ある青年の手記より
六城綴
第1話
ある雲一つない空が広がる夕刻のことである。私は書棚より古びた手帳を見つけ、何とはなしに広げていた。そこに記されていたのは、以下のようなことである。全体的に文字が粗雑で、一部に至っては全く読めない部分があったが、それは前後のつながりから私なりに判読した。
*
それは何の変哲もない日常のはずだった。少なくとも、彼女もその時がくるまではそう思っていたことだろう。すでに事実を確認する術は失われているが、私が知る限りでは断定してしまっても差し障りのない確信である。
今こうしてこれを書いている私は、いずれ人々から狂人と言われることになるのであろうが、私は単にその道以外に救いを見いだせなかったが故にそうなってしまっただけなのだ。たとえ私以外のものがあの場所に堕とされていたとしても同じ結論にいたり、同じ行動をとるであろうと確信を持って言える。
だが、私はこの過ちが再び繰り返されることは望んではいない。あのようなことは二度と起こってはならないのだ。私はこれを記すことで私自身の名誉を守り、そして二度とあの過ちを繰り返さぬように世人に知らしめる所存である。無論狂人の戯れ言として忘れ去られるであろうことは私とて了解していることではあるが、それでも私は書かなければならない。書かなければならないのだ。
私と彼女が知り合ったのは、大学生としての第一歩を踏み出した、すなわち講義初日のその日である。知り合ったというほどのものでもなく、ただ偶然座った席が近くだったというだけではあったが、それでも彼女の眉目は一瞬見ただけでも印象に残るに足るほどの秀麗さであった。開かれた窓より吹き込む風によって時折揺れる髪を押さえる仕草に、私は柄にもなくはっとさせられたものだ。
容姿だけでなく、彼女は性格すらも完璧だった。聖人君子もかくやと思わんばかりに理知的で、それでいて探求心に富んだ、私にとって理想とする人物の生き写しそのものだった。それまでの人生で得なかった感情が私の中でわき上がってきたのを今でも鮮明に記憶している。もっとも、所謂それが恋愛感情だったと完全に自覚するに至るには、ほぼ一年の歳月を必要としたのだが。ともあれ大学が夏期休業に入った頃には、私達はすでに幾度となく言葉を交わし、ともに勉学に励むようになっていた。
私達がともに躓くこともなく大学生三年目に入って最初の夏休みのある日、居間で二人くつろぎながら、書棚で見つけた手帳の妙な文を読んでいたときのことだ。ふと声が聞こえた。
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