Ep.6 悪魔

 850番994番1094番226番894番992番367番578番241番56番549番、戦死。


 ファイドが指揮管制する三つの中隊すべてが壊滅。もはや中隊、初めから中隊とは呼べないが、小隊ともいえないほどに数が減っている。斥候に出すにも少ない絶望的な戦力だ。後退させるべきだが、後退させたところで意味はない。数の差が如実に出ていたのに、これが悪化した。最前線、もしかすれば人類最期の防衛戦が突破されたのだから。


 たった一撃のもとに帝国最大の戦力が失われた。


「指揮官!敵の位置を逐一報告して!350と556は03中隊の援護にまわって!」


 レイズからファイドへ担当初日以降初めて―否、彼女からの通信は正真正銘これが初めてだ。


「じゃあ、指示に従ってくれ。450番は近くにいる3名を率いて遊撃部隊として横から。14番は3名と逆側から。残りは近接戦闘ができる者を前に、他は強化に徹しろ」


 返事など聞いてもいられない。索敵担当ですら戦闘を強要させられるほどの戦力差になったのだから、仕方ない。


「魔物と斬り合えってのか?」


「バカ言うな、一方的な虐殺にしかならない。無理ならすぐに後退して魔法を使え。数を減らしたらここよりも後ろの中隊に任せる」


 数が少なくなるのだからどうせ接近戦になることは避けられない。眼前に迫る敵を相手に後方支援しかできないものを充てるなんて愚策中の愚策だから、編成はしっかりとしなければならない。


「了解」


「白蛇に指揮されるなんて屈辱だね。でもレイズが言うなら一回きりだよ」


「それで構わない」


 俺は熱心に戦場を見る。水晶が破壊されたから、個別通信と鞘に付けられた水晶から覗き見るだけで戦況を把握しなければならず、状況はかなり悪い。指揮官を討たなければならないので後方支援の魔法師の役割は狙撃だ。俺も長く管制を続けてきたのだから、指揮官の見分け位はできる。


「645,845,321番撃て!次、450番と14番は行動開始!」


 狙撃によって指揮官は撃ち抜かれた。幸運なことに指揮官に間違いはなかった。撃ち抜かれた魔物は頽れ、横腹を抉られた軍隊は混乱に呑まれる、かと思われたがそうはならない。指揮官を討ち殺せば、同士討ちに同族喰らいをするような奴らが、仲間の死にも動じずただただ進軍を止めない。


 相手は魔物で、大半が知能を持たない者たち。ならば指揮官を討ち果たし混乱させることで同士討ちを誘発する。その異変は後方に控える魔物に伝播するだろう。第一陣を討ち果たしたならば、敵は動きを変えるに違いない。それが常識だというのに、これは他に統率を摂る手段があるとしか思えない。まるで集団洗脳の軍隊だ。


「前衛、右翼から突貫。・・・次は中央、左翼もだ。支援魔法は常に絶やすな」


 軍全体に進軍による揺らぎが伝播し始めた時、横からの衝撃により軍は崩壊する。人間同士の大戦でまだ歩兵が主な戦力であった際には高等戦略として名を馳せたものだ。魔法戦闘とはいえ、魔法を使う魔物の数はそう多くない。だからこそ、歩兵に効果のある戦略でも効果はある。俺の献上した剣によって前衛は簡単につぶれた。もちろん指揮官を殺しており、指揮系統が少なからずマヒしているからこそ最大限の効果が発揮されている。


「第一陣が退却している?このまま第二陣まで」


「ダメだ全員退却!敵の指揮官は悪魔と断定。後衛魔法師は前衛が撤退するまでに集団攻撃魔法の用意をしろ」


 前衛と後衛を分けたのは後衛に大規模な魔法を使わせるためだ。相手の魔法、こちらの手勢を殺した大規模魔法は相手の術者一人によって行使されたか集団によって行使されたか。最悪は前者だが、確信していることがあった。集団洗脳下に置かれたかのような軍隊、完璧な統制ができる頭脳がある者、伝承に存在する悪魔しか該当する者はいない。この世界でも最強の種族とされる悪魔だ。こちらは人数を掛ければそれ以上のことをできる。


「集団魔法だ?この人数でそんな時間が稼げるかよ!」


 たかが数十秒だ。されど数十秒である。60人いれば余裕もあるだろうが、今はたった40人程度だ。


「できる。誰かひとりに魔力を集めて行使させろ。難しいだけでリスクはない」


「魔法も使えない癖になにを」


「俺の家にいるノワールはやって見せたぞ。とりあえずやらなきゃ死ぬだけだ。さっさと実行しろ」


 冷徹且現実的に、そうなると皆が分かっている。だからこそ、これ以上の反論はなかった。反論する時間も惜しく、それ以外に方法がないことも現状理解せざるを得ない。


 大きな魔法陣が生まれる。ここまで出来たら、もう成功も確約されているようなものだ。魔力が流れ、淡く光る。そして、巨大な炎の塊が敵勢力の第二陣を消し去った。


「できたけど、まだ本陣は残ってる。まだ気を抜かないで!」


 悪魔が現実的な軍の運用方法を守っているのならば、退いてもおかしくはない。既に自勢力の半分近くを失って得られている戦果はたったの11人。悪魔が継続的に魔法を行使しない当たり、無尽蔵に魔法を使えるわけではないのだろう。もしくは、楽しんでいるのかもしれない。伝承に伝わる悪魔がそのままの悪辣な存在ならば。


