Ep.3 可愛い妹

 自宅に帰ると、母が出迎えてくれる。


「お疲れ様。何か酷いことをされてないでしょうね?」


「心配ないよ。思ったより無害だし」


「そう、優しいのね」


 優しい、という意味が分からない。彼らと話すことが、酷いことをされることが確定しているかのように言われるのも。


「兄さんお帰り」


 玄関まで走り寄ってくれる可愛い三つ下の妹。


「ただいま。妹よ、今日も手伝ってくれるか?」


「うん!」


 俺の妹は可愛い。この国で唯一手放したくないものが彼女だ。


「フィン、頑張ってお兄ちゃんの助けになってあげてね」


 俺の家族は俺が養っている。母は不労所得で貴族のような生活ができるおかげで人間性をも失ってしまった。フィンも母を嫌っているのが分かる。昔はそうではなかったのだけど。父が借金を残した瞬間に働こうと努力してくれたようだが、現実的には実現できなかったから自信喪失中らしい。


「お前も来い」


「はい」


 アウトキャストは奴隷としても重宝される。裕福な家では一家に数人抱えられている。使いつぶして死ねば新しいものを買う。そういった使い方で。奴隷商が発展してしまったため、民意では滅びてほしいアウトキャストに子を産ませているのは皮肉なことだ。そのおかげで、前線に送り込まれるが完全に尽きることはない。年々数が減っており、深刻な危機的状況なのだが。


 自室にフィンと奴隷と俺が入り、書類の整理を始める。


「兄さん、アウラ今日も頑張ろうね」


「フィンはバインダーに挟んでいってくれ。アウラはそれを棚に片付けて行ってくれ」


「かしこまりました」


 アウラは色付きのアウトキャストだ。魔法が使える差別対象者でありながら、この家では同じように接している。名前も彼女の母がつけたもので呼んでいる。だが、これは法律違反だ。この国では奴隷に対して優遇することは違反行為となっている。同じ人間として認識できないように。だから、親の前では貶めているし、外には連れ出していない。


 フィンもまたアウラのことを差別している。フィンは洗脳が解けたわけではなく、俺が優しく接しているから優しくしているだけにすぎない。それを理解しているが、洗脳教育に反して優しくしてくれていることに素直に喜んでいるのだ。


「フィン、この国をどう思う?」


「住みやすい国なんじゃない?他の国のことは知らないけど」


 白く長い髪をいじりながら、本当に無知で推測するしかできない他国と自国を比較するという初めての行為に可愛らしい顔をしかめさせた。


「アウラはどう思う?」


「地獄です」


「つまりはそういう事だよ。俺はこの国が嫌いだ。だから軍人になったし金も貯めた。フィンはこの国を出たいと言ったらついてきてくれるか?」


「行かせないよ。外は魔物がいるじゃん。危ないよ」


 家族だから、止めてくれるのだろう。フィンもこの国では孤立してしまっている。なぜならば、士官校では入学から卒業まで永遠と主席の成績であった俺と比較され敬遠されるし、家でも孤立気味だ。だから、フィンは俺にいつでも寄り添おうとする。単純に、可愛い妹に頼られることは大変喜ばしいが、この国ではフィンは笑えないのだろう。


「変わらないよ。この国はどうせ10年と持たない。01中隊が破られればそれを止める戦力は残っていない。俺は3年以内にここを出る。心残りはお前たちだけだ」


 フィンの顔を見ることなく俺の考えをつらつらと並べる。フィンはこの国が好きではない。嫌いでもないのは他の国を知らないからだ。そして、俺もまた他の国を知らない。だが、ブランが収める国は3つしかなく、一つは帝国、一つは滅び、一つは健在のハズ。ブランの作る国は独裁国家しかなかった。だから、ブラン以外が収める国へ行き、フィンとアウラと暮らしたい。


