シエル・エメール

翡翠ヨシキ

第1話

朝の四時。少しまだ暗いが。少女は日課のジョギングに出かける。特に部活をしている訳でも無く、将来の夢のためでもない。むしろ夢が見つからない。少女は歩きながら準備体操をすると。最後に、背伸びをする。「んー。さて、いきますか」走るコースはいつも決まっていない。高校二年になり、今まで走っている時は、何かを考えながら走る事はなかったのだが。大学に行きたいのか?それとも就職したいのか?何がしたいのか?思い悩む毎日。「ずっとこのままって訳にはいかないよね…」ポツリと。つい、心の声が漏れてしまう。足も、段々ペースが落ちていき、遂に立ち止まってしまう。焦りや、不安から、表情も暗くなってしまう。「おっと!いけないいけない」少女は左右に首を振った後、軽く両頬叩く。気持ちを切り替える。後ろを振り向く少女の顔は、明るくなっていた。「さて、帰りますか!」気が付けば辺りは日が照らし、明るくなっていた。家に帰り、玄関を開けると。母が作ってくれた朝食の匂いが胃を刺激する。「ただいまー!」そう少女が言うと。台所の方から、お帰りという返事が返ってくる。少女はシャワーを浴びに浴室に行き。体を洗い、制服に着替え、茶の間へ向かうと。既にご飯を食べている姉、海音(かのん)の姿があった。何時見てもまるで職人が作った人形のように綺麗な顔と。美しい長い黒髪。「おはようお姉ちゃん」「おはよう空。ごちそうさま、行ってきます。お母さん」空と呼ばれた少女が座ると。入れ違いのように、食器を持ち、立ち上がる海音。そのまま母のいる台所へもって行き、イスに置いてあった鞄を持って行ってしまう。海音と一緒に登校したい空は、朝食を急いで食べ、頬を膨らませたまま慌ただしく鞄を待ち、玄関に走っる。急いだおかげで、すぐに海音に追いついた。「空、そんなに急いで追いかけてこなくても」「だって、お姉ちゃんと一緒に行きたくて」「空、あなた」空が可愛く笑っていて、男ならイチコロだろうが。海音は冷静に目の前の何かを指す。海音が指している先を見ると。そこはバス停だった。「あ…」海音はバスで登校するが。体を動かすのが好きな空は徒歩で登校していた。忘れていた訳ではなかった。ただ。もう少し何かを話しながら歩けると思っていた。少し俯いて、海音と別れようとした。すれ違いざまに。「気を付けていくのよ」空が後ろを振り向くと。海音は既に本を読んでいて、顔は合わせてくれなかったが。空はそれだけで嬉しくなり、満面の笑みで走り出した。クールで言葉はきついが。本心はとても優しく、相手の事を思って言っている。きっと自分が何か悩んでいる事を察してくれて、気を使ってくれたのだろう。最近は特に甘えていたので、それではいけないと。気づかせるように、距離を取られていた。だからあの一言は嬉しかった。そのおかげなのか?気が付けば学校に着いた。自分の教室に向かう途中。「空!」名前を呼ばれ、後を振り向くと。そこには親友の真依がいた。真依は空の横に来て、二人は話しながら教室に向かう。教室に入ると。空が元気よく、教室全体に聞こえるように挨拶する。「やぁーやぁー皆の衆、おっはよー!」クラスの全員が空の方を向き、来た来たという雰囲気で、挨拶を返していく。空が来たというだけで、まるでそこに花が咲いたように、教室が明るくなる。身体能力がずば抜けて高く、男子であろうと。空に勝つのはなかなかできない。襟足が長く、しかしそのボーイッシュのような髪型。それでいて顔はかわいい女の子。男子からはいわずもがな、女子からも絶大な人気があり、二年生になってからは、後輩の女子からも恋文や告白などされていた。だが悲しいかな、当の本人はそういった事に全く興味がなかった。学校が終わり、帰宅途中、空を飛ぶ光る球体を見つける。それを追いかけて、気が付けば自宅近くの公園まで追いかけていた。光る球体も空に気が付き、半信半疑だったが。空に話しかける。「もしかして、見えてます?」「うん!」笑って答える空に、光る球体は歓喜した。公園のベンチに座り、少し話をした後、空は光る球体を家に連れていくことにした。空は光る球体を宇宙人と思って追いかけていたが。光の球体の正体は天使だった。名前はハニエル。ハニエルは普通の人には見えないらしく、ハニエルがどうして天界からこの世界に来て、何が目的なのか?その話をする前に、空は寝てしまった。そんな空の寝顔を見ながら、ハニエルは心配そうに呟く。