Ep.12 理想
ライオスは気に食わないくそったれの白蛇に、気持ちわるいくらいに心を動かされた。平和に暮らし、大した悩みも抱かずに天寿を全うして死ぬだけの白蛇が、自分の感じた確かな絶望と同じものを抱いていることを知った。そして、白蛇の醜さをより一層に。人を殺していい理由なんてあっていいはずがない。身内を無残に殺されたが、自分たちは白蛇を殺したことはない。それは、怯えからか誇りからか、それは言うまでもなく後者だ。ただ、少しも恐怖がなかったというわけはない。絶望に対して、抗った結果、或いは屈した後の殺し、それが少佐の人生なのだ。
「でも関係ないよ、そんなこと。結局は自分のしたいことのために僕たちを利用したいって、そういう話でしょ?こっちは具体的な方法もなしに地獄への道を歩けって、そりゃ無理でしょってそういう話」
当然の反論だ。そして、これに対する答えは用意できるものではない。魔物が跋扈する戦場を生きて、存在するかもわからない他国に向けて出発するわけである。つまり、希望的観測に基づく行動に根拠は存在しない。
「最低でも30人の中隊と共に行けば無理ではなかっただろう。だが、この人数だから無理というわけではない。お前たちを納得させるのは、多分俺には無理だし、根拠のある想定なんかも提供できない。それでもよければ話したい」
初めて会った瞬間は表情の変わる様子なんて全く想像できなかった冷徹な男の顔が、まるで告白する寸前の子供のように移ろい変わる。それを見て、余計に理解する。アウトキャスト如きに、本気で頭を悩ませているということに。
「聞くだけ聞いてやる」
モンドが「どうせそんな方法なんてあるはずもない」と言わんばかりに口を開いた。
「君たちは前線で最も強い。それに索敵に長けるライオスが居れば、敵のいない場所を選択して進める。数が少ないことも相まって会敵する機会はほぼないだろう。仮に会敵した場合でも、退ける、或いは突破することは可能であるかもしれない。悪魔のような強い種族が居れば断言はできないが」
それも策敵魔法で避けられる、とそう仮定して。仮定の上に成り立つだけの机上の空論にすぎない。如何な言葉であっても否定できてしまう、そんな程度の発案。
「どこに向けて?」
ケルトがこの問題で最も重要なことを言う。
「今回この防衛地が崩壊した兵器は、多分魔法兵器でも魔法でもない。あれは質量攻撃だと考えられる。だが魔物は何も作らないはずだ。つまりは、他国から奪い取った兵器である可能性が高い」
魔物は己の体が武器になるから、武器を作ることはない。それに技術もなければ、知能があるものも少ない。拠点を作られないのも、そういう事だ。だから、砲撃可能な兵器はつまるところ作ることはできないのだ。
「魔法であったら検知できるから、ってことですか?」
「そうだ」
「それが最後に滅びた国の遺物である可能性は?」
「おそらくそれはない。国が滅びたならもっと撃ってくるだろう。今回は15砲確認しているが、追撃はこない。弾がないのか、或いは他の戦地で試している可能性が高い。君たちの部隊は試し打ちで崩壊した、と言ったところだろう」
国が滅んでいたと仮定し、その国に砲台が15しかないというのはおかしな話だ。もっとも、帝国にはそのような兵器を作ることはできないのだが。恐らく、前線居地が奪われ、そこにあった分が奪われた。数多くの戦場で、どれほど役に立つか確認すべく砲台を移動させているのだとしたら、追撃が来ない理由が分かる。弾にも限りがあるだろうし、前線居地が奪われる際には保管庫も機能しなくなるほど破壊するはずだ。
「つまり、少なくとも一国は生き残っている、と?」
「ああ」と短く答えた少佐に、結局は空論であることも根底にある。とはいえ、それが虚実であるという証明もまたできないのだから。
前線に実用可能な兵器、つまりは量産システムが整っているということ。そして、その兵器の威力からも分かる高い技術力。前線にそれを投入できる上層部の介入から見て、その国は帝国よりも幾分かましな国である可能性が極めて高い。もちろん、すべての仮定が当たっていれば、の話であるが。
