第10話 革命前夜
「そうだ、時間確認したいよね? これ貸すよ」
リーベさんがポケットから懐中時計を取り出す。新月の夜でも、昨日の昼からどんちゃん騒ぎの造船所はロウソクやら周りのガス灯やらで明るく光っていた。おかげで文字盤すらよく見える。
午前四時半、日が昇る前。
城や兵宿舎の方は太陽による発電が主なので、ガス灯も何もなく、真っ暗だ。
「もしもさ、万が一ね、私が造船所に来れなかったら、船を飛ばすのは諦めてほしい。私以外が太陽光使ったりそれ以降に飛ばしちゃったりしたら、うん、まあ、最悪・・・・・・ねぇ?」
死罪、という言葉は飲み込んだ。
「彼の手紙は見てるから知ってるよ。わかってる。もう共犯者なんだからね」
「もし船ができなくても、多分あの人たちなら反乱くらいやりきるだろうし。所長たちにもいい感じで説明してほしい。絶対怖いけど」
不安げな顔をして、リーベさんが聞く。
「そんな話ばっかしないでよ。誕生日、諦めるの?」
「まさか! 私は帰ってくるよ!」
不安なんて笑い飛ばす。
そう、私は十年前から約束してるんだ。絶対に帰ってきて、緑色の船を飛ばして、全部成功させてやる。
「それじゃ、またお昼に会おう」
「ちゃんと時計返しにきてね!」
リーベさんが手を振った。私もそれに笑顔で返して、城へ向かう。
森を抜けて丘を通るのが最短ではあるけれど、丘から城への道が全くわからないし、服を汚したら色々な人から雷が落ちそうだったので、やめた。
代わりに、誰もいない裏道をコソコソ隠れながら進む。この日のために、夜は誰もいない道を探していたのだ。さすが私、と自画自賛。
ただ、舗装されていないことや、見つかったらまずい、という緊張が歩みを遅くする。城前に着いたときにはもう夜が明けかけていて、街の明かりはぼんやり光り出していた。
門の前には誰もいなかったが、兵舎には武器がこれでもかと見せびらかされている。いつ攻め込んでくるかもお見通しのようだ。王城は相変わらず大きくて、圧倒される。
見上げた一番上の出窓、ロスの部屋であろう場所が開いた。思わず声が出る。
「あ」
彼がチラリとこちらを見て、大急ぎで中へ引っ込んだ。
ドタドタと、おおよそ王族の足音に不釣り合いな走り方で、ロスはこれまた大きな両開きの扉から出てきた。
「おはよう」
「・・・・・・おはよう。ああ、あの仕掛けにアホのお前が気づいてよかったよ」
これ見よがしに彼はため息をつく。私はムッとして言った。
「お礼の一言くらいちょうだいよ。用事すら聞いてないんだから」
「ああ、そうだった」
これっぽっちも悪びれずに、ロスは城の中へ手招きをした。
「俺の部屋に本があるから、それを全部地下室に持って行きたいんだ。どっかの二の舞は踏みたくないからな。で、フレア、お前がやれ」
「自分でやれよ!」
大声が出てしまったのも無理はないと思う。だって、こいつ、労働をしたくないがためだけに!
