第11話 蝕

「ふざけんなクソボケロス! 開けろ!」

 そう言って、一応ノブを回してみる。ドアはガチャガチャと音をたてるのみだ。

 押してダメなら引いてみろ精神でやってみたが、すごく丈夫なドアだということがわかっただけだった。

「本当に、来てくれてよかった。これで一安心できる」

 腹が立つ。腹が立って仕方がない。絶対に一発、いや二発は殴ってやる。やっぱり三発殴る。

「ロス! 出してくれないなら、この辺の本全部ちぎっては投げちぎっては投げするぞ!」

「必要な本は全部応接間だ。残念だったな」

「そういやそうじゃん」

 あの本の山はそれだったのか。人質(本だけど)が役立たないなら、他に何ができるだろう。

 周りを見渡してみるが、暗すぎてよくわからない。まずは何があるか確認しないと。

「この部屋って何があるの?」

 ドア越しでも呆れた感じが伝わってくる。大きなため息。

「なんで聞くんだよ・・・・・・本とか、本とか?」

「いやいや、窓とかさ。私でも通れるくらいの窓とかだよ」

 ロスには見えないというのに、身振り手振りをしてしまった。足元を探りつつ歩いてみる。

「ここ地下室だぞ」

「じゃあ隠し通路とか・・・・・・あれ、あるじゃん!」

 ちゃんと彼にも聞こえるように言って、ドアの死角に隠れる。

 こんな子供騙しの演技で騙せるとは思わないが、目が慣れるまで待てたらそれでいい。

 息を殺しながら部屋を見回す。

 前にも見たように、縄だとか丸太だとかあと本とか本とか変なものしか見当たらない。確かに隠し通路も、もちろん窓も無さそうだ。

「・・・・・・そろそろ目も慣れてきただろうし、逃げる道はないってわかっただろ」

「・・・・・・うわぁ」

 こういう見透かされてる感が嫌だ。絶対笑われてるんだろうな。ああやだやだ、とぼやく。

 カバンの中身も望遠鏡とかタバコの箱(空)とかしかない。

「そういえば、気になってたんだけど・・・・・・王族に味方したって何? そもそも太陽ってそういう物じゃないの?」

「いや、太陽は自然現象だ」

「それ私が聞いていいやつ?」

 エクリプスはそういう系厳しいんじゃなかった? 私死なない?

 困惑する私をよそに、ロスが説明を始めた。

「ええと、まず前提として太陽と月があるだろ」

「私舐められてる?」

 さっき城に来る時に・・・・・・いや、新月の夜だったから見えていない。

「地上から見た太陽は、毎日の日周運動とは別に、黄道と呼ばれる仮想の軌道を一年で一周している。太陽は明るいので目で見たのではわからないが、星座の間でゆっくり位置を変え、約三六五.二日で元の点に戻る。すなわち一日に角度で約一度動く事になる。同じく月は、白道と呼ばれる仮想の軌道を約二十七.三日で一周」

「私がアホでした・・・・・・」

 こんな無駄話をしている暇はない。ロスはずっと話しているが、無視させてもらおう。焦りつつ時計を見る。よく見えない。

「今何時?」

「誰が言うか! それでさっきの話の続きだが、それぞれの周期で黄道や白道を回っている月と太陽が」

 ああ、ポリーテイアーの城みたいに鐘が付いてたらいいのに。造船所なら作るのなんて簡単だと思うよ。材料だって、鐘と鐘をついてた大きめの木だけだった。

「まあそんなわけで、太陽や月が自然現象とは思えないくらいに・・・・・・話聞いてるか?」

「いつの間にそんな話進んでたの?」

「やっぱり聞いてないのか」

 アホ、と彼が呟く。意外と聞こえてるからな。

「・・・・・・丸太、あるな・・・・・・」

「何? 何がどうしたって?」

「誰が言うか!!」

 思いつきを現実にするため、隅に転がっていた縄を引きずり出す。埃っぽくて、少しむせた。天井に梁があることを確認する。掛け声とともに縄を投げ、引っ掛けて結んだ。縄の反対側には、なぜあるのかわからない丸太をどうにか結びつけた。

 ドアの向こうから、呆れ声が聞こえる.。

「・・・・・・フレア、その辺漁るのは構わないが、ワザと物を壊したら怒るぞ」

「ならごめん、今からやるよ」

「それは宣戦布告か?」

 ドアに狙いをつけながら、ゆっくり後退する。リーベさんに教えてもらったブランコみたいだな、と思った。

「いいか? 歴史のある物を壊すってのは結構重罪で」

「おりゃーっ!」

 全体重と丸太の重さで、ドアは勢いよく飛んでいった。

 ドアの原型を留めていない、すでにドア枠だけになってしまったところから廊下に出る。

「よし、上手くいった! ・・・・・・死んでないよね?」

 ロスの方に目を向けた瞬間、腕をガッと掴まれた。彼はもう、酒を勝手に飲まれた所長より怖かった。

「逃げるな! 護衛へ・・・・・・はいないんだった、とにかく止まれ!」

「嫌だ! 絶対船飛ばす!」

 空いている右手で、カバンから望遠鏡を出す。

「くらえ! 造船所パンチ!」

 パンチと言っても、ただ望遠鏡で殴るだけだ。狙うはその無駄に整った顔面。真正面から叩きつける。

「あだっ」

 手は離れたが、ついでにもう二発殴っておく。私怨とかじゃない。トドメとして望遠鏡を投げつけ、廊下を突っ切った。

「・・・・・・あれ?」

 城中の電気がついていない。そういえば、さっきいた廊下もそうだった。

 そんなことはどうでもいい。とにかく城を出ないと。

 両開きの扉は閉まっていた。カギがかかってるのかと一瞬怖かったが、普通にカギ穴にさしっぱなしだった。

 これまた全体重をかけて扉を開ける。

「重いんだよ扉・・・・・・・・・・・・あれ?」

 街が見えた。

 その半分が、暗い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る