「本当にこの子で大丈夫かなー?」そう思いながら、ハニエルは翌朝を迎た。いつものジョギング終えて、家に帰ってくる空。制服に着替え、学校に向かう。その向かっている途中、ハニエルから話を聞く。ハニエルがここに来た理由は天界の試験のためで、七人の人間を助ける事らしい。助ける事に大きい小さいはないらしく、迷子の子供を助けようと。車にひかれそうな人を助けようと。ゲームのようにボーナスは無く、平等に一しか数えられない。それから、ハニエルが正式に試験を始めるためには、こちらの世界で人間と契約をしなければならないということ。契約した人間は天使になれる代わりに、ハニエルの試験を手伝わないといけない。そして、見事試験を合格した時、その契約者は天使になれる。話の途中で学校に着いてしまったので、話は一旦ここまでとなり、続きは家に帰ってからということになった。空は心が躍った。正直、こんな非現実を望んでいなかった訳ではなかった。子供の頃見ていたアニメの、女の子達が変身して戦っていたのをよく覚えている。できれば自分がハニエルと契約したい。家に帰って話を聞くまでは、空はそう思っていた。天使になれる。これは空が考えていたようなものではなかった。天使になるというのは、今のハニエルのような光の球体になり、人間を辞めるということだった。試験を受けている時は今と変わらないらしいが。試験を達成していくことで、契約者は徐々に天使になっていくらしい。空は震えた。今の生活を全部捨てて、天使になる。やりたい事があるわけじゃない、今の日常に心から満足している訳でも無い。それでも、人間を捨てて、今の全部がなくなるのは嫌だった。空は怖くなり、ジャージに着替え、外にジョギングに出かけた。思いっきり顔に出ていたためか。心配して、ハニエルも空の後ろをついていく。走っている間、二人に会話はなく。ハニエルはなんて声をかければいいのかわからなかった。一方の空は、心ここにあらずといった感じで、体が勝手に動いている様で、気が付けば、子供の頃によく来ていたデパートの近くにいた。「ここ、まだあったんだ」空が小さかった頃の思い出がよみがえってくる。母と海音、そして自分。お菓子を買ってくれないと泣き、屋上遊園地で遊べないと泣きと。我ながらすごい子供だったなと。クスッと笑う。「ねえハニエル、ちょっと寄っていくよ」「え?寄っていくって」ハニエルの返事も聞かずに、空は行ってしまう。そして屋上遊園地まで来ると。懐かしさで、自然と口元が緩む。空はじっくりと辺りを見ながら、歩いていく。もうあまり人気がないからなのか?空以外の人の姿はなかった。それが逆に良かったのか。空は徐々に、心が落ち着いていった。急いで契約することはないのだし、そもそも、空でなければならない理由もない。(そうだよね。私でなくちゃいけない理由、無いんだもんね)そう考えると。心は軽くなったが。何故か。海音の姿が。頭に浮かんだ。小さい頃に、何か言われた気がしたが。はっきりと思い出せない。名残惜しいが。家に帰ろうと。出口の方へ歩き始める。すると。同じ学校の制服を着た女子生徒、制服の色から察するに、先輩が。ふらふらと入ってくる。空は違和感を感じながらも、軽い会釈をして、すれ違う。無反応でそのまま歩いていく女子生徒だが。空は目を見開いたまま、その場から動こうとしなかった。「どうかしたの、空?」「うん、気のせい…だと思うんだけど。あの先輩、無表情なのに涙を流しながら、小声で助けてって」「え!?」ハニエルは急いで先輩の近くに飛んで行き、顔を見ると。確かに、涙を流しながら、微かに、助けてと呟いていた。ハニエルはまさかと思いつつ、空の名前を叫ぶ。「空!!」名前を呼ばれた空は、急いで先輩に近づき、後ろから先輩のお腹に手を回し、後ろに引っ張ろうとする。しかし、先輩を止めるどころか。むしろ先輩に引っ張られてしまう。「嘘でしょ!」力も男子までとは言わないが。そこそこ自信があったのに、どんどん引っ張られていく。猫の手も借りたい空は、ハニエルの名前を叫ぶ。「こんのー!ハニエルー!前から押して!」だがハニエルは、先輩の方ではなく、何故か空の隣に来る。言葉が伝わらないのか?こんな時にと。空は苛立つ。「ちょ!ハニエル!私の隣じゃなくて前を」「中里空さん。時間がないので単刀直入に言います」いつもと雰囲気が違うハニエルの口調に、冷静というよりも驚き、先輩の体から自然と腕を離し、体ごとハニエルの方を向く。