Ep.7 言質

 俺は参謀本部を訪問した。最前線に報告義務はなくとも俺にはある。既に衰退したものだが。ここには人事も整備も軍略もトップがそろっているはずだ。全盛のころならば。


 魔物が最新型の兵器、或いは技術によって最前線を壊滅させた、という報告。そして、迅速に配属を整えて前線を組織しなおさねばならないと言う進言。新たな攻撃手段の登場によって前線が崩壊したことで、この国が亡ぶと予想される時期がはるかに前倒しになった。この国の前線がこの国で最高の戦力であるのが今まで敵の進行を妨げてきていたことの最たる理由だ。だが、それが抜かれたとなればもはや止められない。


 本土に魔物が乗り込んでくればこの国が崩れるのも時間の問題である。だが、アウトキャストと呼ばれる彼らが力を貸してくれれば第一陣くらいは退けられるだろう。でもそれはあり得ない話である。故、この国は亡ぶ。俺の見立てならあと半年もしないうちに。


「前線が崩壊?全く、無能な色付きどもめが。折角私たちが仕事を与えてやったというのに」


「そうだな。魔法が使えるというから戦争を任せてやったというのに、これだから色付きは」


「そんなことを言っている場合ではありません。総司令殿、前線が我ら帝国軍―失礼、手駒で最も力を持っていました。それをたった数発の攻撃により撃沈させる脅威に対して我らの成すすべはありません」


 俺は腹が立った。残念ながらこいつらと俺は何ら変わらないことに。国の危機であるというのに、彼らをけなす事だけは達者な上官に。それが全く持って意味がないことに真に無能な彼らは気が付いていない。


「そうだな。ではどうする?04、05も損耗率が高いそうではないか」


「ああ、何なら前線は放棄すべきかもしれんな。そうすればしばらくは持つだろ?」


「お言葉ですが、今回破られたのは凹地です。報告した通り、相手は知能が高く恐らくは築城も計画に入れていることでしょう。凹地にそれが建てられれば脅威となることは言うまでもないと考えますが」


 凹地だからこそ、バラックに三個中隊が収まっていたのだ。最高戦力をもって奪還できるように、と。山に囲まれ、相手側から侵入できる場所が一つ、退却かあるいは援軍の通り道は二つ。だから難攻不落であった土地が一つの新技術のせいで崩壊したのだ。最もここまで押し込まれればどうにもならなかったが。数で勝る魔物の軍勢が、そこに拠点を置き多方面へ攻撃を仕掛けられるようになれば食い止められる者はおらず、周囲の脅威を払っていた魔法師ももういない。つまりは前線の放棄は防衛線の放棄に近いということ。本土決戦ならば勝率は高い、なんて戯言も通用するはずもない。


「であればどうするのだ?それを含めて進言しに来たのだろう?」


「自分は参謀の人間ではありません。ですが一つだけ進言するのであれば、隣国と同盟を取り急ぎ締結すべきでしょう。もはやこの国だけではどうすることもできません」


「バカを言うな。隣国がまだ健在かどうかも分からん状態で、色付きが支配する国に頭を下げろと言うのか!?」


「ですから初めに申し上げました通り、作戦の立案実行は管轄外です。本来は私が中隊を率いて勝利をもたらすことが仕事でしょう。ただの佐官の戯言と判断していただいて構いません」


「戯言にしろ話題を選べ」


 進言はした。それに、俺が何を言ったところでこいつらにそれを理解することはできない。さらに言えば、本当に手詰まりである。拠点は奪われた。既にあるバラックをもとに築城をされれば手を出せない。かといって、攻め入ったところで悪魔の魔法一つで壊滅的被害を受ける。つまりは、悪魔一体に国が滅ぼされるという話だ。


 参謀長官ともあろうものが、そう書かれた報告書をみてそう解釈できないのがこの国の末期的症状を現している。


 俺は参謀本部を離れた。もはや何も出来ることはない。ならば、こちらの目的もまた前倒しにせねばならないということだ。道中、水晶を起動する。


「ファイドだ。今は全員に俺の声が聞こえるようにしてくれ」


 声が全員に聞こえているかどうかなんてこちらからは分からない。返答するものが居なければ聞いているかどうかすら分からない。だが、言わねばならない。


「聞こえています」


「悪いな夜更けに。今日は皆ご苦労だった」


「用件は何です?」


 冷ややかだが答えてくれたのは、恐らく俺が指揮を執り一陣を退けたことで少しは認められたのだろう。それだけであって決して、当たり前のことながら俺と話したい気分になったのではないことも知っている。


