Ep.5 魔統陣殺
地獄の前線に送り込まれた空箱。補給品が入っているはずのそれはいつも驚くほどに軽い。軍事物資がぎっしり入っていることが常の補給品は何と二人の男手によって運び出される。
「空箱を送ってくるくらいなら持ってこなくていいのに」
「そうもいかないんだろ?なんてったってこのトロッコを動かしているのは魔法使い様だからな」
トロッコの車輪は魔法によって動く。止めるためには魔法を使わねばならない。残念ながらトロッコはアウトキャストとその補給品の移送に使われる。よって、トロッコを止めることはできない。前線は常に人手不足である。だから、アウトキャストが一定数を割れば隣の戦地から穴埋めされる。その際もトロッコで輸送されるのだ。それに、補給品が0となれば国が亡ぶので数か月に一度は服と調理器具は送られてくる。
まとめるとトロッコを止めるには魔法が必要で、帝国内での魔法行使は厳しく制限されているため魔法行使費用が掛かる。止める方が費用対効果が低いのだ。
「空箱は空箱で使えるしいいじゃん」
「ぼろいバラックの修繕と、机代わりに使うだけだろ」
「バラックの中にきったねぇのがいっぱいあんじゃん」
バラックはもともと帝国軍のために用意されたものだ。つまりは500年前に建てられたいつ崩壊してもおかしくないそれだ。現在の前線居地はもともと一都市として名が知れたものだった。当然ながら過去の遺物であり、遺跡も生活の様子をそのままに崩壊した珍しい姿を示す。だから魔物を阻む自然の防壁となってくれている。
「汚いのは今日の掃除当番であるあなたが仕事しないからでしょ?」
「え?今日って俺だったか、悪かった」
01中隊は索敵に長けた者が少し多い。故に哨戒に時間を取られることはなく、和気あいあいと団欒の時間を設けられるのだ。現に、掃除当番でもめているのはこの中隊しかない。そもそも最前線はどうせ戦闘になるし、敵もすぐ近くにいるので攻め込まれれば自ずと気が付く。生まれながらに戦場にいる彼らならば。
「ねぇちょっと手伝ってくれない?この箱だけ重たいんだけど」
「お、今月は補給品があったか」
ライオスが最後の空箱を退かそうとしたが、ビクともしなかった。それは彼が華奢で女性のようであるからではない。実際に箱が重たいのだ。中から金属音が聞こえたため、近くにいたハンスを呼び寄せた。掃除よりも中身が補給品ならば重要事項だ。
「今回は取り合いにならなきゃいいね」
補給品は数が限られているため、全員分ないことが多い。服なんてものは年の若い者たちが取り合うことが日常だ。
「てか本当に思いな。おーいモンド来てくれ」
近くにいた成人男性を呼び寄せる。ハンスも成人だが箱を二人で持ち上げるには苦しいものがあった。
「今回は期待が持てるな」
成人している二人に対して、ライオスは子供だ。最も17歳であり青年という方が正しいが。それに体格はかなり小さい。
「おい、ちゃんと持ち上げろ」
「うるさいなぁ!二人が大きすぎるんだよ!」
「それは違うな、お前が小さすぎるんだ」
「もう持たないよ!二人で運んでいれば!?」
ライオスは前線で7年生きた猛者である。だが、この地ではまだまだ新顔だ。それでも魔法の腕は確かだし、彼も索敵に長けており視野が広い。そんな彼はここではいじられ役だ。筋力は索敵に必要ないから、と言い訳はするが其れなりに気にして日々鍛えている。
「よし、ここまででいいだろ。ここで開けて配給しよう」
「だな。任せろ」
モンドが地面に転がった石を叩きつけて金具を破壊する。雪崩れのように中から片刃の剣と菓子が零れた。
「旧式の剣か?見たことないが、綺麗なもんだな」
「重!こりゃ大人組にしか使えないぞ」
持ち上げて直ぐにモンドが驚いた。片刃で長い剣だが、これが見た目以上に重たい。頑強さと破壊力に重きを置いたのだろうと、持ち上げたら分かる。横でライオスが鞘から抜き、近くの木を切りつけてみるが、容易く切断して見せた。
「ほんとだ。でもこれすごい切れ味だよ」
「こんな変なことをするのは、アイツだろうな」
「ああ、
武器は構成員60名のうち23名にいきわたった。成人している者、そうではないが筋力の足りる者にいきわたったのだ。ライオスには扱えないようだったが。残りは保管。そして、夜は戦地から戻った03中隊の構成員も混ざり、バラックの前に広がる荒れ地に空き箱を半分にしたものを並べ、上に菓子を広げる。冷えていないが味は良い果実の飲料に揚げ芋のスナックや飴玉と言ったありふれたものだ。ありふれたものだが、残念なことに彼らの大半はそれを知らない。生まれた場所が戦地であった者が多いからだ。
「白蛇にも同情しようとするやつはいるってことか」
「お優しいことだね」
これは好意ではないだろう、と皆信じて疑わない。それだけのことをされているのだから当然だ。それ以前に、同情は彼らを労りも慰めもせずただ侮辱に値するだけ。
「同情とは違うんじゃないかな?きっと今回の指揮官はほかと何か違う、と思う」
「確かに、変な奴だよな。いつも静観しているだけで、一言も話してこない。何がしたいんだろうな」
「きっと知ろうとしているのよ。それ以外ありえないでしょ?多分水晶の向こう側でも眉一つ動かさずにただただ静観しているのでしょうね」
「今度はこっちから話しかけてみるか?」
「うーん、まあ礼の一つも言わないとこの武器は使えないよね」
レイズは少し笑いながらも少しの畏怖を奥に隠していた。モンドはそれが分かる。彼はこの中隊にレイズが配属される前からの知り合いだ。彼女が魔物に殺される直前で、救ったことが始まりであり今に至る。
何時ものように管制室に行く前に、今日はアウラを呼び寄せた。
ちょうど俺の注文した武器が届いた頃だからだ。柄に仕込んだ水晶は、俺が管制室で使っているものと同じ素材であり効果も同じ。小さいため小型カメラのような使い方しかできない。音声は聞こえるがこちらから送ることはできない一方通行のものだ。
「アウラ、見せてくれ」
「はい!えーと、みんなで片づけをしています。木箱と食べ物?お菓子を片付けているみたいです!」
「おお!俺の贈り物は皆で分けたのか、微笑ましいな!」
俺は正直にうれしくなり声が大きくなった。市場で長考した甲斐があったというものだ。60人でも数日は持つほどの量を送ったはずが、たった一晩で平らげてしまったということでとてもとても結構なことだ。
「何のためにこんなことをしたんですか?」
「名前を知るためだよ。アイツら俺が同調している時だけ番号で呼びやがるからな。番号に対応する顔を60名分把握したが名前は何もわかってないからな」
「名前ってそんなに大切なのですか?私がこの家に来た時も初めに聞いてくださいましたが」
「当たり前だろ、名は体を表す。すべてではないが、名前に人間性が引っ張られることもあるし、名前がその人を現しているとも言えなくはない。それを省いたとしても、存在証明以上の価値を持っていると、俺はそう思うよ」
アウラには難しかったらしい。だが、彼らを人間扱いしたいと言っている奴が名前も知らないなんて、お話にもならない。これが家畜であれば名前なんて持っていないと決めつけるだろう。人間相手にすることではない、というだけだ。俺が聞いたとしても、正直に答えてはくれないだろうから、こういう小細工をしたのだ。武器としての性能も保証されているので文句は言われないだろう。
「仕事に行ってくる。フィンといなさい。母には演劇のチケットを渡してある、しばらくは帰ってこないだろうさ」
「はい、そうします」
「心配いらない。フィンはいい子だ。フィンは洗脳が解けたとききっと挫折する。その時は支えてやってくれ。フィンは正しいのだと、言ってやってほしい」
アウラはまだまだ若い子供だ。俺がどれだけ、格言を残そうがきっと理解してくれるのはもっと先のことだ。それでいい。アウラは過酷な過去を持っているアウトキャストの一人で、自分ひとりが救われていることに罪悪感を持っている。外の世界と帝国と少しでも関わらなくて済むように窓も封鎖して。
最前線、シルとライオスが感じ取った敵の大進軍。すぐさまに前線へ赴き夫人を取って眼前を見上げれば見える絶望の状況。皆の水晶が淡く光り、少佐の接続が確認される。
敵の数が今までの比ではない。それに、明らかな軍略的布陣を見せ指揮官とみられる魔物の数も多い。通常60人に対し1000はいるだろう魔物が、眼前には10万以上となって待ち受けていた。
「ねぇ、これ流石にヤバい」
「分かってたことでしょ?556番の策敵でも私のでもそう報告したじゃん」
「分かっててもキツイものはキツイだろ。こんな大規模な
さしもの彼らも気後れするほどの数。地平線のかなたまで埋めてしまうほどの魔物の軍勢が、動き始めた。そして、これほど緻密な布陣ができる魔物なんてよほどの・・・。
「556と350は報告頼むよ!近くにいる人は二人を守って!残りは、ちょっとづつ引き込んで集中砲火だよ!」
レイズの指揮のもと、ヒットアンドアウェイの戦闘を繰り返し、徐々に数を減らしているが、10万から1を引いても差が分からないように、減っているとは到底思えない。
「右!守ってよ1094番!」
「次は左だよ!」
「俺だけ重労働、ってこともないか!ケルトが居てくれりゃ幾分マシなのによ!」
「帰ってこない奴に愚痴を言ってる暇があるなら剣でも振ってれば!?」
前線で戦う彼らを突破して、否、迂回して索敵役を潰しにかかる明らかに意図的な行動。指揮官の頭脳だけではここまで周到な動きはできない。つまりは、さらに頭脳が優れた何者かが現れたということだ。数に加えて新たな敵の出現、これは犠牲者が出かねない。
「そこ危ないよ!850番一旦引いて!!」
「無理だ!回り込まれている!」
「450番ここ任せるよ!今行くから持ちこたえて!」
―突如、慄然とする気配を感じ取った。声を上げる。水晶を通して前線のすべてのアウトキャストに向けて、腹の底から鼓膜が破裂するほどの大声を。
「ダメだ中隊長!戻れ!850番も逃げろ!」
巨大な火の玉が天から落ちた。
空の色が灼熱にさらされ変色する。まるで星が落ちてきたかのような衝撃波が周囲一帯を蹂躙し、瓦礫が溶け大地が抉れ、水晶がすべて弾け飛ぶ。
01中隊残り27名。02中隊残り13名。03中隊残り8名。
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