「このままだと。あの子間違いなく死にます」空が言おうとするも、ハニエルは空の話を遮る。「言いたいことはあるだろうけど。最後まで言わせて」空は焦った顔でチラリと先輩の方を見るが。大きく言いを吸い、静かに口を閉じた。「恐らくだけど。これは悪魔の仕業で、今の、というよりも、人間には止められない。だからもし、空が本当にあの人を救いたいなら、僕と契約をしてほしい。契約したら、僕のことを手伝わなくちゃいけなくなるけど。その代り、君は天使の力を使えるようになる。だけど…」その先の言葉を、空はなんとなくわかった。人間を辞める。ハニエルの話が続く中、空の頭は、無数の質問を誰かに突き付けられているような感覚だった。人間を辞めたらどうなる?今の生活は?体は?息がだんだん荒くなっていく、ちらりと先輩の方を見ると。フェンスをよじ登っていた。気が付くと大量の汗も出ており、顎の下から滴が落ちていく。思考以外は全てがスローに感じて、だんだん気分が悪くなっていく。もう、どうにかなってしまいそうだと思った時。先程頭に浮かんだ。海音に何を言われたのかを、ハッキリと思い出す。「気が付けば人を救える人間になりなさい」思い出した言葉が。自然と口から出ており、空は決心した。「ハニエル、私やるよ」「え?」「契約する。天使になる!」その言葉と。空の表情から、決意を感じたハニエルは頷く。(やるよ。お姉ちゃん、私も隣を走りたいから!)すると空の体が輝きはじめ、光がどんどん強くなっていく。視界が光で何も見えなくなった時、ハニエルの声が聞こえた。「ありがとう。空」その言葉を聞いた後は、光が徐々に弱くなっていき、辺りが見えるようになっていた。何かが変わったのかと。自分の体を見てみると。先程着ていたジャージではなく、軽くとても動きやすいのだが。巫女服をアレンジし、キャラクターの服のようなものを着ていた。「うっわー!すっごいー!マジで服が変わってる」じっくりと。自分の体を観察していると。なんと髪も長髪になっており、髪の色も、綺麗な銀髪のような色になっていた。スカートも可愛く、自らヒラヒラと動かす。「へー綺麗。って!こんなことしてる場合じゃなかった!」本物の変身に興奮してしまい、やっと正気を取り戻す。見ると。先輩は既に、フェンスを降りていて、今にも飛び降りそうだった。空は思いっきり先輩の方へ走る。つもりだった。空は理解した。自分が人間ではなくなったことを。高速で低空を飛行して、走ろうと思っていた左足は、気が付けば止まるために使っていた。「これが天使の力…」空が感じた事は、人間以上の力の喜びではなく、恐怖だった。(力が強すぎる!下手をしたら先輩に怪我をさせてしまう)だが空には考えてる暇もなく。先輩は悲鳴も上げずに飛び降りてしまった。空もすぐにフェンスを飛び越え後追う。しかし落ちた先輩にあと少し届かず。空はとっさに建物を蹴り、加速をつけて、先輩を抱きかかえると。空中で回転をして着地をする。助けられたことに安心した空は、大きく息を吐いた後、先輩に声をかける。「もう大丈夫ですよ先輩、どこか怪我とかしてな」そう言いかけた時、自分の服が思いっきり掴れていて、腕の中の先輩が。涙を零しながら、空に何度も何度も、ありがとうと。お礼を言ってた。空は微笑みながら、優しく先輩の頭をなでる。先輩はこれで大丈夫なのか?周りの人に見られてても平気なのか?色々思うことはあったが。今はどうでもよかった。「お疲れ様、空」先程から姿を見かけないと。ハニエルの方を向くと。見慣れた光の球体ではなく、空が大好きなマスコットキャラクターの、キツネネの姿になっていた。何でその姿にと。疑問だらけの空だったが。ハニエルがフヨフヨ空達の方に飛んで行き。その可愛くなった手で、先輩の額に軽く触る。すると先輩は、目を閉じて眠ってしまった。空は驚いた表情でハニエルを見ると。察したハニエルが空に言う。「大丈夫。ちょっと記憶をいじって寝てもらったんだよ。あんなこと覚えていてもかわいそうだし、空のその姿も見られちゃってるしね」「ああ、なるほど」「それよりも、早くここを離れよう。そろそろ時間が切れそうだし」「時間?」「うん。ほら、早く」早く離れようと言ってた割にはそこまで早くなく。ハニエルにはすぐに追いついた。到着したのは、空とハニエルが初めて会った公園だった。日は完全に落ち、公園には空たち以外誰もいなかった。「さて空、まずは契約してくれてありがとう。