Ep.2 前線の楽園
前線基地01中隊用のバラックで皆が笑っていた。
「また指揮官が変わったのか?」
「魔物がそんなに醜いのかって、それでも軍人かよ」
「きっと犬より大きな動物を見たことがないのよ」
「
一つの中隊に一つのバラックが用意されているわけではない。護らなければならない配属地は違うのに、拠点が同じなので戦う際は後手に回らざるを得ない。それに魔物は指揮系統が存在し、決して楽に戦えるわけでもない。こちらの設備とは関係なく魔物は際限なく湧いてくるので、対処もできない。そんな中で彼らは笑っていた。
始めて魔物を管制室で見て、あまりに鬼気迫る映像を見ることで心が折れ退職していく管制者が滑稽で仕方ない。こちらには幼少期からこの場での戦闘を強要しているくせに。白く意地汚い蛇のような奴ら、白蛇らしい。
「白蛇も馬鹿だよね。魔法が使えないなら武器を作ればいいのに」
「だよな。この旧式ライフルも普通に効果あるし、もっと強いの作れば戦えるだろうけど」
「無理無理、犬にほえられるだけでベッドで縮こまるような白蛇に何ができるって?」
こっちには泣き寝入りできるようなベッドすらないが。
旧式ライフルと言うが、新型のライフルは開発されていない。機械を開発するよりも並みの魔法が強いからだ。ブランは魔法を完全に制御していると思い込んでいるから、そういう思考になるのだ。
その場にいた全員の水晶が反応する。
―一瞬凍り付くような空気に包まれ、数人は部屋を後にして水晶を覆い隠す。水晶は布か何かで覆い隠せば接続を切ることができる。
「―――」(前話のファイドとレイズの会話)
会話が終わり、肩が下がるレイズ。
「終わったよ。そろそろ戦う準備をしなさい。一仕事くるよ」
「はいはい中隊長様の言う通りにしますよ」
「はいは一回でいいでしょ。何ならあなたが指揮官様と話してくれてもいいんだよ?」
「勘弁してくれよ」
レイズは慕われている魔法師だ。しかも戦績が優秀であり出世した。とはいえ給金は発生しないし、命を預かるだけの責任だけがやってくる。中尉だが、少佐になったとしてもやることは変わらない。そもそも昇格できはしないが。この昇格も指揮管制者が扱いやすいように、とまだ管理されていた時の名残でしかない。今や機能しないものだ。茶々を入れるのはレイズと同等の戦績を保ち、レイズと同時配属のモンドだ。彼は成人しており、戦闘経験では群を抜いて豊富だ。
「速く準備しなよ。かなり多いよ」
「でもカモ撃ちになるんじゃない?」
「油断しすぎだって気を引き締めろ。死んでも知らねぇぞ」
レイが策敵魔法で数を把握し、シルが魔物の構成を推測する。そして、忠告するのはハンスだ。ここまではテンプレート通りであり、違ったのは司令官からの接続があったこと。
「魔物の軍勢が国境を侵犯しています。此れより掃討戦に出向きます」
「ああ。判断は01中隊長に一任する。02,03中隊は必要に応じて共闘するように」
返事をする者はいなかった。普段は司令官なんて口を開かず、しゃべったと思えば仲間の死を嗤うだけ。そんなクソどもの声を聴きたくはないのだ。
皆、ボルトアクション式のライフルか鉄剣を持つ。武器は貧相だが魔法があればそれでも戦える。魔物は生身であることが多いのだが、近接戦闘で使える爪や牙があり迂闊に接近するわけにもいかない。武器はあくまで保険であることが多いが、もちろん拡張的な使い方もできる。
「いつも通り瓦礫を利用して仕留めるよ」
「了解!350番は配置に着いたよ」
「こっち撃つなよ?14番も配置着いたぞ、他も準備は出来てるみたいだし」
「作戦開始!」
瓦礫で半ば丘のようになった場所から350番がボルトアクション式のライフルに魔法を込めて放つ弾丸は、周囲を巻き込んで爆発を起こす。魔物は戦闘を食い破られてもそのままの勢いで進み続けるが、射撃はやまない。450,789,46, 556が続いて射撃した。
