第9話 感謝の筋合い

 短いロウソクに火をつけて、船の模型に急いで乗せる。小さく火の粉が舞い、船がぐんと浮いた。

「すごい、本当に浮いた!」

 リーベさんが目を輝かせる。

「そりゃあ、俺が作ったんだからな」

「設計したの私だよ」

 腕を組んで所長に張り合う。明らかに冷めた目で見られているけど、気にしないでおこう。

「あれ、船どこいった?」

 誰かがそう言ったので、私もあたりを見回してみる。

 ほぼ完成した船、船の模型の山、数週間前から置きっぱなしの荷物、いつのまにか汚くなっている床。

 ふと海の向こうを見やると、遥か彼方、何かが・・・・・・。

「あれって船じゃねえの」

 西日に模型が消えていった。

「ああ、さようなら、船・・・・・・」

「本番でコントロール失ったら怖くね?」

「まあいいだろ、在庫はまだまだあるんだ」

「ちょっと重心ずらす?」

 ああもったいない、と所長が嘆いた。

 そんな彼らを尻目に、新しく模型を手に取ってロウソクに火をつける。日で動く船と火で動く船、そんなことを考えたが、寒気がしたので言うのはやめておこう。

 リーベさんがやんわりと引き留めた。

「海に飛ばすのは勘弁してあげてね・・・・・・いろいろ哀れだし」

「了解。フレア号発進だ!」

 海に背を向けて、模型をいじくる集団へと船をぶち込んだ。

「うわうわうわ、いいの?」

「いいって、アイツらまた荷物持たせやがったんだよ」

 少し前に、太陽のあれを受け取るため城へ行っていた。しかし、あろうことかヤツらは買い食いしかしなかったのだ。きっとだいぶ太っている。絶対にやり返してやると根に持っていた、というわけだ。そう、私の恨みは意外と尾を引く。

