Ep.1 くそったれた歴史

 この世界には魔法がある。魔法が発見されたのは今より500年前のことだ。それまでは物理的な世界で原始的な発展を遂げていた。時代は電気を操ることをあきらめ魔法に頼りだすようになった。結果として世界の水準は低いままだ。機械工学の発展の方が、魔法の研究よりも生活を豊かにする。魔法とは殺しの道具でしかないのだから。


 魔法を持たないものこそ真の人類である。異能に目覚めた者はすべからく人ならざる異界の化け物だ。新帝国軍規録第一節より抜粋。


 魔法は万人に与えられたのではなかった。魔法はにしか宿らない。端的に言えば有色人種アウトキャストにしか魔法は発現しない。そして、世界には白色人種ブランの方が多かった。そして、魔法が発見された際に覇権を取っていたのもまた白色人種だった。


 たったそれだけの優位性だけで・・・。




 未だに蝋燭が切れれば明かりの消える街灯のと同じ形で、ポールの上に置かれた水晶から白い建物の壁に投影される変わり映えの無い映像。戦場に設置されたはずの水晶体から映し出される、更新されないそれは決まってこう言う。


「本日も異界から呼び出された魔物から奪われた前線拠点の奪還に成功しました!我が軍の損失は0であり物資の損耗も軽微なものです!我が国の領土全てを奪還するのも時間の問題でしょう!」


 戦死者0、死んでいるのは異界の化け物アウトキャストであるから。魔法が発展して間もなく魔物が出現するようになった。白色人種ブランは魔物が魔法師によってもたらされたものであると結論付けた。故に、アウトキャストが魔物と戦うのは至極当然のことである、と。


 ブランの作り出した帝国はレンガ細工の家が多い。魔法の研究で得られた電力を使っているから建築様式も進化しない。魔法を使わせるだけの奴隷がいるから、わざわざブランの自分たちが頭を悩ませて技術を磨くこともない。悪魔の研究は悪魔アウトキャストにさせておけばいい。


 とは言え、最低限の観測機器はある。前線の状況を見れるのもこれがあるからだ。もちろん動力源は奴隷の魔法師なわけだが。前線の状況を映す水晶も魔法によるものであり、ブランには使えない。戦況の把握だってブランだけでは全くできないのだ。


 上から総軍司令官、軍司令官、旅団長と続いていく。特に参謀本部にあるのは魔法によってもたらされた偵察機器、水晶であったり使い魔であったりだ。操縦もまたアウトキャストでしかできないので無理無体を強要されている。


 そんないつ崩壊するとも分からない政治体制を敷く国家に居て、笑って暮らせる国民の異常性に吐き気がする。驚くことにこの国でそう感じたのは俺だけだった。はるか昔から永遠と続く迫害は日常化して久しい。違和感を抱くものなど、全くいよう筈もない。


 アウトキャストたちに対する悪意を持ったプロパガンダと情報統制、洗脳教育の限りを尽くされている。そのたまものだ。かつて詠歌を極めた種族が階級を覆されて、下の立場へカーストが逆転することを防ぎたかったから、たったそれだけのことで。


「おい、いっつも暗い顔してやがるな。今日から夢の不労所得だろ?」


「お前はいっつも明るい顔をしているな。鬱陶しいくらいだよライ」


 家が近所であったから知り合った貴族出身の友人が、顔色を見て心配する。


「変なこと考えるなよ?わかってると思うがお前一人ではどうにもならないことだってある。それにお前が思い悩んだところで過去は変わらないだろ?ファイド」


 俺の名前はファイドで名字はない。平民出身だからだ。俺に話しかけてきたのは能天気な俺の友人であるライラック・グレイランドという貴族。皮肉なことに貴族階級は共通の敵であるアウトキャストの出現で崩壊した。おかげで平民であっても貴族出身のものと同じ職に就ける。給金に差があるのは名残だと納得せざるを得ないが。


「どうにかしたいなんて思ったことはないよ。だが、たまにいるだろ?ノリが悪くてなじめない奴が」


 俺はライラックのことも理解できない。こいつは優しく頼られる人間のくせにアウトキャストに対してはゴミ同然に扱う。それがこの国での常識だし、生まれてからずっとそのような環境が強いられているので無理もない。法律でわざわざ禁止されていることを破ろうと、そういう気概のあるものもいない。異常なのは俺の方なのだ。


