私のレプリカ
ゴオルド
夢のようなつぶやき
夢のような話ばかり書いているな?
そう私は夢のような話ばかり書いている。どうしてかというと、夢のようなことばかり考えているからで、私は自分のちっぽけな脳みそに予告もなくあらわれては消えていく夕立のような夢をそっくり書き写して眺めたいのだ。
それは私のレプリカ。
完全に私と同一の存在ではなくて、私を少し劣化させたものだけれど、その瞬間の思考がかなり正確に記録されている。
私はそれをへその緒がつながった状態で愛でることが好きで、たとえばカクヨムなんかで公開してしまった作品はもうへその緒を切断してしまっているから、私と血液を介して一体となることはない。分離されてしまった。
昔テープ起こしの原稿を納品することを「お嫁にいく」と表現する人がいたのだけれど、まさにお嫁にいってしまったのが公開済み作品で、もはや母である私の手の届かないところに旅立ってしまった。いつでも修正できるし未公開に戻すことだってできるけれど、情緒的な分離はもとには戻らない。あなたはもう私の一部ではない。産道を通り、へその緒を切られた子どもは子宮には戻れない。
私と接続された状態で存在する夢の愛おしさが未公開作品にはあって、私はそれを慈しむために書いているのではないかという気がしてきた。
それって自己愛なんでしょうか。
そのくせ公開したい気持ちもあるわけで、できることなら私のレプリカを歓迎してくれる人のところに届きますようにと祈るような気持ちで公開ボタンをえいやっと押す。祈りは届くか。
さて、さいころを振ろう。いつかいい目が出るかもしれない。
私がこんな話をしたのには訳があって、あなたには知っていてもらいたかったのだ。天を仰ぎ、手を組み合わせて祈るのは、神様のためではなかったということを。
自分がレプリカだと気づいたのは、お座敷タイプの居酒屋で、飲み放題のラストオーダーのときだった。
私は客としてその居酒屋を訪れていた。私は飲み会の幹事だったような気がする。いやわからない。その当時、仕事絡みの交流会の幹事を参加者が持ち回りでやることになっていて、その流れで行われた飲み会の一つであったことは確かだ。
同席している人々は友人でもなければ同僚でもないし、なんで一緒に飲むことになっているのかもあやふやな関係である。交流したところで特に仕事上のメリットはなく、友だちでもないから特別楽しいわけでもない。お互いの今後の関係が不明瞭であるがゆえに羽目を外すことも難しく、下ネタも言えない。最寄り駅も聞いてはいけないような空気である。
なんとなくお互いの顔色を窺いながら、雑談をかわす。合コンや異業種交流会のように、相手を見定めて自分を売り込むギラついた空気でもない。私たちは何のために集まって飲み放題に3000円払っているのだろう。目の前でべろべろに酔っている人々の目的がわからず、私自身もなんでここにいるのかわからない。漠然とした「なんか良いことあったらいいな」という下心だけがうっすらと漂うが、皆さほど期待しているふうでもなく、やる気のなさを隠そうともしないので、やっぱりよくわからない。何のための3000円なのか。多分だけれど、商工会の飲み会なんかに誘われて顔を出したときの気持ちが近いのではないかなと思う。仕事絡みでなんか良い話があったらいいけど、でも何もないんだろうなという。
「俺はキムタクは認めないが、玉木宏だけは玉木宏だと思うんだ」と、自衛隊に勤める男が言った。
「キムタクも認めてあげて」と、専業主婦が唐揚げを食べながら言う。
私は仁王立ちの店員が無表情でラストオーダーを待っているのを気にしている。
「皆さん、最後に何を飲みますか」
「最期は水がいいなあ。口をさっぱりとさせてから死ぬ」と、役場勤めの男が言った。
「はい、水」と、店員が答えた。
「違うと思います。絶対違います」と、私が訂正する。
「玉木宏だよ」と、自衛隊の男が言う。
「だって、玉木宏なんだから」
専業主婦が手を挙げて、「焼酎のお湯割り」と朗らかに宣言した。
「はい、焼酎のお湯割り。以上ですか」
「か、カルピス……」と、私が言う。
「はい、カルピス。以上ですか。もうこれで終了ですけど、本当にいいですか、オーダーしめますよ」