 本陣の数は目測だけでも10万はいる。そのうち指揮官は500いるかどうか、と言ったところで本命の悪魔は一体であってほしい。こちらの残り勢力は49名。悲しいことに戦力差は考えたくもない。魔法によって埋められる力の差ではないし、魔法は魔物だって使える。


「ここからはどうするんだ?指揮官様よ」


「しばらくは、様子見だ。悪魔の魔法には警戒だ」


「心配ないよ、もう退却を始めてる」


 ライオスの策敵魔法は本陣の退却を察知した。彼の発言通り、本陣はみるみるうちに見えない場所まで退却していった。


 だが引っかかる。確かに退却してもおかしくはないだろう。通常の―人間の軍隊ならば。だが相手は魔力さえあれば湯水のように湧き出る魔物だ。それに、不思議ではないが、悪魔の魔法一つで戦局を変えられるのになぜ今退却をするのか。今魔法が使えない、というよりも魔法を使う必要がないと言われた方が納得する。なら、なぜ今悪魔が大群を率いてきた。無限に近い魔物の軍勢を率いてきて、これほど簡単に引くとすれば別の目的があったということだ。


 新兵器の実験、俺ならそのために大軍を率いる。新兵器が効果を発揮せずとも攻め落とせるからだ。それに大群にあらがえるだけの戦力に対してどれほど有効なのか、それを見極めるために。


「今すぐバラックまで退却せよ。繰り返す、すべての行動を中断しバラックまで後退せよ」


「まあ、戦争は終わったからな」


「いいから魔法でも何でも使って、今すぐにそこから離れろ!早くしろ!」


 俺は多分人生で一番大きな声を出した。いやな予感がしたのだ。考えたくもない破滅が予期された。これが本当に起こらなくとも退却するだけならば問題はない。何か起こってからでは遅いのだから。それに何も起こらずとも戦力温存という点からして退却は愚策ではない。


 水晶から10を超える光の粒が見えた。夕焼けの空に綺麗な光が映ったのだ。だが、それが俺にはとても恐ろしく見えた。粒が線となり、地上へ降り注ぐ。まるで流星群かのように。


「なに?あれ」


「レイズ、指揮を執って退却を始めさせろ!今すぐに!!あれは―」


 轟音が鳴り響く。視界がほぼすべて失われた。管制室の水晶に映し出される映像は途絶えた。現地では瓦礫が高速で弾け、灼熱の熱波が身を焦がす。さらにそして、火薬による破壊力は想像を絶した。それが16発、三つの中隊に直撃した。


 机が拳によって砕ける。管制室の水晶が歪んだ机を転がり地面に落ち、割れた。俺の努力が無駄に終わってしまったこと、光明が途絶えてしまったこと、想定外に敵が強いという危機感もさることながら、本当に恐ろしい。


「クソ!クソが!」


 耳に着けた水晶からの轟音で鼓膜は破れてしまっている。激昂して冷静さを欠いている。そのせいで気付くのが遅れた。


 ―水晶が熱を持っている。


「みんな無事?」


 レイズは朦朧とした意識の中で目にした光景に絶望する。ほんの一秒に満たない、攻撃の全貌すら把握できるはずもない蹂躙の元凶。そして、眼前に転がるつい先ほどまで勝利の余韻に浸っていた仲間たちの死体。


「ガイ・・・ジル・・・レイ・・・ハンス」


 体からは人物を判別できない。溶けて爛れて消滅して、姿をとどめている死体は何一つないのに、身に着けていた武器とタグでやっと理解できる犠牲者の名前。長年苦楽を共にし、死すら共有するような存在が、つい数秒前までは目でとらえることのできたそれの成れの果て。


「うそ・・・でしょ?」


「地獄かよ、流石に信じられないな」


 全員が朦朧とした意識で、鼓膜も機能していないが感情だけは一致していた。絶望と挫折、そして恐怖。長らく死が身近な環境に居ながら犠牲者を出さなかったこの前線に、久しく忘れた明瞭に感じる死の気配に戦慄した。


 俺は気が付いた。柄に付けた水晶が俺の耳の水晶と同期していた。生存者がいる。直ぐに、慣れない水晶の操作で誰が生き残っているのか探した。


 たったの一戦で60人が4人となってしまった。


「潮時だね。戻ろうか、バラックまで」


 レイズの声は彼女自身でも明確には聞こえていない。魔法による防御で何とか命を保っただけで内臓も鼓膜もボロボロだ。歩けるのが異常なほどの重症なのだ。世界から音が無くなった生存者は無様に敗走する。鞘に埋め込んだ水晶から見届け、ただ座り心地の悪い椅子に項垂れる。


「60人分の名前を覚えるはずだったのに4人で良くなるとはな」


 これ以上は待っていても意味はない。奇跡は起こった。後はモノにするだけ。もう、こんな状況はないだろう。だから、ここで行動せねばならない。


「待っていろ、フィン、アウラ。もう行くぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る