第15話 空を飛ぶ船
深い森を抜けて、丘に出た。風が吹く。
ロスはそこにいた。
十年も待たせて、やっと来た。
怒りと、多少はまともな部分が彼にあったことへの安心を込めて、話しかける。
「遅い」
「・・・・・・悪かった」
私はロスの隣に腰を下ろした。
まだ影に覆われた海の上を船が走っていく。もう造船所帰ってたんだ。
するとロスが話しかけてきた。手には望遠鏡。
「・・・・・・フレア、これ、返すよ」
「あ、うん、ありがとう」
これお礼言う必要あったのか? そんな疑問を持ちながらそれを受け取る。この望遠鏡、世にも珍しい両親からの贈り物です。
おもむろに彼が立ち上がった。
「俺はもう行くよ」
「どこに」
腕を掴んで座らせなおす。観念したようにロスはしゃがみ込んだ。
「どうでもいいだろ」
「じゃあ、なんでここ来たの」
彼は口をつぐんだ。都合の悪いことがあるといつもこうだ。相変わらずクソみたいな奴である。
「十年間もなんで来なかったの」
忙しかったからとか前国王が死んだからとか理由はあるはずだが、一度でも伝えに来なかったことに腹が立つ。一年経って七歳になって城の方に暴言を吐いた私がかわいそうだ。ロスを急かす。
「とにかく言いなよ」
「・・・・・・・・・・・・誕生日おめでとう。ずっと言えなかったんだ、十年も」
声が震えている。
まさか言ってほしいことを本当に言うとは思わなかった。
「なんで来れなかったんだろうな」
「・・・・・・知らないよ」
聞きたいのも泣きたいのもこっちの方だ。
「そうだよな・・・・・・」
あまりにも素直に認めるので、調子が狂う。丘を太陽の光が照らしていった。眩しい。
「お前はどうするんだ、これから」
「わかんない・・・・・・だって何も考えてないし。私賢くないんだよ。知ってる?」
「よく知ってるよ。お前はアホだよ・・・・・・アホだよ!」
「なんで二回も言ったの!」
ロスの方を見ると、彼はケラケラ笑っていた。クソロス。
馬鹿にしたように笑って、彼はこう続けた。
「フレア、お前からも聞いてないぞ」
「何を?」
今日は何の日? とロスが聞く。
「・・・・・・言ったよ!?」
「俺に聞こえてなかったんだから聞いてない」
「言ったよ・・・・・・」
「聞いてない」
力が抜けて、丘に寝転がる。空が青い。
「・・・・・・誕生日おめでとう」
「うん。ありがと」
視界の端を鳥が飛んでいった。多分カモメだろう。
「ロス、これからどうするの?」
「逃げる。戻ったって何もないだろ。ああ、壊れた城くらいならあるな」
確かに、来た方をみても城が見えない。もう船を降ろしたのだろう。
「・・・・・・ねえロス、一緒に逃げる?」
少し間が空く。チラリと彼を見ると、笑いを堪えていた。
「お前が!?」
「笑うなよ! いいじゃん、友達・・・・・・なんだから。それくらい」
跳ね起きて抗議する。人の親切心をこんなにするから嫌われるんじゃないか。
「いいよ。お前にはお前の人生があるだろ。俺と違って友達もいるしな。俺と違って」
「・・・・・・あれ? 私は? 友達?」
そう尋ねると、ロスは目を逸らした。
「お前以外に友達がいないの! 嫌なこと言わせんな」
思わず吹き出す。彼がため息をついた。
「本当にもう行くからな」
そう言って、今度こそロスは立ち上がった。
「・・・・・・ロス! 最後もう一個お願い!」
「図々しいなお前!」
「ねえ、ここに望遠鏡あるじゃん」
ロスが押し黙る。
私は望遠鏡で海の上の船を指した。
「忘れちゃった、やり方。もう一回教えてよ」
「忘れるわけあるかよ」
「とにかく教えて!」
彼の目を見る。ロスはこれまた大きなため息をついた。
「・・・・・・補色って言って、見ていたものが網膜に焼き付く。赤い船なら、緑の船が、ぼんやり残る」
「うん」
海原に浮かぶ船が見える。視界の真ん中に赤い船を置いた。瞬きはせずに待つ。
「だが、望遠鏡は光を集めるから、太陽を見たりすると、危ない。だから、」
ロスが太陽と私の間に立った。傾いた日のおかげで影が長い。
きっともう三十秒たっただろう。
「・・・・・・うん。ありがとう」
緑色の船が、空を飛んでいる。
太陽と空を飛ぶ船 へびのなまたまご @Hebi_Nama
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