「俺は重い物は持てない」
「堂々ということじゃないって・・・・・・ほんとに、ロス、仕事があって良かったね」
ロスは何も言わずに階段を上がった。
応接間の馬鹿みたいにでかい扉は開け放たれていた。前来たときとはうってかわって、机の上に本が積み重ねられていた。あまりの仕打ちにまた不満が出る。
「あれを全部?」
「そっちは要らない本で、運んでもらいたいのはこっちだ」
部屋の奥のドアをロスが開けた。
「そこロスの部屋じゃ・・・・・・うわ」
うわ。うわー。
心が折れそうだ。
本しかない。
「うわー・・・・・・」
「うわとか言うな」
「お付きの人とか、兵士とか、もうちょっと頼めそうな人いたってば」
「地下の書庫は基本立ち入り禁止だ。王族なら入るのはお前の頭くらい簡単だが、その他は無理だ。入出国のざっくり十倍くらい長い手続きが必要になる」
余計な一言は一旦無視してあげよう。投げ渡された手袋を着ける。
「だがまあ、お前は太陽光さえ許可してるから、書庫も良いってわけだ」
「急に雑だね」
一番近くにあった本の山を持ち上げる。それから『庶民の意識から見るポリーテイアー』『初心者のための船の構造』『重い荷物にお悩みですか?』なんてタイトルの、その辺に雪崩を起こしている本も拾い集めた。
「お悩みですか? だってさ」
「自分で運ぶことが前提だったよ」
「そりゃそうだって」
ロスは数冊の本と銀色のカギを持って、また階段へ向かった。私もその後を追う。
城の入り口、大きな扉の先にあった階段を駆け降りていく。ロスは下で待っていた。
「こっち、階段裏に廊下があるんだ」
「わ、すごい」
窓は無く、電球だけが敷かれた真っ赤な布を照らしていた。廊下の奥、ちょうど階段の下に地下室はあるようで、左側の壁に比較的こじんまりしたドアがある。
ロスは得意げな顔をしてカギを開けた。ドアを開けると、きしむ音がする。
「空いてる本棚に入れていってほしい。ほら、そこの」
覗き込んだ部屋は案外きれいだった。さっきの部屋と比べているからだろうか。
廊下から階段が何段かあって、そこに書庫はあった。
書庫という名前ではあるが、謎の丸太、なぜか小さい楽器、無地の布、壁掛け時計、おそらく太陽モチーフの像、動物の皮、何に使えるのかもわからないほど太い縄、宝石、エクリプス国旗、その他もろもろ、本以外の物もある。しかし、明かりが無い。こんな場所で本を読んだら目が悪くなりそうだ。
持ってきた本を、入り口近くの棚にしまう。
「これをあと数十回」
「やだよぉ・・・・・・」
しかし、日々の仕事やら休日の丘まで歩いたことやらは、確かに私の力になってくれたようだ。私の足腰は健康体。
それでもさすがに、何往復したかは数えるのをやめた。まさかこんなところでも仕事をしなくちゃいけないとは思ってもいなかった。
「まだまだあるからな」
「働いてから言えよ!」
全く、これじゃ船を飛ばす時間までに終わらない。地下室も暗い。
懐中時計は、なかなか差し迫った時間をさしている。
私は地下室の入り口に呼びかけた。
「ねえロス、もう行かないと」
彼は心底呆れたように息を吐く。
「お前、そこの時計も読めないほどアホだったか?」
「いや、だって、時計借りたんだけど、壁掛けのとは時間ずれてるし」
リーベさんの時計をロスに見えるようにした。
「・・・・・・ああ、どっちか壊れてるんだな」
なぜか鳥肌がたった。
彼の顔が逆光でよく見えない。
「やっぱりそろそろ行くよ。ロス、あのさ」
「フレア!」
階段に足を一歩かけて、立ち止まる。いつでも走り出せるように身構えた。
「神様って、いると思うか?」
予想外の質問に、私は拍子抜けしてしまった。
「・・・・・・いる、かもしれない」
「俺もだ」
「王族が神様否定しちゃだめでしょ」
王族にそんな質問をしたら、返ってくるのは肯定の返事だけだ。彼は一拍置いて話しだす。
「・・・・・・いいや、伝承があるから信じてるんじゃない。俺に、王家に、太陽は味方してくれたから」
「ロス、何言ってるの? 私早く行かないと」
喉の奥で彼が笑う。その姿がどこか前王に似ていた。
ああ、ロスはこういう人間だった。
「革命は始まらない。船は飛ばない。誰一人行動できない。今から起こるのはそういうことだ」
残りの階段を駆け上がり、ドアに手を伸ばす。
ガチャン、カチリ、と音がして、書庫は真っ暗になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます