Ep.4 決心
アウラと二人で魔法の研究を繰り返す。アウラが魔法を使うのを見て、推測する。対応する数字、そして翻訳できない文字を見る。少し前に発見した法則に乗っ取れば、魔法は技術として再現できるはずなのだが、なかなか想定通りにはいかない。だが、対応する数字さえわかればそれを彫り込めばいい。残念なことながら、一文字でも間違えると爆発することが確認されているので出来る限り危険の無い魔法から試している。アウラたちは体の機能として魔法が備わっているので理論や理屈で扱っているものではない。故に、はっきりとは分からないかなりシビアな力であることが判明している。
「兄さんすごいです!歴史的発明ですよ!」
「そうは言うけどな、多分この国だけなんじゃないか?これだけ発展していないのは」
ほかに国があり、帝国のような政治体系を持っていないのだとすればおそらくは。
「何故ですか?」
「アウトキャストとブランが共生している国は、ブラン向けに魔法を介さない技術も高めないといけないだろ?この国は隷属しているから半ばブランが魔法を使っていると言えなくもない状況になっている。それが現状の原因の一つなのだろうな」
他の国では俺の研究成果がすでに発展を遂げている分野であると言われても納得できる。これは確信だ。なぜならば、帝国が作り出した電波受信型の機械が電波を傍受したことがあるためである。当然と言えば当然なのだが、問題なのは帝国は電波を出力する装置が結局作り出せなかったのだ。受信機が作られたのもたまたまでしかなかったが、その奇跡が帝国の遅れている現状を浮き彫りにさせた。つまりは、国家を超えるだけの電波を飛ばすことのできる国が存在するということ。俺がどれだけ頭を使おうと到達できない科学力があれば魔法を発動できる機械があっても不思議ではない。
「兄さんは異国に理想を抱きすぎだと思います」
「将来の夢みたいなものだぞ。理想を抱かずにいられるかよ」
とりあえずは補給品が前線に届くまでこちらから前線に出来ることは何もない。話しかけたり様子を見たりすることは出来るが、それもあまり意味はない。
今日は夜も更けたので、眠る。ベッドに身を投げて抱き枕をホールドする。抱き枕はストレスを発散するために力の限り抱き締める。そのため抱き枕は快適さよりも硬さが優先されている。
「おい、俺の抱き枕を返してくれ」
「私を抱いて寝ればいいじゃないですか。同じくらいの大きさですよ」
「冬ならそれでいいけど、今は夏だぞ。暑すぎるわ」
「抱き枕も暑いじゃないですか」
即答に即答で返し、またも即答で返されてはこちらも返答に困る。ただ、もう何年も抱き枕を使っている。それがなくては寝れても熟睡はできない。
「それがないと寝れないの」
「じゃあ、私を抱いて寝ればいいじゃないですか」
振出しに戻った。問答に意味はないし、眠たいので俺は大人になった。面倒くさいしアウラを抱き寄せて朝を迎える。
朝日はこの部屋に入ってこない。窓がないからね。朝になると電気が付くようにしてある。俺の家は半ば研究所のようになっているのだ。雷から電力を得る装置を屋根に取り付けている。電力供給が過多になり一部しか回収できないが、電球をつけるだけなのでそれで事足りる。蓄電もできなくはないが、放電率が高く数日で空になってしまう。これもまたこの国での現時点で限界なのだろう。また、日当たりの良い帝国の気候を利用して太陽熱発電を取り入れている。技術が足りておらず微量の発電となっているが、一室を照らす程度はできた。おそらくだが個人の家で電気が通っているのは俺の家だけだ。他は魔法で電気がともされているらしいが。
「寝れないなら離れて寝ればよかったのに」
「そういう問題じゃないんです!でも、眠た・・・い」
アウラは奴隷だから、今から寝られたら困る。母の雑用を押し付けられるのが常なのに、その時間を寝てしまっていたらどういう扱いを受けるか想像に難くない。今日は管制室からではなく、水晶デバイスから音声をのみを聞いていることにしよう。アウラもアウラで妹のような者だから守ってやるのも義務のようなものだ。
扉がノックされたので、のぞき穴からフィンを見つけた。扉を開けてフィンを中に入れる。まだ学生なので、これから学校に行かねばならないのだが行こうとしない。
「学校の準備はどうした?」
「行きたくないの」
「そっか。じゃあ、今日は休めばいい」
ムリしていかせる必要はない。妹はもう高校生だ。最も士官校は高校と同じ強要は得られないわけであるが。でも妹は軍に興味があるわけではない。だから、士官学校に行く必要もないし俺の仕事の手伝いで給料を支払っているので学を修める必要もない。
「何かあったか聞かないの?」
「士官学校はクズが多いからな。何もない方が少ないぞ」
俺は入学から卒業まで主席であったから嫉妬も妨害も幾度受けたことだろう。その妹ならばどれだけのことが待ち受けているか推測できる。
「そうなんだよ。私と兄さんを比べてけなしてくるカスが多くて嫌になっているの」
妹は口が悪いらしい。知っていたことだが。想定していた通り、前もって説明していたことだが覚悟していた以上に現実は非道であったようだ。
