Ep.10 本性
俺は今なお燃える怒りが行動を肯定するものではないと知りながら、止まれない。行動したとしても何かが変わるわけでもないと知りながらも、止まるわけにはいかない。たとえ母がそれを望まぬとしても。
医務局の局長室に手紙を投げ入れておく。宛先も内容も言うまでもない。
「それくらいはしろよ。そうでなければお前を殺すために舞い戻ってくることになる」
俺はノルト中佐の家に行く。きっと今頃自室で震えていることだろう。参謀本部に逃げ込んでいると思ったが、居なかった。なら自宅だろう。そうでなくとも出立までには殺す。同じ屈辱を味わわせてから、一番むごい殺し方で。
夜で人通りも少ない街を歩くのも久しぶりだ。この時間はいつも寝ていた。母の最期は決して憧れた彼らに引けを取らなかった。誇り高く、他者のために命を賭けることのできる綺麗な人間であった。だから心の底から、レイナードの息子でよかったと思う。
「ここが両親の家か」
俺は少佐だ。職権を乱用して、中佐の両親を連れ出す事なんて造作もない。帝国はもともと軍事国家で、軍人の命令には従わねばならない。
「軍務局管制官ファイド少佐です。ノルト中佐のご両親ですね?ノルト中佐にサプライズが企画されているのですが、ご協力願えませんか?」
軍の階級を示すバッジと、軍服を見て中佐の両親は一切の疑いを持たずに快諾した。夜の街を今度は三人で少し歩き、中佐の持ち家に到着した。見るからに豪勢で品の無い新居。
「開けてもらえますね?」
俺は朗らかに笑いかけて、扉の鍵を開けてもらった。
「お二人が来たと、声を張っていただけますか?私のことは内密に」
「はい。結婚のお祝いですからね、お任せください。―ノルト!ノルト!いないのか?」
中佐が出てくる前に、俺は扉の鍵を閉めた。
ノルトが、毛布にくるまれた状態で、妻をそばに置きながら二回から降りてきた。電気が普及していないので蝋燭による明かりしかない。故に俺が居ることにあれは気が付かない。
「なんだよおやじ、驚かせないでくれよ」
「驚く?なんだ知っていたのか?」
「知って・・・何のことだよ?それにこんな時間になんの・・・よう」
ノルトが俺の影を見て後ろに倒れて体を震わせた。まるで死神でも見たかのように、全身をただ俺を見つめながらぶるぶると。
俺はノルトの父の腕を切り飛ばし、ノルトの横に蹴飛ばした。彼の母を人質に取り、ノルトに語り掛ける。
「あなた!」「おやじ!」
「なんだ、他人の家族は笑って殺せるのに、肉親はそうもいかないか?つってもまあ、俺だって殺しが初めてなわけではないし。運と浅はかな自分が悪かったと納得して死んでくれ」
俺はノルトの母親を少しずつ斬る。頸動脈を断ち、骨に至ると死んでしまった。想定していた死に方ではなかったが結果はそう変わらない。首が自重で落ちてしまい思っていたよりも上等のカーペットを汚してしまった。
「おお俺が悪かった!金なら払うしこの案件からも手を引く!だから許してくれ!!」
「同じ境遇に立たないと差別は消えない。つまりは、俺と同じ境遇に立たないとお前は俺の痛みが分からない。身に染みて分かったよ。いま一層にね」
両腕を失いもがき苦しむ父が見てられなくなったため、止めを刺してやる。よく考えれば父親には罪はない、嫌、ノルトという男を育てた異常一定の責任はあるかもしれない。もう、ノルトと俺の距離は数メートルもない。
「こんなに近づいて敵も討とうとしないのか?ナイフを持っていながら振り方も知らないのだろ」
挑発されてやっと、ナイフを振りかぶったノルトを避けて、奥で震える妻を殺す。穢れた方法で稼いだ金で生活するこいつら全員が同罪だ、とそう思うことにして。命の上に立って生きていくということの重罪をしるべきなのだ。俺と同じように。
「もう何も残っていないな、残念なことだ。何年かかった?ここまで来るのに」
「―――」
「それどころじゃないのか、生きる目的も失ったのか。―やっぱり俺は彼らのようにはなれなかったな。自己満足ももう終わりだ」
終わり、という意味をノルトは正しく理解した。また醜く後ずさりして逃げようとするノルトの腹を裂いた。内臓が零れ、血が流れ続ける体。もはや一時間も余命がない彼を放置し、そのままの足で俺は封鎖されて久しい帝都の石門に向かった。馬鹿な帝国民は彼を救えるだけの医学を発達させてこなかったから、死は確実だろう。
ノルト中佐の家は炎で包まれた。同日、ファイド少佐一家の行方が不明となり准将、大佐が職権乱用で逮捕され解雇されることとなった。上級職に対する制裁が速いのも、立場に固執する帝国民らしい。そして、二日ほど遅れて医務局局長の身柄も拘束された。ライラックの自白による汚職事件の全貌が赤裸々に語られたが、ファイド一家については秘匿されている。そして、秘密裏に参列者0の葬儀が行われ父の眠る墓へと埋葬された。それをファイドと妹二人は知らないまま旅に出た。