「やっぱりカモ撃ちじゃん」
「油断しすぎだよ350番。まだ一割も減ってない」
「多すぎでしょ」
「うるさいよ。指揮官をたたきなさい」
「オーケー13番。みんな!指揮官はあれだよ!」
初級魔法である念話、彼女なら誰だって使えるそれは感覚の共有だってできる。シルの発見したリザードマンに焦点を当てる。リザードマンは強い種族だ。鋭い爪は鉄を裂くし独自の言語を習得しており魔物を指揮するだけの頭はある。魔法に耐性のある鱗が付いているし、装甲も硬い。
青色の髪が目にかかるのを払って、スコープを除く789番。ライフルが魔法陣を貫くように強化される。リザードマン程度の装甲は容易く破る。
「貫通術式、発動」
澄んだ青の瞳は倒れる指揮官の顔を捕える。
「次は?」
「次はあの人狼だ。頼むぜレイ」
「誰に言ってるの?」
789は続いて狙撃を続ける。統制を失った知性の無い魔物は共食いを始める。指揮官だけが意味もなく意思をもって国を攻める。戦力だけでいえば、魔法を持たない人間であれば二日と持たないだろう。
「ここからは本当にカモ撃ちだよ!さっさと終わらせて晩御飯にしよう!」
「中隊長殿は本当に士気を上げるの下手だな」
「それが私たちの部隊でしょ」
レイズの態度は今に始まったものではない。いつもモンドに茶化されてむくれ顔になるだけ。そして、戦争ではなく狩が始まった。
「今回の指揮官も口出ししないんだね。見てはいるみたいだけど」
「そりゃそうだろ。俺たち人外が怖くて話をしようなんてとてもとても」
「違いないね」
ミルが左手の水晶を眺めて、ハンスが嘲笑する。水晶は接続されている場合淡く光る。それが消えたことで、彼女らにやっと安寧がやってくる。
「白蛇も残念だろうな。俺たちに死人が出なくて面白くないんだろ」
「数字持ちしかいないこの前線で死者なんてそうそう出ないでしょ」
色の濃い頬を掻きながらハンスが笑った。白蛇が戦場を俯瞰する理由なんて娯楽以外にありはしない。報告義務もなければ観戦義務のない職務でわざわざ人が死ぬ場面を見るなんて常人の思考ではない。
シルの言う通り、この前線居地を守る彼らは数字持ちであり精鋭だ。通常の戦闘であれば一戦行った場合、損耗率は3%は覚悟すべきだ。数の差はあれど魔法師が多いこちらが、脳なしの軍勢を率いるだけの魔物に優位性があるため、そこまで損耗率は多くない。だが、流石に10戦も繰り返せば損耗率は30%を超えてくる。その戦場で5年生きた者に数字が与えられるのだ。彼らが自身で定めたゴールの一つが数字持ちであり、それを帝国軍人が利用し、数字持ちは脅威と認定することで前線に送り込むようにした。
故に、01中隊には最も数字持ちがいる。
「めったに死なないと言うが、350番以下はほぼ死んでいるだろ」
数字は1が死んでも2が1になることはない。死者が出たからと言って数字が繰り上がることはない。故に、350に至るまでに349人が数字を持っていたことになる。数字が使われ始めたのは今より300年前。現在は数字持ちが激減している。戦場で使いつぶされるから、子どもが戦場に出て数年生きられるわけもないから、と理由は多い。だが最も多いケースは、数字を帝国が管理しなくなり、思いを次ぐため受け継ぐようになったことだ。
「私の数字もハンスの数字も引き継いだものじゃん」
「ここに居る全員そうだろ?そうでもしなきゃ5桁の数字で呼び合わないといけなくなるぞ?」
「うわ、戦いながらそんなに長い数字を言われたら頭に来るね」
「そういう事。まあ、この数字を手放したくないだけだけどな」
食事の準備が進められるバラックで01中隊は今日の一戦のことを語らった。
俺は管制室でため息をこぼした。ただただ傍観していて気が付いたこともあるのだ。彼らが戦う理由はないはずなのに、この国を守ってくれるのはなぜか。守っているのではないのは確かだ。彼らが賭けているのは命だけではなく、誇りと希望だ。そうでなければ、彼らがこんなに楽しげに戦うわけがない。俺はそれを邪魔することもできないし、黙ってみているだけしかできない。今に理解したことではないが、俺には如何することもできないのだから。
