第2話

 どこかへドライブへと行こう。彼女の声はそう言っていた。私も彼女も前期のテストは全てクリアし、ゼミの課題に関しても夏期休業に入ってまもなく片付けてしまっていたので、度々のつまりは暇だったのである。そのときの私はただ単にそう思っていたし、彼女にしてもそうだったと思っている。万一この日雨でも降ってくれていれば、もしかすると事態は変わっていたのかも知れない。太陽が燦々と照りつけてさえいなければ。


 彼女は運転免許を持っていなかったため、道中は全て私が運転することになった。そのことが少し億劫に感じないでもなかったのだが、せっかくの彼女の提案を断る理由は他になく、むしろ彼女とのドライブならばその程度の手間は負っても問題はないと感じ、すぐさまに自動車の鍵を取り出して、車庫に収まるレトロなビートルのエンジンを回したのであった。


 行く当てのない奔放なドライブ。彼女が行く道を示すままに車を走らせる私。始めこそどこか行きたい場所でもあるのだろうかと考え、ふと彼女に尋ねてみたが、彼女は単にそっちの道に行ってみたいからとだけ答えるにとどめていた。


 道が砂利道となっても私達はとりとめもない会話を楽しみ、ときにのどを潤すために自動販売機で購入したペットボトルに入った茶に口をつけたりしていた。流れゆく緑の光景に思わず車を止めて見入ったり、古き良き時代の姿そのままに残す、廃れていながらもどこか暖かみのある町並みをただ感嘆の心持ちで通り過ぎたりと、気づけば結構な時間が経過し、日も西へと傾き始めていた。そろそろ帰ろうか、そう私が切り出し、家路へと車を向けようとしたときだった。


 ふと目に入った、朽ち果ててしまいそうな鳥居。どういう効果によるものか私はそれを見た途端に目が離せなくなっていた。決して目立つというわけではない。何か私が惹かれるものがあるというわけでもない。それなのに、私はそれを見てしまったために金縛りの呪いでも受けたかのような感覚を得、冷や汗としか言いようのないものを流していた。実際には金縛りなど遭ってはいなかったのだが、それでも私は躰を動かそうとはせず、ただその朽ちゆく鳥居を見つめ続けていたのだ。


 彼女の手が、ギアレバーを握っている私の手に重なった。それと気づいたのは呪縛を受けてからどれほどの時が経ってからであろうか。おそらくは数分とて経っていなかったことだろう。それでも私には、あのひとときが永劫のものにすら感じられるほどに長く感じられたものだ。だが彼女が手を重ねてから全ての状況を把握するまでには一瞬であっても充分すぎた。何のことはない、彼女の手もまた、私同様に汗ばみ、心細げに震えていたのだ。私だけではなく、彼女もまたあの鳥居に何らかの理由で魅せられていたのだ。なれば私達がやることはたった一つ、あの鳥居に向かい、互いに諾とするならばそこをくぐることだった。あの鳥居に、そしてその先に何があるのか、当時の私にある考えはその一点のみに集約していた。


 愚かだった、そう言ってしまえばそれまでである。だが起こってしまったことを悔やんだところで現状に変化など訪れるわけがない。私達があの鳥居をくぐってからもう何日経ったかなど、私にはもうどうでもいいことなのだから。だが、あのとき、鳥居をくぐったとき彼女が何かに気づいて小さな悲鳴を上げたことは覚えている。何事か尋ねても答えは返ってこなかったが。


 鳥居の奥にあった集落は今の世にあって恐ろしいほどの古さが残る、まさしく集落としか言い様のない場所だった。わずかに腐食の進んだ木造の一軒家が点在し、行き交う人々のなりも昭和初期を彷彿とさせる出で立ちの者ばかり。タイムスリップでもしてしまったのではないかと、私達は二人して顔を見合わせ、次の瞬間には莫迦なことだと苦笑いを漏らしていた。

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