「話は分かりました。ですが、私たちはこの戦場を捨てるわけにはいかない。過去に死んだ者たちと、これから来る者たちのために」
「まだ言いたいことは一つある。俺は帝国を捨てたつもりはない、というか捨てられなくなった。帝国全てを救えないが、壊滅寸前で守れるくらいには帰ってくるつもりだ」
「それこそ実現できないよ。どうやるつもりなの?」
「そんなところまで考えてはいない。なにせ、ここに来る直前に決めたことだ。もはや祖国に何も残してはいないが、死なせたくなかった奴もいたことだし、勝手に絶望するのもやめただけだ」
世界の9割がくそったれた白蛇でも、残り1割はまともな個体もいると、ただそれだけの事にやっと気が付いた。
母の死を見て、親友の言葉を聞いて初めて。片方は失われ、もう片方は裏切られたが、それでも心に残った暑い気持ちは消えない。
「私たちに、同胞を救えとそう言っているの?」
「提案しているだけだ。過去の英霊たちに、これから英霊になる者たちに向けてお前たちができる最高のもてなしは、呪縛からの解放しかない。足掻けるだけ足掻くのがお前たちの誇りなら、協力してくれたっていいだろ?」
モンドは思い出した。かつて、初めてレイズと参戦した日の夜。夏にしては寒い、そんな夜に、レイズが言ったことは「いつになったら終わるんだろうね。いっそこっちから」続きはきっと、憚られて言えなかったのだろう。
―胸騒ぎがした。
レイズが賛同するのではないか、と。きっとレイズの理想と結果が近い。同胞の解放、それができるのならばやってやりたいと皆思う。だが、それはできないから仕方なく強制される戦争で死んでいく。帝国を裏切り殺戮の限りを尽くしたら、白蛇と同じに堕ちてしまう。死に様は選べるのだから、それでは後悔できない。仮に帝国に魔物を素通りさせても、自分たちだって死ぬし同胞もろとも死ぬ。それを助けるためにはそれこそ、他国からの援軍しかない。
―もしそれができるなら?
背中を押されることを待っていたというなら、少佐はこの場に来てはならない人物だったということだ。明日死ぬかもしれないからと言って、今日死地に飛び込むことはない。
「・・・結局は希望的な空想にすぎない」
「ここで戦って死ぬのと、結果はそう変わらない。いずれ死ぬなら、試してから死ねばいい」
「勘違いしてないよね?僕たちは死にたいわけじゃない」
「どうせ死ぬ、とそう決めて戦っているなら変わらない。それに俺だって死にたいわけじゃない。ただ、妹たちにはより良い場所で生きてほしいだけだ」
ここに来て、少佐の言うことは正しい。死ぬ瞬間なんて、こんな場所では決まり切っている。どうせ、木っ端の魔物に体を食い破られて死ぬ。だから、進めるところまで進んだって彼らの誇りは傷つけられることではない。結果、何もできずに死のうと、ここで止まっていては余計に打てる手などない。だが、仮に何かできたなら幾千の同胞を助けられる。冷遇してきたアウトキャストに助けられるという盛大な喜劇をブランに見せてやれる。
「・・・正直、その話に乗ってもいいと私は思っていました。結局は、少佐と同じことを思っていたから。でも、私の理想に仲間を心中させるわけにはいかない」
「待てよレイズ。俺たちはお前の理想に従って戦いたいから死んでいった。今更だぞ。―少佐、お前さんがそこまで言うならせめて自分の身くらいは守れるんだろうな?」
三個中隊60名はすべてレイズ従う者たちの集まりだった。それにも理由はある。如何なるものにも劣らないその魅力がレイズにはあったからだけではない。
「俺たちの隊長は、もう賛成したみたいだが俺たちもお前を信頼したわけじゃない。だから言うが―俺に勝てたら認めてやる」
軍刀を引き抜きながら魔力で肉体機能を底上げしている。目を見ればわかる。殺すつもりの一騎打ちだ。
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