 私は笑いを堪えながら言った。

「アイツらの慌てる顔が目に浮かぶようだよ・・・・・・」

「フレアちゃんってだいぶむごいこと言うねー・・・・・・あ」

「なにこれ、奇跡起こってる」

 所長の頭の上に、模型が乗っていた。

 リーベさんの口角が不自然に上がっている。私も、にやける口元を隠すように手で覆った。

 所長は集中していて、全く気づいていない。

「笑っちゃ・・・・・・ふふ、笑っちゃ、失礼だって、フ、フレアちゃ・・・・・・」

「そ、んなこと、ふふ、言われたって・・・・・・あ、気づいた」

 ひょいと模型を手に取り、所長がこちらを振り向いた。ほぼ全員が、俯いてプルプル震えている。笑いからか、それともこれから飛ぶ怒号の恐怖からか。

「ごめんなさい所長・・・・・・ふっ」

「お前!!!!!」

 私が吹き出してしまったのをきっかけに、作業場は大爆笑の渦となった。

 ちなみに、今から私はド叱られる。

 リーベさんまでもが床に突っ伏してヒーヒー笑っている中、私は笑いつつも目の前の恐怖に怯えていた。

「偶然、偶然乗っかっちゃただけで・・・・・・」

「知ったことか、罰として一日中これの刑だ」

 所長は模型を私の頭の上に乗せた。

 不服だ。

「落としたら一個追加だ」

「そんなー・・・・・・」

 ひどいと思わない? そんな気持ちを込めて皆の方を見たが、私を指差して笑うのみだった。

「へへ、次は二個飛ばそうぜ」

「並走するかな?」

「馬鹿言え、衝突するに決まってる」

「でかいロウソク乗っけたよ」

 模型を一直線に並べて、それぞれが思い思いの船を飛ばす。やっぱりただの遊びになってしまった。

「もっと小さくした方がいいだろ」

「飛ばす時に投げれば推進力つくよね」

 所長に全力投球する彼らに物申す。

「それはもう投げてるだけじゃん」

「知らん」

 ひたすら遊んで、私の頭の上に三、四個の船が乗ったころ、そろそろお開きの時間になった。

 所長がぼやく。

「なんで遊ぶ時だけ全員残ってるんだ」

「エクリプス人は不真面目ってことです」

「ポリーテイアーの方が幾分かマシだったよ・・・・・・」

 なんだか可哀想になってくる。所長はいつも被害者だ。

 日が暮れたのか、ロウソク以外の明かりが消えた。ゾロゾロと皆が寮へ戻っていく。

「今日楽しかったね」

「こうなったら絶対成功させようぜ」

「俺の髪焦げたけどな」

 私はため息をつきつつ彼を励ました。

「戸締まりくらいはしてあげます」

「なら模型の片付けも」

「明日アイツらにやらせましょう」

 頭に乗せっぱなしだった船を隅に置いて、表口のカギを閉める。

「フレア、私も何かしようか?」

「ありがとう! でも大丈夫だよ、先戻ってて!」

「じゃあ布団だけ敷いとくね!」

 リーベさんが手を振って作業場から出る。ああ、彼女は本当に優しい。奴らと比べるのもおこがましいくらい優しい。

 人の暖かさに感動しながら窓を閉じていく。数年前は窓にすら届かなかった手がこの位置にあることが、たまらなく嬉しい。

 戸締まりを終え、作業場を出た。

 手でカギを遊ばせながら個室へ向かうと、会議室前の廊下が淡く光っている。まだ話し合いしてたんだ。

 部屋を覗き込むと、地図が大きく描かれていた。ロウソクの光しかないから、目が悪くなりそうだ。

「この場にいない人にも、後日伝えましょう」

 城や兵舎の位置に、バツマークが大きく付けられている。いくつかの矢印が城へ向かっていた。

「ええ、決行日は二十三日。異論はないですね?」

「もちろん」

「人さえいればなんだってできる」

「やってやるさ」

 そっと足音を立てないように歩く。わかっていた。争い合うことくらいわかっていた。もう子供じゃない。

「フレアちゃんも頑張ってる。僕たちもそれに応えなきゃ」

 革命のために船飛ばすんじゃないんだけどな。

 少し早足でその場を後にした。こんなことばかり聞いていたらおかしくなりそうだ。

 裏口を静かに開けて、外へ出る。

 月がきれいな夜だ。例の日には新月になっているだろう。城は山の上にあるので、ここからでも見える。

 深呼吸だけして、寮へ入った。

 ドアを閉めてから廊下を進む。

 個室のドアを開けると、リーベさんが待っていてくれた。

「おかえり。遅かったね? やっぱり手伝った方がよかった?」

「ううん、ちょっとね」

 布団に飛び込む。着替える気力が湧かない。体力的にも。

「疲れたよー・・・・・・いや、ありがとうリーベさん、遠いとこからわざわざペンキ塗りだけのために・・・・・・」

「そんな、感謝されるべきことなんて何もないよ」

 そう言って、彼女も布団に入る。

「やりたいことばっかりさせてもらっちゃったし。むしろ私がお礼を言いたいくらい!」

 恥ずかしいやら嬉しいやらで、私は枕に顔をうずめた。

「泣いてる?」

「泣いてないよぉ」

「何でも言ってよ、遠慮しないでさ」

 実を言うとずっと迷っていた。

 船を飛ばす直前に、城に行くかどうか。

 何かしらロスが考えていることは確かだ。会いに行って帰る、程度の話じゃないだろう。船を飛ばすために頑張ってくれた彼らの期待を裏切るかもしれない。

 かと言って、彼の頼みを無視するような人にはなれない。ロスはクソ野郎だけれど、私の親友だ。

「寝ちゃった?」

「寝てない・・・・・・」

 リーベさんが困ったように笑って言った。

「何でも聞くってば」

「・・・・・・あのさ、これ聞いたらリーベさんも共犯者になるって思ってほしい」

「いいよ。友達だもん」

 私はノロノロと起き上がる。そして、机からロスの手紙を取り出した。

「二十二日に、城へ行きたい」

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