本当はもう少し時間をかけて言うつもりだったんだけど。まさかあんな事になるとは思はなかったから」あんな事、先程先輩を助けたことが。あまりにも非現実すぎて、あれからまだ一時間もたっていないのに、数日前の出来事のようにも感じていた。それで思った。それと。さすがに誰もいないとはいえ、恥ずかしくなってきた空は、ハニエルに尋ねる。「あのハニエルさん。この服っていつ元に戻るんでしょうか?」空は来ている服を指さし、少し照れながら聞いた。「ああ、そうだったね」ハニエルは思い出したように言う。「空が戻りたいと思えば、戻れるはずだよ」「戻りたい?」そう聞いた空は、心の中で戻りたいと願う。すると一瞬体が輝くと。契約する前に着ていたジャージに戻っていた。「おー、戻った。あれ?」変身を解いた途端に、疲れなのか?体がだるく、立っているのが精一杯だった。「大丈夫空?」ハニエルが心配そうに、空に近寄る。「うん大丈夫大丈夫。でも話はとりあえず明日でいいかな?今日はちょっと。無理」「それは勿論」空はハニエルの頭を軽くなでると。重い体を何とか動かし、強烈な睡魔と戦いながら家に帰った。幸い、家が近かったので、倒れる前に帰ることができた。その日はベットに横になった瞬間に寝てしまい。ハニエルも、空の寝顔を見て。「空、本当にありがとう」そう呟き、目を閉じた。翌日。学校に登校しながら、ハニエルに、契約して何が変わったのかを聞いていた。空と契約したことにより、記憶が共有され、ハニエルがこちらの世界の常識や文字を理解したこと。それから、ハニエルと空が力を使えるようになったことで、言葉で話さなくても、思ったことが相手に伝わるようになったこと。それから変身した時は、人に見られないようにすることもできるらしい。変身。その言葉を聞いた時に、空は強大な天使の力を思い出していた。そして、空は思いついた。(姿を消せるなら、練習できないかな?)空はこの事をハニエルに伝えてみる。天使の力を簡単に使うなんて、そう言われるかもしれない。と。思っていたが。以外にも、ハニエルは大賛成だった。やるならば早い方がいいと思った空は、今日の夜に、練習する事を決めた。夜。契約し、力を使えるようになったハニエルが。空の部屋に結界のようなものを張る。これによって、空の家族が空の部屋に近付く意思を無くすらしい。それから変身を行い、窓から外へ飛ぶ。それから商店街に向かった空達は、ビルや建物の上を走り、飛んだりと。少しずつ天使の力に慣れていった。「だいぶいい感じになってきたね。建物も壊してないし」ビルの上を走る空の隣で、嬉しそうに言うハニエル。「そうでしょうー。まあこういうことなら自信はあるからねー。よっと」そう言いつつ、前のビルに飛び移る。まだ恐怖心は残っていたが。それがだんだん楽しさへと変わっていく。ハニエルも褒めてくれたのが嬉しくなり、ほんの少し調子に乗る空。「よーし。今度は五つくらい一気に飛び越えてみようか!」それを聞いたハニエルがハッとした顔をするが。止めようとした時には、すでに空はそこにいなかった。「空待っ…まずい!」空が飛ぶ時に力を入れたのだろう。地面にひびが入っており、バトル漫画のようにそこだけがへこんでいた。心配になったハニエルは急いで空のもとへ向かう。一方の空は、やってしまったと思っていたのだが。飛行機でも乗らない限り見られないような景色に、心奪われていた。もはや人の姿は目視で見ることはできず。しかし、建物の光、車のライト、それらが美しく。まるで星を見ている様だった。「綺麗…」「やっと…追いついた…」声がした方を見ると。息を切らし、疲れた表情をしているハニエルがいた。「ハニエル。大丈夫?」「うん。ありがって違う!空!このままだと。天使の君は大丈夫かもしれないけど。街に被害が出てしまうよ!」ハニエルにそう言われ、自分の体がどんどん落下していることに気が付く。「ま、まずいよハニエル!」「空、こうなったら最後の賭けだ!君の想像力が頼りだ」「そ、想像力って言ったって!こんな時に一体何を想像しろっていうの!」落下するスピードがどんどん速くなっていく中、焦りからか。冷静に想像なんかできる訳がなかった。「やるしかないんだ空!これじゃあ、なんのためにあの子を救ったのかわからないじゃないか!どういうやり方でもいい、空を飛べるってイメージするんだ。あとは具現化されれば、何とかなるはず」「何のため…」そんなこといったって、そう言いつもりだったのだが。