管制室から出ると、ライラックが居た。
「お疲れ。お前ってまじめなのな」
「医務官だろ?医務室は大丈夫なのか?」
「酔っ払いで埋まってんだよ。アイツらに出す薬もねぇんで暇なんだ」
酔っ払いのせいでベッドに空きがなく、そのおかげで医務官を使う人がいない。つまりは仕事がないということ。暇つぶしで、俺に会いに来たのだろう。
「俺はこれから家に帰るんだよ。忙しいの」
俺は平民で金持ちではなかった。今は商売を始めて大成したので金はある。俺の父が始めた物販の会社だったが、父では大成させることができなく多額の借金を残して死んでいったわけだが。それを俺が多方面に頭を下げて営業を繰り返した結果、軌道に乗っているのだ。今や財閥に次ぐほど余裕のある生活ができている。軍人なんてする必要もないほどに。
「今戦争終わりだろ?予定埋めてたのかよ」
「あいつらほど強い奴らがこの程度の戦争で何時間もかけるとは思えなかったんだよ」
「お前のとこの化け物は評判が悪いらしいけど、大丈夫なのか?」
「伸びきった鼻をへし折られただけだろ?受け手の問題だよ」
俺は早歩きをしているのに、ライラックは走りながらついてくる。早く別れて仕事をしたいのに、面倒なことに粘着されている。家もバレているので、完全に撒ききることはできない。
「なんだよ!」
「昼飯誘おうと思ってさ」
俺はしびれを切らして問いただした。いつもより粘着されてしまったのでつい腹が立ったのだ。でも、ライラックは顔色一つ変えずに俺の手を取って歩き出した。
帝国でも有名なピザの店。そこには二人分の予約席があり、入るなりそこに案内された。
「お前無理にでも俺を連れてくるつもりだったな?」
「当たり前だろ?友人が悪魔に取りつかれてるかもしれねぇのにほっとけるわけないだろ」
彼らは悪魔ではなく人間だ、ということは俺しか知らないらしい。感情もあり人情もあり、思いやりもあるのを俺は知っている。知ったとしても、忘れられるように注力されているからこそ、帝国軍人に精神の異常をきたす者も少ない。
「これとこれを下さい。ドリンクはこれで」と適当に注文をしてから、目の前の不快な友人を見据える。
「大丈夫だ。俺は取りつかれても執着してもいないよ。管制室でも一言も発さずにコーヒーを呑んでるだけだしな」
「それはそれで怖いだろ」
そうは言われても事実は事実なのだ。薄暗い管制室の中、死にゆく魔物を見ながらコーヒーを飲むだけの仕事。それが今の軍人だ。残念なことに、俺がしっかりとした仕事をすれば、彼らの仕事に差し障るので仕方ないのだ。
「そうかよ。でもなんで、あれを気にかけてるんだ?」
「簡単なことだよ。物語として彼らは面白いからさ」
「物語?確かに波乱万丈なストーリーが見れるかもな」
「ああ。迫害された奴らが反発して月をも喰らうそういう物語が好きなんだよ」
「悪趣味だな」
ライラックの能天気さにあきれながら、注文したものを確認して店員に礼を言う。甘い飲み物を飲みながら、友人の話を聞き流す。
「そういえば剣術はやめたのか?」
「相手がいないのに高めたところで意味はないしな」
剣術によって勢力を固めた結果、出来上がったこの国であるのに、もはや剣術は国技となって久しい。武器も工芸品となり鍛冶師が消え去ったことで拍車がかかった。
「ほら、向かいの店はまだ刀鍛冶をしているみたいだぞ?変わり者の店主で有名なんだよ」
「剣か、いいかもな」
そんな他愛もない話を終え、店を後にした。自宅、自室に積み上げられた書類を見て愕然とするのはいつものことだ。
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