第12話 海へ空へ

 空を見上げると、太陽が半月みたいに欠けていた。

 街に落ちた影は、ゆっくりと家を飲み込んでいく。人々が慌てたように忙しく動いている。

 街が騒がしい。ガス灯は消されているし、電気もつかないので、いつもは明るい商店街も本当に真っ暗だ。

「何これ!?」

 兵舎の方には、武器を持った兵士が数え切れないほどいた。街の人たちとは違って変に落ち着いている。全部ロスが企んだことなんだろうか。

 街と城を繋ぐ道が塞がれてしまったので、このまま造船所へ行くのは時間的にも物理的にも難しい。

 足元にまで影が来ていて、思わず飛びのいてしまった。

 とりあえず、失明の丘を通って行こう。それが造船所まで最短のはずだ。影に追いつかれるかは怪しいけれど、このまま城の前に突っ立っていたら何かしら巻き込まれるかもしれない。

「そうだ、丘へはここからも行けるじゃん!」

 ロスは十年前、あの丘へ毎日のように来ていた。城の人に見つからない、窓のない場所があったはず。

 そう思い、城の裏手に回る。

 人は追い詰められると天才になる。それは私も同じだ。

 あの書庫の前の廊下には、窓がなかった。

 向かった先ですぐに、お目当ての場所を見つけ、思わず口角が上がる。

 城を囲っている城壁、茂みに隠れてはいるが、十分な大きさの穴があった。

 穴を覆っているツタをカーテンみたいに払って、どうにか潜り抜ける。狭い。

 城壁の外、森は全くと言っていいほど整備されていなかった。木も幹も枝も葉も草も我先にと伸び散らかし、行手をしっかり阻んでいる。かろうじて、獣道──使ってたのは人だけど──が見えるくらいだ。

 カバンを肩から下ろし、枝を除けていく。枝の折れる軽快な音にさえ腹が立った。

「ああ、まどろっこしい!」

 意を決して、勢いよく森へ突っ込んでいく。

 もちろん、怪我なんてしたくないので、カバンは顔の前に構えて・・・・・・あ、普通に手も足も痛い!

 イライラとムカムカと全力を込めて、薙ぎ倒した木も踏みつつ走る。

 さっきからずっと走りっぱなしで、うっかり心臓が脇から飛び出すんじゃないかと思うほどだ。足が痛い。

 結局ロスは大嘘つきだった。

 十年前から。

 私の六歳の誕生日、あの日から。

 そう、あの日は、確か造船所近くの森まで一緒に歩いていた。

「・・・・・・なあ、目、痛くないか」

「いや、さっきよりは全然・・・・・・ここからは自分で行けるよ! さすがにバレたら怖いじゃん」

 ロスはああ、とかうん、とか言っていた気がする。

 それで、私が言ったんだ。

「また明日!」

「・・・・・・またな」

「来なかったじゃないかクソロス!」

 道を塞ぐ木を蹴り飛ばす。大きな音を立てて朽木は倒れ、チラリと丘が見えた。

 背の高い草をかき分けて、森から出る。

 忙しかったから、ここへ来るのは数週間ぶりだ。

 そして、明らかに崖の下から所長たちの声が聞こえる。声でかい。

「フレアー!」

「早く来い! 追いつかれるぞー」

 丘の端まで走り、下を覗き込むと、緑色の船と、数隻の小さめな船が海に浮かんでいた。海の匂いがする。

 昔は高い崖だと思っていたけれど、今見てみるとほんの数メートルだ。

「今から行くって!」

 数歩下がって、助走を付けてから海へ。

 体が宙に浮いた瞬間、服は借り物だったと気づいた。

「まずい! 服屋さん怒ると怖いっ」

「今言うのそれか!?」

 馬鹿みたいな叫びをあげて、そのまま海へ飛び込んだ。

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