「俺と俺の家族をそこに連れていく。絶対に危害を加えないでほしい。頼む」


 水晶が割れる音が聞こえた。


 そして、何を言えばいいかわからなくなる、そんな初めての心境に至るほど凍てついていた。


「なにしに来るの?」


「ああ。俺は亡命する。だからその陸路を護衛してほしい。本当はもっと時間をかけて君たちと同じ理想を抱けるまで待つ予定だったが、都合が変わったんだ」


「同じ理想?そんな安全な場所でただただ見ているだけのお前たちが僕たちと同じ理想を抱けるって本気で思ってるの?大体お前は僕の理想を知っているっていうの?」


 きっとライオスだろう。憤怒が水晶を介しても鮮明に感じられる。思わず口を閉ざしてしまいそうになるほどに。


「知らないよ。だから言ったろ、時間が無くなったって。だから俺は俺の理想のためにお前たちを利用する。くそったれな白蛇らしく」


「それってつまり数が減って力もなくなった僕たちに絶対に死ぬ任務に行かせるってコトでしょ?なんで僕たちが前線で戦っているのかも理解していないみたいだけど、まさか僕らが必死に君たちを守ってあげてるとでも思っているの?だから護衛なんて頼めるんだろうね」


 ライオスは至って普通の声量なのに声色はとても冷たい。確かな憤怒も、それは仕方のないことだと理解している。


「お前たちが戦っている理由なんてここからわかるわけない。だが、分かることもある。お前たちはお前たちが抱く誇りのために戦っているんだろ。その誇りが何かは分からない。だが、俺の家族のために、俺の理想のために協力してほしい」


「理想のために国を裏切るような奴を俺たちが許容すると思っているのか?」


 静観していたモンドがついに口をはさむ。必然ながらそれに対する明確な回答なんてあろうはずもない。


「許してほしいのでも認めてほしいのでもない。ただ、関係性なんて白蛇とアウトキャストのそれでいい。こちらから提示できるものなんてそうないが、後生だ」


「俺たちの戦場を捨ててお前を優先できるはずがない。今まで死んでいった奴とこれから死んでいくやつにどう顔向けしたらいい?俺たちの呪いはもうどうしようもないんだよ」


「それに関してはどうしようもない。君たちがどうにか折を付けるしかない」


「論外だ」


 交渉が決裂することなんて知っていた。言われることすらわかっていても、反論できるはずもない。なにせ、白蛇とアウトキャストの関係性は数百年積み重なったものであるからだ。それに、彼らの誇りもまた積み重ねられた呪縛のようなものだ。


 今まで、彼らの世代にまで種を存続させた先達の生きざまに、これから死んでいくことが決まっている同種たちに、胸を張れるように戦って死ぬことが生き方なのだ。それを否定できない。俺たちが強要したものだから。


「みんな、私は会ってみてもいいと思う」


「レイズ、本気か?」


「本気だよ。彼は自分の罪に気が付いているし、どうにか清算しようとして考えていたからずっと見てきたんでしょ?でもどうしようもないから行き詰った。何が言いたいかって言うと、私たちに対する差別に少佐は関係ないっていう事なんだけど、どうかな」


「そんなことわかってるよ。差別に関係しているのは500年前のブランだ。でもそれを享受して居ながら罪に気が付かないブランもまた同罪じゃないの?それに、どうにかできないなら前線に来て戦って死ねばいいんじゃないの?そんな安全な場所から僕たちが死ぬところを見ているだけのお前が今更何ができるっていうんだよ!」


 レイズの言うことは正しい。俺は憧れていたんだ。初めて彼らの存在を知ったとき、そして戦う姿を見た時に感じた、人間としてあるべき輝かしい姿に、そうありたいと願ってしまった。だから、どうにか関係性を持てるように軍人を目指したところで、気が付いたのだ。どうやっても彼らと肩を並べられないということに。


「うるさいよライオス。もう教えてくれてるでしょ?これなかったのは家族が大切だったから。きっと、家族はこの腐った現状が見えていなかったんだよ。でももう後がなくなった。生き残るためだよ」


 レイズの言葉に心が打たれた。感動で身が震えるという初めての体験に少し不安を感じたが、それ以上に温かい何かに触れた。


「とりあえず、一度お見えになってください。私とて、少佐のすべてを許容することはできません。ライオスが言っていることに同意する部分が大きい。だから、話をしたい」


「感謝する。レイズ、ありがとう。君に敬意を払う」


 500年の因縁に縛られず自分の価値観に準ずる判断ができるというのは、そうあることではない。だからこそ、敬意を払うことができるのだ。心から、他人へ感謝することも、尊敬をすることも初めてであった。

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