葬儀同刻、馬車の中から花束と中に入れられた熱を持った木、直ぐにでも炭に変わるそれを三人で投げ捨てながら前線へと向かう。砂利道に三つの黒い影を残して。
絶望を禁じ得ない戦場に居ながら特段日常と変わらぬ生活を送れるライオスですら辟易とする。自身が得意とする策敵魔法が、それを裏付けてしまうから。
「あと数時間で来るよ。少佐が」
言葉の前後に盛大な舌打ちを交えながら報告はする。それを苦笑して受け入れるのはレイズだ。少し前まではハンスの役回りだったが、彼はもういない。
「にしても減ったよな、俺たち」
「そうね。戦場全体で考えても、今月でだいぶ減ってる。きっとあの新兵器のせいなんでしょうね」
「まあそれもだが、ここも、な。60人が5人だぜ?」
「ねぇ、いいの?そんなこと言って、これから白蛇が来るんだよ?」
ライオスは、白蛇が嫌いで仕方ない。それは、彼が白蛇と同じ場所に生きていた期間があり、それが理由で収容区で冷遇されたもてなしを受けたことに起因する。幼い記憶で不明瞭な部分が多い中でも白蛇の醜さだけは鮮明だった。アウトキャストも善人ばかりではないということだ。
「お前もいい機会だろ?言いたいことはすべて言ってやりゃあいい。きっと全て聞いたうえで応えてくれるだろうぜ?鼻につく言い方で」
「僕たちを使いつぶしている奴が、自分の目的のために必要な戦力をこれ以上失えないからって理由で、戦場のただなかを補給も本当に0の状況下で、進めっていうんだよ?そりゃぁ、壁の中で平和に生きている白蛇は、僕たちが命を何とも思っていなくて仲間の命ですら価値を見出せないゴミみたいに思えるんだろうけどさ」
「だから、使わせろ、と言っているのよライオス。それに、モンドが言ったようにそれをぶつけたらいいんだよ。納得させられるわけないのだから」
「そうはいっても、ライオスの言うことも十分に分かるよ。私だって、正直話したいとは思わない」
シルもまた壮絶な過去を強制させられた。白蛇を許せる瞬間なんてあるはずがない。レイズが受け入れたから、その場にはいてやるつもりであるが、それ以上のもてなしは命令されてもやりたくはない。
「ただいま。・・・お前ら、顔色悪くない?」
「「「「ケルト!」」」」
全員の声がそろった。斥候隊の隊長で、数字持ちの魔法師でありアウトキャストであり、最前線の仲間だ。最後の任務から1カ月、連絡は途絶え引き連れていた4名の隊員も連れ添っていないところを見れば、彼も絶死の戦場を生還したのだろう。
「生きてたのか!?」
「ああ。それなりにキツかったが、ここほどではなさそうだな。苦労話で労わってもらおうと思ってたのに」
柄にもなく冗談を言うのは、間違いなくこの場を和やかにしようとしているのだろう。だが、あまりに下手であった。でも、それだからこそ皆落ち着くし、安心する。
「うん。間違いなくケルトだね。おかえり」
「・・・癪ではあるね」
自分の灰色の髪を掻きながら、モンドの隣に腰を掛けた。ブランと似た色であるから、混血であるからという理由でアウトキャストの中でも迫害された髪も、ここでは普通。だから、ここを守るために斥候となり脅威を報せてきた彼が、結局は守るべき場所を守れなかったことへ、罪悪感から顔が暗くなっている。
「貴方が生きていてくれて嬉しいよ。ありがとう」
レイズはそういったことを絶対に見逃さない。だから頼られるし、中隊長になれるのだ。形ばかりの大尉の地位も伊達ではない。
「心配しなくていい。俺だってお前たちが生きていてくれたのは嬉しい」
皮肉なことに、彼ら5人はこの戦地に入れ替わり追加される補給兵を何度も見てきた。つまりは、ここの常駐と言って差し支えはない。それだけ生き残ってきた実力が突出したメンバーだった。
「それで、顔が暗いのはそれだけが理由か?」
「それが―――」
モンドが代わりに委細を詳しく説明した。結局、ケルトも同じ顔色になってしまったが。彼は白蛇に会ったことは極めて少ない。収容区で生まれ、戦場で育った。あと少しで成人となる。
「レイズが納得したのなら従う。ライオスとシルは大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないからこの顔色なの」「右に同じく、ね」
「だよね」
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