「焼酎のお湯割り、全員に」と専業主婦が言い直す。
店員は私たちの頭を順々に指さす。
「お客様は6人ですから、焼酎のお湯割りを6杯とカルピスですね。はい、しめた!」
「あっ、いや、焼酎のお湯割り、私はいいです……」
店員は聞こえないふりで去っていった。もうラストオーダーは終わったのだ。泣いても叫んでも、これ以上のドリンクは出てこないし、キャンセルもできない。
「焼酎のお湯割り、飲めるかな」
もうすっかり酔いの限界を超していた。
「俺無理」と、ずっと黙っていた自販機にジュースを補充する男がパセリを舐めながら言った。
「私はわかんない」と、司法書士の女が寝転がったまま叫んだ。
「だからさあ、俺は認めないの、玉木宏しか」
店員が焼酎のお湯割り6杯とカルピス6杯を持ってきた。無言で机に並べて、帰っていった。カルピスは1杯で良かったのに。しかしもうどうにもならない。飲み放題というのは、店員が持ってきたものは何であれ飲み干すしかない。
「フリーな感じに飲んじゃえ」と、司法書士が身を起こして、カルピスを飲み始めた。
「これ何?」
「か、カルピス……」
「玉木宏だよ」
「焼酎のお湯割り、余る気がする」
「俺もカルピスにしよ。ってか薄いな。ねえこれ薄くない?」
「味の濃い居酒屋料理をいっぱい食べて味覚がおかしくなってるだけ……うっすぅい」
「ポカリスウェッ、スウェッ」
「ポカリの味がするカルピスってカルピス?」
「アン……アンバサダー……炭酸抜き……」
主婦以外はみんなカルピス風のものを飲んでいる。このままだと焼酎のお湯割りを残してしまうことになる。それが私は心配でならない。幾ら飲み放題で料金は変わらないからって、焼酎のお湯割りを飲まずに残すのはいかがなものか。玉木宏のことなんか気にしている場合ではない。そう思って、気づいたのだ。玉木宏って誰だ。
「ねえ、知ってる? この近くにある中華料理屋の奥さん、すっげえ美人なの」
「近くの韓国料理屋の奥さんも美人だし、喫茶店の奥さんも美人だよ」
「ということは、みんな同じ人なんじゃない?」
「そのとおり!」
「違うって、玉木宏だけなの、俺が認める玉木宏は玉木宏しかいないの」
私は私だろうか。ふと。思考が乱れた。
髪が伸びるのが早いのは、余計なことばかり考えているせいなのかもしれない。脳みそに余分な妄想を置いておくスペースをあけるために、毛が押し出されるのだ。余分な妄想なんかさっさと毛に変換して頭皮から出してしまえと思わないでもないが、出そうと思って出せるものでもなく、したがって毛だけが出てくるのだろう。理不尽。美しい髪は習字の先生が書くお手本に似た几帳面さがある。あまりにも型にはまっており、妄想のような不確かなものが入り込む余地はない。
毛として排出できないから文字として排出された妄想もまた、レプリカである。文章の中にうじゃうじゃいて、困ったことにどれも憎めない顔をしている。
誰かが思考をコピーして作り出したレプリカを私はトレースして思考し、そこから新たなレプリカとして生み出された私は、また別の誰かの思考をトレースして次のレプリカを作り出す。オリジナルなどいない。みんなレプリカだった。ただ保存とコピーを繰り返すうち少しずつデータが変容していくから、最初のあなたと最後の私は別人といっていい。しかしつながっているのだ。へその緒は途切れることなく、人類の歴史の鎖の一つとして私も組み込まれるのだと思えば、私は自分のレプリカに固執する必要はないのかもしれなかった。ただ玉木宏だけが玉木宏として存在していた。この世界で唯一の玉木宏。
せめて、と願うのは奇跡。レプリカとして生まれてしまったからには、私の向かう先がどこであれ、あなたが待っていてくれますように。まだ会ったこともない、名前も知らないけれど、私というレプリカに「ようこそ」と言って、鎖につないでくれるあなたが。僅かにあいた鎖の輪が再びとじるとき、あなたは私になり、私はあなたになるのだ。それを願いながら、私はレプリカのへその緒を切る。
雨はふったりやんだりするでしょう。
私のレプリカ ゴオルド @hasupalen
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