Ep. 3.5 最高の戦場
人のいない戦場で少年たちは笑う。
面白いことなんて数えるほどもない。普通はそういう場所が戦場だ。年齢層が低いから、そんな理由で死を間近にする場所で笑みを浮かべられるものか。
彼女らは明確に一つ持っているものがある。恵まれた環境でぬくぬくと育った人間様では人生に一つでも獲得できるかわからないそれ。家族も人生も人権も尊厳も奪われた彼らに、皮肉にも与えられた選択権はいかに死ぬかのみ。それが、彼らにとって誇りに転じてしまった。マブロと同じような死にざまになってたまるか。
「傾聴!これより昼飯の用意を始める。野郎ども、食材は確保しているか!」
「は!我らと同種を確保しております!」
「おいおいガニス、趣味の悪い冗談はやめろよな?」
「笑うところでしょ?」
「凍えるところだよ」
豚とさげすまれた彼らの、その行く末を表しているようで不吉極まりないジョークだ。だが、ガニスも悪意を持って発言したわけではないし、いまさらその程度の発言に食って掛かることもしない。それに、仲間の発言ならなんだって受け止められた。
「ハンス餓鬼どもを冗長させるのもほどほどにしとけよ?」
「冗長なんかさせてないだろ?モンドはちゃんとした大人だからいけねぇな。それより掃除当番はいいのか?」
「終わってるよ。というか終わってないのはお前ら食事班だけだ」
「マジか、わりぃ」
ハンスは悪びれる様子は醸し出すが、その実別に何とも思っていない。最前線の防衛拠点であるこの場所は、最も自然と近い場所であるため野生動物は多くいる。だが、それも戦争の騒音から逃げてしまい元来の生息数とは天地の差があるが数十人程度なら食っていけた。それに、先人が残してくれた畑や鶏がいたから食事面では存外配慮しなくてよかった。
ハンスはもともと内地の教会で食事を作っていた。迫害からかくまってくれたシスターに恩返しがしたくて始めたことだが、それももう数年前の話だ。どんなに些細な暴言すら烈火のごとく怒ってくれたシスターが最後、馬車に詰められたハンス達の背後で泣き叫びながらマブロの兵士に向けて「犬に食われ死ね」と言い放ったことを覚えている。だから、彼はマブロだからと忌み嫌いはしない。だが、ただそれだけのことで迫害してきたマブロとそれを享受している無垢な市民たちを守りたいだなんて少しも思えない。ここには生まれた時から戦地の収監施設で育ってきた奴らもいる。それを考慮しなければならない、なぜならハンスは大人なのだから。
「できたぞ?ほら、たんと喰らえ!」
不出来な机においしそうなカレーが人数分並べられた。食材が豊富といっても日に三食食べられることは少ない。当然と言えば当然だ。ここは戦場であるし、毎日戦闘は起きる。対処しているうちに時間も過ぎるし、抑々頻繁に狩りに行けるわけでもない。ほかの戦場に比べて豊富であるというだけなのだ。
「ハンスの料理は今日もおいしいねシル」
「うん。カレーは好きだよ姉さん」
「つっても補給品でやってくるのは日持ちするものばっかりですぐにできて簡単なのがカレーというだけだけどな」
ハンスがテレカクシでそういうが、実際に食料品の補給なんてものは来ない。来るのは調味料と器具の補給だけ。そんな中でまともな料理を作るにはそれなりの知識が必要である。それがあるのはまともな環境で育ってきた数少ないハンスくらいなものだ。
「それでいいじゃない。仲間と食卓を囲んで楽しく話しながら誇りを胸に戦えるのよ?内地では絶対に味わえないここでの醍醐味だと思わない?」
「レイズが言うと戦闘狂みたいに聞こえるね。でも、その通りだと思うよ私も」
シルもレイズ同様誇りを胸に戦う。ここにいる彼らはすべてそうだ。アウトキャストの彼ら彼女らは素晴らしく高尚な人間たち、というわけではなくそれしかないから、そうするしかない。
「きっとファイドとかいうハンドラーも一人でさみしく食べてるんじゃない?」
「シル、結構きついこと言うね。でも姉さんも同じ意見かな?」
シルとレイのいつも通りの他愛もない会話で全員が大きく笑った。
皆気が付いていた。今回の
「ねぇねぇいつになったら私のことも姉さんと言ってくれるの?」
「メイもレイズも姉さんとは違うよ。姉さんは一人でいいの」
シルはレイを姉さんという。シルもレイももともと奴隷商にいた。二人とも姉妹がいて、シルは姉を、レイは妹を目の前で殺された。人権のないアウトキャストにはいかなる非道も、殺しだって罪にはならない。故に、奴隷商にいても、商品としての身分ですら明日は保証されていない。
だが、二人はブラン相手に魔法であらがって見せた。奴隷商を殺して逃げだして、二人で逃げ込んだ先は結局、今も陰で潜んでいるアウトキャストの一斉処分場に過ぎなかった。その中でまだ生き残れる―病や健康状態が一定以上の―アウトキャストは戦場に送られる。二人はその中にいた。だから、本当の姉妹以上に絆が固い。なにせ、最前線に至るまですべての配属先が同じであり本当の姉妹よりも長く時間を共にしている。
「シルは可愛いね。こんなにかわいい妹を共有してたまるかって話よ」
二人の年齢は2つしか離れていないし、まだまだ子供だ。だが、中でも過酷な環境を生き抜いていた彼女らは達観してしまった。だから、周りが子供のように、年齢相応でいられるように接する。
「ねぇ、みんな。いつか、私たちと同じ戦場で、私たちを本当の意味で理解してくれるブランが一人でも現れたら、みんなは受け入れられる?」
レイズはずっと考えていた。レイズは生まれが収容区であり、親は顔を見る前に戦場で死んだ。親代わりもいない中で、戦場を渡り歩いていた。昔は、それこそ迫害が始まったときはブランの中でも前線で戦ったものもいたらしい。信じられないが、アウトキャストの身代わりで囮になった英雄願望者もいたと聞いた。もし、心底から腐ったブランが彼女らに寄り添うのならば、それは恐らく本当の英雄になれる。
「想像もできないが、もし仮にそんな奴がいるのなら顔を見てみたいね」
前線に来る度胸があるのなら―。
「そうだね。内地であまーいケーキをむさぼる蛇どもが俺たちを理解してくれたなら話くらいはしてもいいかな?でも、理解されたくないけどね」
理解できるだけの人道と、立場をわきまえられるならば―。
「そんな奴がいるなら嗤えて仕方ないよね」
解った気になって慰めてくるようならば一層に―。
声に出したのは全員ではない。だが、これは総意だ。皆一様に白蛇に対する印象は同じ。同属の経歴を知れば知るほどに悪化していく。もはやこれ以上はないと思えていたのに、ブランの醜さは底がない。直接白蛇の醜さを知っているものも少なくなってきてはいるが、現状が変わらない以上、些細な差でしかない。子供でも理解できるほど劣悪な環境であるのだから。
そんな状況を作り出した彼らが、寄り添ってくれる、なんて求めていない。救ってほしいとも、慰めてほしいとも、理解してほしいとも思わない。共に戦えなんてもっともだ。求めることなんて何もないし、それは当然だ。求めても無駄だし、一人現れたとしてもその程度でどうにかなる傷でもない。だから、彼らが求めることは「関わるな」というそれだけ。それが彼らが戦う誇りを汚さない、唯一の方法だ。それに戦い抜くことが、いずれ消えるアウトキャストのたったひと時の歴史となるのだから。
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