Ep.11 邂逅
軍刀を磨く毎日。ここ最近は魔物の進行がない。今は絶好の機会であるにも関わらず。たった6人で数万体の魔物を制圧するなんて不可能に近い。だからこれは幸運だった。
「あと数時間で来るよ。少佐が」
ライオスの報告を受けた後、ともにケルトの帰還を祝った。シャンパンもチキンも生憎と今は用意できないが、水入りの歪な鉄製コップを打ち合わせて。
「誰が相手するの?」
「私がするよ。ここに呼んだのは私だから。まさか本当に来るとは思わなかったけど」
「いや、ここは大人の俺が相手する」
「いいよ、気なんか使わなくても」
年下にこう言われてしまえばいい返しにくいのが大人というものだ。だが、気を遣うなと言われて、気を使わなくなるような大人は大人ではない。かつて自分をかくまってくれたシスターもそうだったように。
「背負わなくていい。こっから先は負担も大きくなるし、正しく6等分するべきだ。自分が言い出したことだから、ってのはなしでな」
レイズも聞く耳を持たないわけではない。だから、副団長であり最も長く連れ添った頼れる大人の意見は聞く。それに、正論であるならば余計に。
「それでレイズは何を聞きたいの?」
少し考えた様子でライオスの問いに答える。
「彼は他とは違う、と思うからその理由と、動機かな。あとは、私たちをどう思っているか、だね」
「企業面接かよ?まあ、受けたことも受けたやつの話を聞いたこともないが」
「面接って、そんなこと聞かれるんだ」
「らしいよ」
親も祖父も曾祖父も、企業面接なんて受けたことはないし、企業なんてものも存在しなかった。面接が何かを知っているのは、数十年前に占拠されたと思われる都市の残骸に埋もれた雑誌に「面接対策の10のこと!」と書かれたものを読んだことがあるからだ。それが帝国のものであるかもわからないが。ちょうど、ここに配属されて少ししたくらいでケルトとレイズ、そしてモンドの三人で。
「―ッチ」
ライオスの舌打ちが雑談の中でも明瞭に聞こえた。少佐が到着したのだろう。顔を見ればよくわかる。苦虫を噛み潰したかのような、状況が状況なら笑ってしまうほどに歪んだ顔だ。
「そんなにつらいなら離れていたってかまわないぞ」
「冗談でしょ?白蛇から逃げるなんてそんなことできるわけない」
「だよな。抱えていたものすべて吐露してやりゃいい」
自分の腰に付けた軍刀。生き残った中ではもはや、自分とケルトしか使うことのできない重いが武器としての性能は高い補給品。それに手を掛けながら、来訪者を待ち構える。
「分かってると思うけど、殺さないようにね」
「「「「了解」」」」
少佐は思ったよりも若かった。自分と同じ年齢か、少し下だろうか。モンドは、今では最年長だ。それでも20だ。それで少佐はかなり優秀なのだろう。そして、それは先の戦闘指揮で分かっていた。
「よく来たね。こんな地獄に何の用か知らないし、内地ほどのもてなしもできないけど、紅茶でも飲んで言ってよ」
ライオスが嫌味を多分に含んで水の入ったコップを自分の近くにおいてある机に置いた。少佐は全く意に介していないどころか、少し安堵したようにも見えた。それが余計に腹立たしい。
「それで?少佐、先の話について本当のことを・・・」
レイズの声が止まった。不思議に思い、レイズを見れば小刻みに震えている。なぜか分からなかったから、少佐を見てみた。だが、分からない。ライオス、シルは普通にしているが、ケルトもまた震えていた。
二人は危機感知能力が高い、そういう共通点がありこういった場面でその勘は外れないと、長らく共にいて知っている。
モンドは少佐をくまなく観察して、理解した。
眼が虚ろだ。感情に色が見えないし、関心を持たない、まるで死神のような雰囲気を感じたのだ。それも、本当に幾人も殺してきたのかのような剣幕まであって。
「ああ。先に言った通り、後ろにいる二人だけでも他国に連れて行ってほしい。君たちがここで戦う誇りも、意味も推測はできるが回答はできない。だから、頼む」
「・・・あなたは人を、―命の価値を知っていますか?」
レイズが問うた。返答なんて大して聞いていない。
少佐の眼は何に対しても関心を抱いてはいない。命に対してだって、多分同じだ。だから国を裏切れるのだ、と言えてしまう。きっと、守るべき家族以外には彼の人生に介入できないのだろう。
