の強さは人間ではどうしようもない。悪魔が一体居れば都市は崩壊する。魔物が現れ、大幅に都市を失うこととなったのは悪魔の存在が極めて大きい。魔法一つで前線居地を破壊せしめたのだから言うまでもないが。それに焦点を当てられているここからは一刻も早く退却した方がいい。





 準備とはいっても結局は俺が船を作るのを待つだけ。船を引きずるために台車も作らねばならないが、それも織り込み済みで時間は貰っている。それでも急がねばならないことに変わりはないが。


 幸いに、廃墟とバラックの間には小さな森があった。500年の間に出来上がった小さなものだ。だが、船の一隻とその台車程度は事足りる。木材の習得も、スキルによる斬撃ですぐさま加工できる。切れ味は鉄でも切り裂くことができる。巨木の一つや二つ加工は容易い。


 釘や金槌と言った工具も持ち寄ったものがあるので、それを使いながら船を作成し始める。余裕をもって10人が乗り込んでも問題なく動くように。護衛対象がいるため、二隻に分けるのは戯作になるかもしれないし、狭い川を渡る可能性もあるため船自体を細くしなければならない。船自体を浅い川に適した形にしないといけないため、通常の形では浮くことすらできないが、通常の形の両脇に丸太をかませることで、浮力を確保したら何とか浮いた。機動力はオールと水力、場合によっては風力も必要であるため帆もつける。が、着脱式にせねば通れない箇所が出てくることだろう。船で寝泊まりするわけだから、屋根を付けなければならないし、雨が溜まらないように細工もせねばならない。


「案外難しいな。啖呵を切ったものの作るのは初めてなんだ」


 帝都に船が通れるだけの川なんてなかったから無理もない。それに、なんだかんだで形はできた。ただ、広い川を渡るだけのものなのであくまでも使い捨てだ。中に詰めるだけ小さな船、その原型となるものは積んでおきたい。


 船頭と船尾をつなげて固定すれば船になるように、二つの部位に分けた物を二つずつ。これで、人数分の船にはなる。


「想定以上に大きくなったな。だが、問題はないか。


 横幅3メートル、長さ7メートルの船だ。子ども数人と大人数人程度は問題なく乗る。


 それが乗る荷台はかなりの重量となる。正確な数値は出せないが10トンは超えるのではないだろうか。出来る限り滑らかに回る車輪を三つずつ取り付けた。荷台を引くのは俺とモンドの二人で何とか動く。何かに挟まった場合はその限りではないが、それは魔法で何とかしてくれるらしい。


 会議が終わってすぐに取り掛かり、かかった時間は14時間。夜が明けて夕方の三時となった。


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