自然と言葉に出たのはこの言葉だった。そして、あの時のように姉のことを思い出し、無理、出来ないなどのマイナスな事を排除して集中していく。目視が邪魔だと感じた空は、目を閉じ、大きく深呼吸する。(形は、天使のような羽。いや翼。色は当然白。翼を動かすたびに、見とれてしまいそうな…)空が。強くはっきりと形をイメージすると。変身の時のように、体が光る。しかしその光は背中に絞られていく。空のイメージはこれが完成であり、これ以上は何をしていいのかわからない。「お願いー!」願いを込めて大声で叫ぶ。すると。光が羽のような形になり、弾ける。その中からは、美しい純白の翼が生えていた。「で、出来た」「空!動かして!」安堵する暇もなく、空はできたばかりの翼を動かそうとする。しかし、翼を動かそうにも、翼があること自体初めてなので、翼に力を入れるのではなく、背中を力むだけだった。そんな空を見て、ハニエルが言う。「空!体で動かそうとするんじゃなくて、頭で動かそうとしてみて!」「頭で?わかった」背中に力みがなくなり、少しずつだが。翼が動き始め、それがスムーズに羽ばたく。そしてついに、空は飛んだ。「飛んで、る?」先程まで必死で、余裕がなかったから何とも思はなかったが。自分が空を飛んでいることが嬉しく、興奮する空。隣を見ると。ハニエルも喜んでおり、拍手しながら、空の隣を飛んでいた。その後二人は、ビルの屋上に降りた。「いやー。一時はどうなる事かと思ったけど。なんとかなってよかったよ」「ごめんね。私が調子にのったばかりに」空は申し訳なさそうに、頭を下げる。「まあこれが。終わりよければすべてよしってやつだね」そうハニエルに笑顔で言われつつ、肩をポンポンとたたかれる空は、苦笑いしていた。そろそろ、家に帰ろうと二人だったが。何かを感じたハニエルが叫ぶ。「空!後ろ!」言われた空は慌てて後ろを振り向く。そこには、ビルのアンテナの上に立っている女性がいた。「気を付けて!あれが悪魔と契約した子だよ!」仮面をつけており、顔や年齢が判断できない。しかし、見た目から女性であることはわかった。長く美しい髪が。風に靡いており、黒のスポーツブラみたいなのを着け、黒の長いコートを羽織り。ズボンはあまり見たことがない。内が赤、外が黒のチャップスのようなのを履いていた。最後に靴は、ハイヒールの紫か黒のようなものだった。(身長は、正確にはわからないけど。私と同じくらいかな?)そしてよく見ると。肩のあたりに何かがのつていて、空と同じように、悪魔の羽をはやした可愛い犬のぬいぐるみのような相棒の悪魔がいた。悪魔の少女の仮面を見ると。おでこから顎まで隠す仮面。人に睨まれているような、獣に睨まれているような、まるで、どこかの部族が使ってるような、威圧感がある白い仮面。お互いが相手のことを見ているだけで、一言もしゃべらず、ただ時間が過ぎていく。悪魔の少女はわからないが。空の場合は、何も言えないというのが正しかった。そんな風に思っていると。「一つ、聞いてもいいかしら?」向こうから声をかけられたことにも驚いたが。それよりも、まるで変声器でも使っているような声に驚いた。自分の正体をそこまでして隠したいのだろうか?「何のために、天使と契約したの?」「私は…」正直に話していいものか。一瞬頭をよぎったが。正直に話すことにした。「私には大好きな姉がいて、姉はとても正義感があって、かっこよくて、私もそんな風になりたくて、それで契約しました」空の正直さが伝わったのか?仮面をしているので表情が分からないが。少し笑った気がした。「そう。…信じてとは言わない。私はあなたの邪魔をするつもりはない」その言葉を聞いて一番驚いたのは、空でも、ハニエルでもなく、悪魔のパートナーだった。「えぇぇ!?お前なに言ってんだよ!?」パートナーの方を見向きもせず、話を続ける。「それじゃあ、機会があればまた会いましょう」そういうと。悪魔の少女は、建物の上を飛び移っていき、そのまま去っていく。「オイ待て!オイラをおいて行くな!」パートナーの悪魔も、すぐに後を追いかけるが。急に途中で止まり、空達の方を振り向くと。あっかんベーをして去って行く。まるで近所の悪ガキかと苦笑いする空だったが。隣でハニエルはブチギレていた。「あの悪魔めー!人のことコケにしやがってー!今度会ったら許さねー!!」(人のことって、私達天使だけどね)何故ハニエルがこんなに怒っているのかわからなかったが。