「兄さんが行くなら、連れてってよ」


「アウラは?」


「是非お供させてください」


 俺は嬉しかった。そして、決心する。俺たちが国境を渡り他国に行くには魔物の軍勢を押しのけていかねばならない。正確な進路も不確かなまま、気ままに進むしかない。ならば、戦力は必須である。


「じゃあアウラ。此れから準備三昧だ。協力してくれるか?」


「当然です」


 アウラは褐色肌で短い黒髪の少女だ。使える魔法は多くないが、治癒と索敵、そして念話だ。どのような状況であっても重宝する有能な彼女を買ったのだから。


 今日は書類の整理だけで終わってしまった。翌日、俺は件の鍛冶屋に顔を出す。




 見たところ、加工業者である。剣も作るが、本業は時代に即してネジや工具と言ったものを作る加工屋だ。だが、家宝のように飾られた剣は見事の一言に尽きる出来栄えであった。両刃の一直線の、降り注ぐ誇りすらも切り裂くような鋭さが感じられた。


「いらっしゃい。軍人さんか、珍しい客だな」


「軍刀を61本作ってくれ。柄に小さい水晶を埋め込んでほしい。設計図は用意しているから、安くしてくれよ」


「軍刀だ?美術品としての刀剣の販売はやめている。それに高くつくぞ」


 こわもての店主が奥から出てきた。そして、睨みつけられながら威圧される。だが問題ない。


「金は気にしなくていい。それに、その武器は斬れなきゃ意味がない」


「まさか戦場で使うつもりか?色付きにくれてやる武器はない。帰んな」


 想定していた回答だが、言うまでもなく反論は用意している。


「断るね。作らないと投獄するぞ。俺は少佐だからな」


「ッチ。二週後に取りに来な」


 職権乱用かもしれないが、警察機関もまともに動いていないのだから、この程度は許される。武器は手に入ることが確定した。此れだけあればしばらく困らない。


 用は済んだので、今日もまた管制室に行く。管制を始めるなり、戦争が始まった。安定した戦闘で、完璧な配置。危なげなく指揮官を排除して回っている。通信内容も傍受しているが雰囲気もかなり良い。俺はそれが羨ましい。そして、戦闘が終わる。


 二週間で担当する三個中隊は驚くべきことに損耗率が皆無だ。素晴らしい戦果をもたらしているにもかかわらず、戦死者は本当にいない。


 俺は管制を終えると鍛冶師のもとに向かった。61本の剣を受け取りに行くためだ。巨額の金と、台車をもって帝都を歩くのは少し目立ってしまった。


「来たな兄ちゃん。出来てるぜ。代金は一本30万だ。18030万払えるんだろうな?」


「思ったより安いな。顧客名簿から俺の名前は消しておいてくれ。取引内容もな」


「分かってるよ。て、おいおいまさか一括で払うのか?」


 金の入ったケースを台に乱雑に置いて武器を台車に乗せる。上からのぬをかぶせた後で、帝国軍本部に戻る。整備局に武器を持ち込み、俺が木箱に詰める。ついでに、帝国の駄菓子も入れて。


「中身は最前線への補給品だ。中身を改める必要はない」


「ですが、決まりですので」


 仕方ないので、賄賂を握らせて黙らせた。これでこいつが中身をのぞいてしまったのならば残念だが死んでもらわねばならない。何故ならこれは軍規違反だからね。俺が処罰されてしまう。


「委細承知いたしました!ご安心ください!」


 多分大丈夫だろう。


 夕日が沈む中、トロッコは出発した。この国はトロッコが走っている。もちろん魔法で動いている。蒸気機関車の設計図はあるのに、魔法の方が安いから、という理由で採用されていないのだ。だが、蒸気機関車の方が乗れる人数は多いし、輸送できるものの重量も当然多い。費用対効果を考えない帝国らしいと言えばらしいのだが、採用しないから現地に俺の補給品が届くのはしばらく先になってしまうのだ。