俺は優等生であり、最速で士官学校を卒業し少佐にまで至った。評判も良いから、比べられることは理解していた。だが、妹の望みを聞いた結果、士官学校への入学を許可した経緯もある。一度下した決心はそう簡単に変えてはならない、と俺は思う。フィンだってそんなことはしない。ただひと時の休息が必要なのだ。妹には社会というものを知ってほしいし、士官学校には通ってほしい。劣悪な環境で、この国の現状が見えてくるだろう。洗脳が溶ければ苦悩の日々が待つが、そうでなければ国外に出す意味もない。だが、それで妹が傷つくのは本意ではない。
「アウラはまたここで寝ていたのね。・・・兄さん、なんでアウラには優しくするの?」
アウラは血のつながった妹ではない。ベッドで膝を枕にしながら眠るアウラに、けげんな表情を向けたフィンは少し腹が立っているようだった。
「たまたまだよ。俺が欲しい人材がアウラだっただけだ。それに、考えたことはないか?俺たちが色付きだったらって」
「考えたことない。でも、そうだね。私もアウラと生活してきて色付きが悪い人ばかりじゃないってわかってきた。でも、魔物をこの世界に連れてきて、私たちを貶めたのは事実でしょ?」
事実、と言われてしまっては反論できない。なぜならば分からないからだ。事実かもしれないし、事実ではないかもしれない。でも魔法が使えるようになったから異界とつながったというよりも、異界とつながったから魔法が使えるようになったと言われた方が納得できる。それに、魔物を召喚しておきながら魔物と戦っているのは意味が分からない。
少し前、非現実的な小説が流行った際に世界が五分前に出来た、とする作品が一世を風靡したことがあった。五分前に今までの過去全てが創作され脳に焼き付けられた状態で、世界が始まったのだと。否定できないことは無限にあり、それら一つ一つを証明するなんてことはできない。つまり、はるか昔のことが事実かどうかなんて実際は関係ないということだ。
「500年も前だぞ?俺たちの先祖の大元は騎士だったらしいが、お前今すぐに前線で剣を振るえって言われて出来るか?」
「そんなの私に関係ない・・・そういう事が言いたいのね?」
妹は頭がいい。士官校でも優秀な成績を残しているほどに。だから話が速くて助かる。先祖が悪者だからと言って今に生きる子孫が悪者であるとは言えない、という当たり前のことが皆分かっていないのだ。
「確かに先祖の責任を取れと言われても納得できないよね。わかってきたよ、兄さんが考えていたこと」
「良かったよ。でも、人前では隠した方がいい。ただ、こういう視点でこの国を見てみればどれだけ不安定かわかるよ」
フィンは不安の色を顔に浮かべ始めた。洗脳教育から解放され始めている。自分を形成してきた17年間を否定するに等しい苦行を、俺は今フィンに強要している。非道であり、残酷でありながら国を出るには必要な過程にすぎない。
俺はフィンを無理に洗脳から解こうなどとは思わない。気付くのも気づかされるのも衝撃が大きすぎる。しかも、それを許容していた自分の醜さに絶望するだろう。だから、フィンが彼ら差別を受ける者たちへの態度を抑制していた。兄として、フィンがいつか感じるであろう罪悪感を和らげるために、あくまで知見を与えるだけにとどめる。
「兄さんはいつから、気付いていたの?」
「俺は特異なんだろうな。生まれてからずっと記憶があるんだ。そういう奴は我が強くて洗脳に掛かりずらかったりするみたいだぞ?まあ、お前がどう思おうがどれだけ悩もうが、フィンのせいではないよ。これだけは覚えておいた方がいい」
確かに俺は基本的に失われる幼児時代の記憶を保持している。だが、これが理由では恐らくないだろう。あの日見た、あれが―。
「うん。ありがとう、兄さん」
妹は素直で実直で頭が良い。そういう奴ほど洗脳に掛かりやすい。フィンは率いてくれるような人物の下で真価を発揮する。そういう友を見つけられるまで、俺がサポートしなければならない。それまでは絶対に守り抜かねばならないのだ。
耳に掛けた水晶の埋め込まれたアクセサリーが淡く光る。戦争が始まったのだ。戦況は傍受しているから分かる。だが、目で確認できないので本来目視で敵の位置を把握する管制官の仕事は果たせない。もとより、水晶よりも前線での索敵魔法の方がよほど制度が良いので、意味はないが。
「仕事はいいの?」
「アウラがここに居るからな。お前は母をどうにかできるのか?」
「難しいね。まともに話したのも数年前だし」
挨拶くらいはしているようだけど、母も列記としたブラン、ということだ。俺も長年その眼を見ていない。はるか昔に思える、慕っていた母の姿を見るだけだ。
「そういう事だよ。そもそも俺の部隊は精鋭だから、俺が口を挟まない方が力を発揮するだろうし」
戦況はいつも通り、中隊が圧勝で終わりそうだ。毎日毎日数十倍の戦力をはねのけている彼らは何故心が折れないのだろう。きっと根本的に俺たちとは違う何かがあるとしか思えない。それが俺はたまらなく羨ましい。俺には妹とアウラしかいない。
「兄さん、私ね国を出る話、賛成するよ。そのために兄さんとアウラは動いてるんでしょ?」
「ああ。俺が何としてでもお前を守るから安心してくれ」
自分に対する誓いでもあり、宣誓でもある。01中隊をこちらに取り込めることさえできれば他国までは行きつける。
「あれ?フィン様!おはようございます!」
「ふふ、これからはフィンでいいよ。おはようアウラ」
フィンの笑顔はとてもきれいだった。もう、アウラがこの家で居場所を失うことはないだろう。だから、安心して過ごすことができる。
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