今口に出してツッコミを入れると。こちらに八つ当たりされそうだったので、心の中だけにする。「よし、うちらも帰ろうかハニエル」「あの犬ちくしょう!今度会ったらただじゃおかないぞ!」もう姿は見えないのに、悪魔が去っていった方を見ながら、何かブツブツ言って、空の声も届いていないようだった。「もー!先に帰るからね!」あきれた空は、ハニエルをおいて、先に帰ってしまう。こうして、天使と契約した少女と。悪魔と契約した少女が出会ってしまった。「ハッ!」目を開くと。そこはいつもの教室で、皆静かに授業を受けていた。「ぐっすり眠れたか?中里?」声がする方を向くと。現国の先生が怒りの表情で立っており、丸めた教科書で頭を軽くたたかれる。すべてを理解した空は、急いで先生に頭を下げる。「す、すいません!」先生は教卓の方へ戻っていき、隣を見ると。真依が。呆れた顔をしながら、顔を左右に振っていた。学校が終わり、帰宅している途中で、ハニエルがいないことに気が付いた。学校においてきてしまったのかと心配になったが。そもそも、道はわかる、飛べる、空以外には悪魔の少女くらいにしか見えない。大丈夫だろうと思い、そのまま家に帰ると。空の部屋にハニエルがいた。「ハニエル。姿を見ないと思ったら。ずっと家にいたの?」「いや、ちょっと調べたいことがあって、街を飛び回っていたんだ」ハニエルの話を聞くと。悪魔の少女の手掛かりがないかを探っていたらしい。ハニエルが言うには、天使、悪魔の力はこの世界のものではないので、簡単に察知できるらしいのだが。契約してしまうと。一変して難しくなるらしい。契約してハニエルの姿が変わったことにも関係しているらしく、人間と契約できると。この世界の一員になれるようで、その影響で、こちらの世界の姿に変わるのだとハニエルは言う。因みに、今回ハニエルがこういう姿になったのは、空の影響らしく、契約した時に、すぐに姿を変えるため、一番強く鮮明に、空の中で姿を作れそうなのが。このキツネネというキャラだったので、この姿になった。そして、契約してしまうと。力を使わない限り、相手が何処にいるかわからないんだそうだ。勿論、目視の場合なら力の使用関係なく見ることが可能らしいので、ハニエルは今まで街を飛び回っていたらしい。しかしハニエルの話を聞いていると。最初から期待していなかったようで、仮面をつけてまで正体を隠したい人が。安易に力など使うはずも、姿をさらすこともないと。わかっていたようだ。ハニエルの話が終わり。今度の休みに、友人の真依から頼まれ、調子を落としている後輩を見てほしいと頼まれた話をする。なので、一緒に来るかと。ハニエルに聞くと。二つ返事で行くと言うので、今度の休みは、陸上部の手伝いをしに行くことに決まった。土曜日。空と真依、そして後輩の赤羽鈴の三人で練習をしていた。そして、ここにハニエルの姿は無く。昨夜、まるで、遠足が楽しみな小学生みたいに、夜眠れず。空のバックの中で眠っていた。「鈴ちゃん。調子悪いって聞いたけど本当?よさそうに見えたけど」「本当ですか?」鈴はとても嬉しそうに、笑顔で空に聞く。「本当よ。この間までが嘘みたいに、一番いいタイム。この感覚を忘れないようにね。あんたは、その、やれば…できるんだから」後半の方は恥ずかしくなったのか。真依は赤面して、誰とも目を合わせようとしなかった。そんな真依を可愛いと思った鈴は、真依の背中に飛び移る。「やったー!ありがとうございます!真依先輩!」「ちょ!あんた、暑苦しいでしょが!離れなさいよ!」恥ずかしさを隠すように、真依は鈴を振りほどこうと手足をばたつかせる。「離れなさいって!せめて汗ぐらい拭かせなさいよ!」それを聞いて失礼だと思った鈴は、すぐに真依から離れる。「そうでした。私も汗ふきたいので、ロッカー行ってきますね!」そう言うと。鈴は更衣室に走って行ってしまった。「あー。行っちゃったか。私の使ってないタオル貸したのに」やれやれと言う感じで、真依は笑って、鈴が走って言った方向を見ていた。数分後、走っていったにもかかわらず。鈴は戻ってこなかった。真依は心配ないと笑っていたが。空が様子を見に行こうとした時。(空ー!)ハニエルの声が聞こえたと思ったら、何かが空の顔面を強打して、空は後ろに倒れる。真依は心配して空に駆け寄る。「だ、大丈夫空?」「うん。大丈夫、大丈夫」強打した鼻をさすりながら空は立ち上がる。