「正直に言えば、俺はこの二人と君たちアウトキャスト以外に命の価値を見出せない。存在しない方がいい奴だっているとまで思う。だから、君たちとは根本的に違うし取り返しのつかないところまで来ている。俺を理解しようとしなくていい。二人が、俺のすべてだから」
少佐の両腕にしがみつく二人の少女。まるで見たことのないものを見たような目で、少佐を見つめていた。きっと、これは本心だ。
「殺しをしたことがある、と?」
「ああ。軍の命令でアウトキャストを5人。幼少のころ仕事でブランを14人殺している。昨晩だって俺の母を殺した奴らを殺した。俺はそういう、存在しない方がいい人間ってことだよ」
自己肯定があまりに低く聞こえるし、本心であることも分かる。だが、これは打算も含まれているのは確実だった。アウトキャストに寄り添うために嘘をつかず、あくまで理解してほしい、と口では反対のことを言いながら淡々と説明している。
そして、アウトキャストの思いも立場も傷つけないように器用な話し方をしているのも分かる。きっとアウトキャストに関心があるのも、価値を見出しているのも本当のことなのだろう。
「なんとも思わないのですか?」
「家族のためにやったことだ。心が痛まないわけがないが、後悔もない」
「―許せない。軍の命令で仕方なく、とか意味わからないよ。私もお姉ちゃんもそんなくだらないことで殺されたっていうの?罪悪感も抱いていないと思ってたけど、繰り返して同じことができるって、どういうことなのよ!?」
シルの咆哮、その理由をファイドは知っていた。調べたことがあったから姉が死んだことも、レイと共に脱走し結局ここに飛ばされたことも把握していた。だが、隠していた方が、話がこじれるとそう判断したのだ。
「昔からずっと、変わらなかったことがあった。俺の父は事業で失敗して、返済できない借金の代わりに俺たち家族を差し出した。貴族位にすがっていた大貴族の末裔が、その地位欲しさに有力家系を殺していく事件が起こったことがある。俺はそれに使われ、妹と母が人質に取られた。仕方なく殺した、なんていうつもりはない。そこから、軍へ入団するために奴隷として価値がなくなった病を患い余命幾許もない奴らを命令に従って殺した」
淡々と、醜い過去をさらけ出しながら、まるで罪を感じていないような表情で語り切った。理解したことが一つあった。少佐が白蛇の中でも異質だったのは、内地に居ながらも白蛇の被害者であったからなのだ、と。自分たちと同じではない。同じではないが、全く別の存在でもない、そう思えて仕方ない。
「答えになっていないよ」
「アウトキャストに温情を与えることは、帝国規定に反し従軍している者に関しては士官校の学生であっても極刑に処される。折角金を稼いでクソみたいな生活から脱却したのに、俺が死ねばまたそこに戻る。それに、俺は殺しを一つの手段だと思っているよ。許されないことでもあるだろうし、心が痛んで仕方ない時期もあった」
シルの行き場の無い怒りをレイズが制止した。少佐の死神のような印象から、人間味が薄く見え始めたのはシルが質問をしてからだった。きっと思い出したのだろう。初めて殺しをした瞬間を、母を殺された瞬間を。顔が引きつっている。そのたびに誓い続けて、妹たちを守ってきたのだろう。ただ、殺しの果てにもう心が痛むことはない、と言い切ってしまう悲しい男に成り下がってしまっている。
「何故、私たちは例外なんだ?俺たちは所詮お前が殺してきたアウトキャストだ」
「それは違う。俺が周りに関心を抱けなかったのは、ひとえに人間というものを知らなかったからだ。初めてアウトキャストと呼ばれる人間がいると知ったとき、俺は前線に行ったことがある。そこで知ったんだ、人間がここまで輝けるのか、って。それから10年して、指揮管制に当たった部隊はどこも輝いていた」
ここまで一息で話しきって、疲れたのか、少し間が開いた。そして、いま一層に空気を吸い込んで決意を固めた表情で、決して優秀な人間の放つ言葉ではないただの願望をぶつけてきた。
「だから、俺は侮辱になるが、憧れたし羨ましかった。だからいずれ、同じ場所に立って同じ志をもって戦いたいと本気で願っている」
その時の顔が図々しくも清々しい、なんとも綺麗な語り切って一人で満足している顔が、なぜか響いた。そして、理由も分かった。きっと、彼の表情が先達の―自分たちに役目を引き継いで死んでいった彼ら―決意と意志を宿した顔によく似ていた。
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