第13話 蒔いた種

「空気甘ー!」

「海上がって最初がそれか!?」

 大きな緑の船と、小さな船が数隻。

 差し伸べられたリーベさんの手を掴んで、小船に上がる。

「所長には怒られた?」

「めっちゃ怒られたよ・・・・・・」

「聞こえてるぞ」

 彼女は肩をすくめた。

 所長がゴーグルを投げ渡す。このメンツだと実家よりも安心感がすごい。

「ところで、なんでここが分かったんです? というか、私以外が太陽光で船動かしちゃいけないんじゃないの?」

「そりゃあ、毎日のように山通いしてたら誰だって気づく」

「ああ・・・・・・」

 秘密にしてたはずなのに。海水でびたびたに濡れた服を絞る。

「船はロープつけて皆で引っ張ってきた。太陽は使ってない」

「脳筋!」

「ちなみにリーベちゃんの発案な」

「天才じゃん!」

「へへへ」

 全員から、手のひらを返すなとヤジが飛ぶ。知るか。信用度の差だよ。

 カバンだけ預けて、緑の船に飛び乗った。

 皆を振り返って言う。

「あ、さっき思ったことなんだけどさ、」

「そんな前置きしなくてもいいよ」

「俺らの仲だろー」

「頑張れよーっ!」

「いや、本当に大したことじゃないんだけどさ・・・・・・」

 小船に繋がったロープが切られていく。

「・・・・・・あの、この服、借りてるんですよ」

「はよ飛べ!!!」

 ごめんなさーい、と叫んで、船を動かし始める。

 絶対に、小っ恥ずかしいセリフなんて私たちには似合わないだろう。締まらないくらいがちょうどいい。

「行ってきまーす!」

 片手でゴーグルをつける。

 風にも煽られ、船の速度が上がる。

 前が持ち上がった感じがして、重力がかかった。

 誰かが拍手したような気がした。

「これ飛んでる!?」

 何か叫んでいるのは聞こえるが、内容は全く分からない。

 遠いから、という理由ではなく、ただ単純に興奮して意味の分からない事を言っているだけだろう。

 だんだん水面からの距離が離れていく。

 船先が水をかき分ける音も聞こえない。

 風が気持ちいい。

 空が近い。

「飛んでる!」

 きっと、私は人生で一番の笑顔になっているに違いない。

 横を見れば、影に覆われた国を一望できた。隣国の端っこも見えているかもしれない。遠くの建物なんて、砂粒より小さい。

 崖の真下では、数人がタオルを振り回していた。動物かな。

 楽しくなって騒いでいるが、今度こそ遠くて聞こえない。

 街では、なけなしの武器を持った人々がこちらを見ていた。立ち上がって、少しずつ城のほうへ進んでいく。

 城の前の道を、兵士たちが塞いでいる。彼らは服装が揃っているので、一瞬何の塊かと思ってしまった。

 そして城の天辺、三階の窓に人影が見える。

 やっと、『誰にもできない贈り物』ができた。宣言通り、十年もかかってしまった。思い返せば馬鹿みたいな話でもある。私は舵を強く握りなおした。

 こんな事態が起こったのも、船飛ばすのが個人的な趣味だって言わなかったのが悪い。蒔いた種は、自分で責任を取らないと。

 船に私が乗り込んだのは、変な方向へ動かさないため。

 城の方へ舵を切る。

 少し進んだところで、船が影に入ったのか、急に高度が落ちた。

 地面が近づいて、人の様子がよく見える。

 見上げたままの人、逃げる人、誰かを助けにいく人、なんか暴食してる人いる・・・・・・? まあとにかく、そんな人たちの話す声も、風にかき消されて聞こえない。

 着地目標は城の二階、太陽の丸い像のど真ん中。

「ロス! 誕生日おめでとう!」

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