「どうやら、寝起きの馬鹿な虫が突っ込んできたみたい」空の言葉からは怒りが感じられて、それが真依に向けられるものではないとわかりながらも、真依は苦笑いしながら、この場を離れることにた。「あーえっと。私トイレの方見てくるよ」真依はそう言って逃げるように去っていく。周りに誰もいなくなり、怒りを込めた目で、飛んで来たハニエルを目で探す。すると。自分もぶつかって痛かったのか。頭をさすっているハニエルがいた。(あいたた。あ…)(おはようハニエル君。やっと起きたと思ったら、いきなり顔面に飛んでくるなんて。いったい何の恨みがあるっていうんですかね?)顔は笑っても、目はハニエルを睨みながら言う空に怯えるハニエルだったが。すぐに表情を変え、空に言う。(そうだ!こんなことしてる場合じゃないよ。空!あの子が現れたんだよ!)(え!?)ハニエルに案内してもらい、後を追いながら変身し、天使化する。学校を出て、すぐ近くの林に入っていく。悪魔の少女を見つけたと思ったら、何かを追いかけているようで、悪魔の少女の先を見ると。赤羽鈴が。悪魔の少女に追いまわされていた。もし、襲われているならば、自分の姿が見えている方が守りやすいと考えた空は、口を使わずにハニエルに伝える。鈴が空達に気が付き、悪魔の少女の仲間だと思ったのか。引き返そうとするも、既に悪魔の少女が背後に立っていた。空は尋ねる。「どうしてこんなことを?」友達や仲間になった訳でもないのに、空は裏切られたような気持で、悲しそうな表情で聞いた。悪魔の少女は相変わらず無言だったが。悪魔の少女が止まっていることに気づいた鈴は、隙を見て走りだし、その場から逃げ出そうとする。それを見た悪魔の少女が。空と同じように身体能力が人間を超えており、空の前から一瞬で姿を消し、鈴の前に現れると。いつの間にか持っていた大鎌を振りかぶっていた。「いやー!!」鈴はやられると思い頭を押さえ目をつぶる。しかし、いくら待っても体に痛みはない。恐る恐る目を開けると。銀髪の和服のコスプレのような衣装を着た空が。大鎌を右手で受け止めていた。「え?」驚いて動けないのか。恐怖で動けないのかわからないが。ここにいると危ないと思い、鈴に言う。「逃げて!」「は、はい!」空の一言で体が動き、鈴は急いで立ち上がってその場を離れる。恐怖でよくわからなかったが。さっきの声に聞き覚えがあった鈴は、いつしかその足が止まり考え始めていた。そして、近い人物が頭に浮かぶ。「まさか。空…先輩?」一方の空は、悪魔の少女との戦いに苦戦していた。悪魔の少女の大鎌に対し、空は素手でやりあっていた。自分の身の丈ほどの大鎌、リーチの差もそうだが。何より、自分の手足のように使っているのが一番厄介であった。しかし、自分が倒れれば、次は鈴をまた狙うかもしれないと思った空は、不利だの言ってられないと。覚悟を決めた。しかし、急に悪魔の少女が構えるのを辞めたと思ったら。大鎌が下の方から消えていき、空も構えるのをやめると。悪魔の少女は去って行った。「空!追いかけなくていいの!?」ハニエルが。人を襲った悪魔を逃がすことが許せないようで空に言うが。戦っていた空は冷静で。「追いかけても、戦いになるかわからないよ。あの大鎌のリーチに、素手はキツイ」冷静に戦いを考えていた空に、ハニエルはそれ以上言えなかった。「ねえハニエル。私にも、武器ってあるの?」今回は戦わなかったが。次はどうなるかわからない。なので、こちらも武器が欲しいと空は考えていた。「ある。というよりも、空次第と言った方がいいかな。翼の時と同じで、空がイメージできれば出せるはずだよ」「特にこの武器しか出せないとかはないの?」「うん。そうゆう制限はないはずだけど」何故鈴を襲ったのか?何故戦わずに立ち去ったのか?悪魔の少女の行動は謎だらけだが。今は武器の事と。鈴を助けられたことに満足した。近くに人の気配を感じた空が。その方向を振り向くと。空の名前を呼びながら走ってくる鈴の姿があった。自分の正体がバレているからではなく、空の心は複雑だった。「鈴ちゃん。ごめんね」空がそう言うと。鈴の後ろにいるハニエルが。鈴の後頭部に手を当てると。鈴はゆっくりと空の方に倒れる。その後は、更衣室で倒れていたところを空が見つけたという事にした。真依と鈴が話している光景を見ながら、空の顔は微笑んでいるにもかかわらず、両手に力が入り、握り拳を緩めることができなかった。