「あ、いたいた!ファイド、明後日の準備は出来ているのか?」


「ライ、何のことだ?」


「そんなことだろうとおもったよ。詠歌祭には貴族も取引先も大勢出席するから君が欠席するわけにはいかないよ?」


「忘れてた。もうそんな季節か」


 詠歌祭は帝国の繁栄を願う年に一度の祭だ。この国総出で行う最も規模の大きなモノであり、貴族や大商会の代表は立食会で互いの交流を図るのが習わしだ。俺も大商会の代表となってしまったため欠席することはできない。


「お前も出席するんだろ?」


「そうなんだよ。だから今から服を買いに行かないか?」


「去年かっただろ。俺はあれで行くぞ」


「衣装は大切だよ?毎年同じ服装はどうかと思うな」


 一理あるが、そんなものに興味はない。これ以上発展すると財閥扱いになりかねないし、そうなると軍人ではいられなくなるので許容できない。


「とにかく今日は忙しいんだ」


「そうか、分かった。パーティで後悔させてやるよ」


「期待してるさ」


 どうでもいい、という言葉は出さない方がいい。立食会にも貴族とのつながりも、どうせこの国を出るのだから必要はない。




 自宅に帰った。フィンはもう寝ており、母も酒を飲んで眠っていた。アウラは俺の帰りを玄関で待っていた。


「おかえりなさいませ!」


「アウラ、ただいま。俺の部屋で待っていてくれ」


「はい!」


 俺の部屋は鍵をかけており、合鍵は存在しない。鍵は俺が管理しているため、基本的に俺が居なければ入ることはできない。壁の中に綿を詰めているので音が漏れることもなかなかない。


 アウラは俺が居なければまともな料理を食べられない。奴隷の身分であるから、必要最低限のものしか用意されないのだ。母には道具は大切に使わねばならないから十分な料理を提供しろ、と忠告したがそもそも奴隷を雇ったことに文句があるらしい。フィンは、気にかけるように言ったためたまに話し相手になっているらしいが、ほとんどはフィンの愚痴がアウラに投げられているだけだった。皮肉なことに、アウラを人間扱いするのはアウラを買った俺だけということだ。


 今日はもう遅いので焼きめしを作り自室にもっていく。水とオレンジジュースも一緒に。


「お待たせ。食べていいよ」


「ありがとうございます。いただきます!」


 アウラにはマナーを教えているので、奴隷にしては食べ方が綺麗なのだ。その成長を微笑ましく見ていると、苦しくなる。俺はアウラを救えているのだろうか。そして、彼らを救うことはできない、という事実に打ちのめされる。俺は別に聖人ではない。一般的な感性を持っているから、不快に感じるというだけだ。無理なら無理で割り切ることもできたが、結末は国の滅亡だと気づいてからそうとも行かなくなった。


「魔法、か。フィンを守るためにも魔法を習得したいが、やっぱりブランには無理みたいだな」


 アウラを買ったのは魔法を習得するためだ。ブランでは魔法は使えない、それは常識だ。だからその原因を調べようとしたが、魔法に関する書物はすべて国家機密扱いとなり簡単に閲覧できない。だから、当事者に聞いたのだが知っている訳もなかった。


 研究の末、ブランには豊富な魔力があることが確定している。だが、魔力を魔法として出力する器官が欠落しているのだ。そしてそれを肉体機能で補うことは不可能であることが分かった。だが、逆に光明も見えた。魔力に反応する鉱石を発見したのだ。


 それを使った結果、なんとか火を起こすことに成功した。そして、作り出したのが魔石だ。魔法は数式によって発動することもできるという法則を見つけたのだ。数字を彫り込んだ件鉱石を身に着け、魔力を流すと彫り込んだ魔法が発動できるようになる。


 今は魔法式を調べている最中であり、まだ火をつけられるようになったところから進展はない。

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