 洗脳に掛からなかった、不運な男が俺だ。魔法を持つ人種はこの国ではかなり減っている。子供のころから前線に放り込まれ食事や衣服も最低限しか用意されない。衣料品に至っては全く用意されない。使いつぶして亡ぼすことが目的なのだ。ブランは知らないのだ。魔物の脅威と魔法の強さを。知らないものを隔離して蓋をしたために己が国を滅亡させようとしているのだから。


「確かに初めて会った時もそんな顔だったな」


「そういう事。あんまり気にしないでくれ」


「医務官に配属されたから具合が悪くなったら来てくれよ?酔っ払いの対応ばかりで暇してんだ」


 この国は戦えない。使いつぶした魔法使いが本当に0となればこの国は壊滅する。参謀本部はそのことを知っていてなお、このやり方を改めない。ブランは肉体機能が高い種族だった。それも他を圧倒するほどに。だが、魔法の出現で肉体能力の底上げが可能となりブランの勢力圏は大きく減退した。それでも数の有利により帝国は莫大な土地を手に入れた。魔法という一つの才能によって、立場が逆転することを到底許容できないのがブランである。当時の皇帝も、現在の皇帝も考えなんて変わらない。


 そして、ブランが強かった時代は500年前に終わっている。さらに、現在の軍隊は武器を手にしたことのないもので構成されているし、管制室から指示を出すだけの職務すら全うしない者たちしかいない。戦いの知識は士官校で一応習うがそれは戦うためではなく、不労所得者を量産しないための施策だ。かといって管制者が0になれば前線の状況も分からず、滅びの時すら感じられずに迎えてしまう可能性があるから、職自体はなくならない。


 昼に出勤したと思ったら、国軍本部で日の光が当たる訓練所で数人で集まり酒を飲む。そんな怠慢を続けていても給金は支払われる。管制室に入った者は死んでいくアウトキャストの断末魔をつまみに酒を飲むような異常者だったりもいる。そんなどうしようもないの業界が帝国軍である。戦いも生産も自分たちでは成さず、労働も奴隷が請け負うからだらけきった生活をしていても生きていける。だからこうなる。


 電気機器の発展を捨てた帝国は他国との連絡も取れないので、魔物の圧力に押し切られて滅んだ国もあるかもしれないし、無いかもしれない。ただ、魔物がすべての国に等しく押し掛けていることだけは分かっている。そうでなければこんな国ひとたまりもなく滅びている。500年存続できているのが奇跡だと言えるくらいに。


 そして、今日からその先細りの業界で、しかも管制室で指揮を執る仕事に配属されている。と言っても仕事は前線が押し込まれているか否かの報告だけ。


 管制室は一畳と少ししかない。中央には椅子と正面に水晶が置かれている。水晶から映写される映像は戦場を俯瞰するように置かれており、場所の移動はできないが接続する水晶を変えることで違う視点を得られる。


「今日から担当するファイド、少佐だ」


「指揮官変更の連絡は承っておりました。前線基地01中隊中隊長レイズです。他中隊長を代表してあいさつ申し上げます」


 凍り付くような声色で、少し震えているようにも感じる。俺は慎重に成らざるを得なかった。彼らは心に傷を負っている。親を遊び感覚で殺された者。兄弟を目の前で殺された者、生きたまま四肢を切り落とされた者などもいる。下手に同情しようものなら俺の居場所がなくなってしまう。この国にない俺の居場所、それを確保したいから俺は軍人になったのだ。


「担当が変わろうが大して待遇は変わらない。管制はしておくので報告は生き残った者のうち最も階級の高いものに任せる」


「了解しました。お話は以上ですか?」


「時間を取らせたな」


 言い終わる前に通信が遮断された。水晶でコンタクトをとるだけでなく、帝国軍人と前線にいる彼たちには連絡媒体が埋め込まれている。俺は耳に着けるタイプであり、小型の水晶が付けられている。彼らは左手首に埋め込まれた水晶に話しかけねばならない。


 俺は管制室で一人、溜息を吐いた。


「長期戦だな・・・」


 俺が指揮するのは大隊であり本来であれば数百人規模であるはずなのに、生き残りは60人程度。だから三つの中隊を総合的に管轄している。損耗率は極めて高い絶死の戦場なので仕方ないが、使いつぶすことが目的である参謀本部から補給はこない。今いる彼らに歩み寄れたころにはいったい何人になっているのだろうか。


「俺の妹と同じくらいの年齢だったな、しかも声も似てるし」


 会話に応じてくれたものは女の子であった。俺は20で妹は17。もし中隊長レイズが17なのであれば前線の損耗率を押して図るべきだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る