第8話 ようこそ
作業場の床がようやく見えるようになった。モップ片手に埃を端に寄せる。昼の光に照らされて、キラキラと埃が光った。
咳き込みながら所長が言う。
「もうすぐ着くはずだから、器具置き場の場所だとか寮の間取りとかの」
「ごめんくださーい! ゼダウコッフの者です!」
「はーい!」
表口に返事をして、モップを準備室に叩き込んだ。後ろからの咎める声は気にしないのが吉。
人影が十数人。その中に、大きく手を振る人がいた。
「久しぶりフレア!」
「やった! リーベさんも来てたんだ!」
知っている人がいるだけで、よっぽど安心できる。飛んだり跳ねたりしていると、造船所のほぼ全員がぞろぞろ出てきた。
「ようこそ造船所へ! ささ、案内するぜ」
「荷物持つよ!」
「忙しいのに来てくれてありがとう」
さっきやってきたばかりの十数人は、あっと言う間に造船所へ引き摺り込まれていった。私も後に続く。
「案内任されたの私だってば」
「いいじゃんいいじゃん、多けりゃ多い方がいい」
任した本人も、あそこが準備室でー、そこがいつも飯を食う場所でー、なんて言い始めている。相当彼もおしゃべり好きだ。
放っておかれて暇なので、近くにいたリーベさんに話しかけた。
「リーベさんリーベさん、寮に荷物置きに行く?」
「すごい、寮まであるんだ! いいね、一緒に行こう!」
彼女の笑顔はキラキラしている。埃とは比べ物にならないくらい。当たり前だけど。
リーベさんに先立って、ついでに廊下奥を案内する。
私は木とガラスでできたドアを指差した。
「ここの人がいっぱいいる所が会議室。普段使ってないんだけど、最近は貸し出してるよ」
リーベさんが中を覗き込む。
「わ、みんなエクリプスの地図描くの上手いね」
「自国だよ」
彼女は、確かに、と笑った。
「それから、ここからしばらくは壁に見えるけど、この向こうは個室があるんだ」
そう言って、殺風景な壁を叩いてみせる。
「分厚い壁なのに、なぜかあいつらの・・・・・・さっきの職員どもの声は夜もうるさい。安眠妨害だ」
「賑やかな人たちだったもんね」
賑やか(安眠妨害)。しばらく泊まる彼女らに迷惑がかからないか心配だ。
「・・・・・・まあそれで、こっちは裏口。さっき入ってきた表口は夜使えないんだけど、裏口は脱走しやすい」
リーベさんが真剣な顔をして言った。
「エクリプス人が真面目って嘘だったんだ・・・・・・」
「この前言ったじゃん!」
顔を見合わせて、また笑った。これから楽しくなりそうだ。
廊下の一番奥、個室のドアを開ける。
「着いたよ! ここが私の部屋で、ずっと寮住みなんだ。さっき片付けたばっかりだから、ちょっと埃っぽいかもしれない」
「フレア、荷物どこ置けばいいい?」
そこ、とベット脇を指差した。
今日はどうせ案内しかしないから、仕事も終わりだろう。天日干しした布団に飛び込む。別に仕事が嫌いなわけではないし、むしろ好きな部類だが、面倒なものは面倒だ。
リーベさんが隣に腰掛けた。
「そういえば、船を空に飛ばしたいって聞いたけど本当?」
跳ね起きて、うんうんと大きく頷く。
「だからこの前ポリーテイアーで色々買ったんだ。重くて潰れそうだったよ・・・・・・」
「わかるよ、あれ結構辛いよね」
「台車とかなんかの道具使えばよかったのに」
ベッドに座り直して、先日の恨みをぼやいた。彼女も同調する。
「そういうとこあるよね、あの人。面倒見てもらってたときから全然変わんないよ」
「昔も仕事大好き人間だった?」
「うん、仕事と結婚してるのかと思ってた」
「ちょっとわかるかもしれない」
私は立ち上がって、引き出しから裏紙を取り出した。造船所の地図を描こうと思ったからだ。所長が描いたら大惨事、誰も読み取れないだろう。
机に紙を置いて、鉛筆を探す。机の上も片付けるべきだったかもしれない。
「ところでフレア、なんで船を飛ばしたいの?」
「五歳ごろからの親友がいてさ、絶対に見せてやるって約束したんだ。最近まであんまり会えてなかったんだけど、全然変わらなかったよ」
「友情だねぇ」
リーベさんがにやけて言った。
ロスのことを思い出して、パッと口から出た。
「まともな王じゃないけどね」
「それは・・・・・・いったいどんな人なの?」
あ、まずい。
急に冷や汗が止まらない。
「いや・・・・・・言い間違い。でも、まともじゃないのは本当だよ!」
「うん、そうしておくよ・・・・・・」
手元を見て、紙をうっかり握りつぶしてしまったことに気がついた。新しい紙を取り出す。
「あいつは本当にどうかしててね、倫理観と道徳心を発揮してくれないんだよ! それに、本ばっか読んで理屈っぽいしほとんど話を振ってくれないんだ」
「フレア、よく友達になれたね」
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