自分の都合で人の記憶を消す。先輩を助けた時と違い、今回は助けたというよりも、巻き込んでしまって記憶を消したというのが許せなかった。部活が終わり、帰りながら、ハニエルに言われたことを思い出す。天使の行為は無償でなければならない。それが愛であると。初代天使長が言った事らしい。なので天使は、人間から感謝をされてはならない。だから自分達が救った記憶や存在などは、記憶から消さなくてはならない。この話を聞いて、先輩を助けた時、人に見られ、何故ニュースなどにならないのか疑問に思っていた空だったが。納得した。ハニエルが空の姿を見た人の記憶を消したからだった。そこまでは良かったが。ただ誰かを救って記憶を消すならいいが。自分と悪魔の少女の戦いに巻き込んでしまい、そのせいで記憶を消さなくてはならないことが。悔しかった。こうして、長いようで短かった一日が終わった。数日後、罪悪感が消えたわけではないが。ハニエルの励ましと。昔姉に言われた。やると決めたなら最後まで責任を持てという言葉を思い出し、少し軽くなった空は、気分転換に外を走っていた。軽く走ったらすぐに帰るつもりだったのだが。気が付けば商店街の方まで来てしまっていた。いつもはお店が開く前の朝早くに来ていたので、人がいて、お店が開いているのは新鮮だった。そんな時、遠くの方を見ると。見覚えのある顔があった。現国の福浦先生。空は挨拶でもしようかと近づいていくが。急いで足を止める。先生は一人でいるのではなく女性と手をつないで歩いていた。しかもその女性は、同じ学校の大坪先生だった。空は二人に会わないようこっそり商店街を離れ帰宅した。翌日の学校では、二人が結婚することを知り、結婚を機に大坪先生は教師を辞める事も知った。その夜、珍しく夕食後に走りに出た空とハニエル。また商店街まで走りに来て、辺りを見ていると。偶然にもお店から出てきて、肩を落とす福浦先生を見かけ、声をかける。話を聞くと。大坪先生の誕生日が近く、誕生日プレゼントを探しているそうなのだが。決められないという話で、それを聞いた空は、福浦先生を手伝うことにした。翌日の夜。先生と待ち合わせをしてお店をまわっていく。空がいくつか提案をするも、なかなか福浦先生の首は縦に振ることはなく。時間だけが過ぎていく。今日はもうダメかもと思った時、空がぬいぐるみ店を見つけ入っていく。空の後を追うように、福浦先生もお店に入る。いろんなぬいぐるみがあるのだと。店内を見ていると。空が先生のもとへやって来る。どでかいクマのぬいぐるみと共に。空の押しと。普段こういったプレゼントを考えなかったこともあり、買うことに決めたが。それが五万円することはレジに行って初めて知った先生であった。普通に持つと前が見えないので、空と二人で先生の車に運ぶのを手伝う。明後日が誕生日なので今日決まってよかったと福浦先生にお礼を言われ、先生と別れる。その帰り、ここ数日、気のせいかもと思っていた体のことをハニエルに聞いた。体の調子がいいこと。走っても疲れずらく、自分がおもっている以上に力が出ていたりすること。するとハニエルは、飛びながら考えた後、話し始める。(もしかすると。天使化かもしれないね)(天使化?)ハニエルは頷くと。天使化について話し始める。空は、ハニエルの力も使って、変身しないと天使の力を使えない。しかし、空が助けた人数は、今日の先生を含めて三人。その三人分、空は天使に近づいたということで、天使の力を変身前でも使えている。というより、人間の部分が減り、天使になり始めているらしい。それを聞いた空に、不思議と悲しみはなかった。ハニエルも伝えようとしていたらしいのだが。なかなか言い出せなかったらしい。ハニエルは何度も謝るが。空は少し笑い、ハニエルの頭を撫でた。その後家に着き、湯船につかると。強烈な睡魔に襲われ、少しくらいならいいかと。目を閉じてしまう。アラームの音が聞こえ、いつもどうりに止めるが。何故自分がベットにいるのかわからなかったが。いつもと同じようにランニングに行き、帰ってきて学校に行く準備をする。登校している途中、ハニエルに昨日お風呂の後の記憶がないことを話すと。お風呂場の前でハニエルがあたふたしていると。姉の海音が偶然来て、空を部屋に運んでくれたらしい。姉に申し訳ないと思いつつ、どこか嬉しそうな空。放課後、ハニエルと話しながら校門を出ようとした時、ハニエルが急に止まる。(ハニエル?)不思議に思い、心の中でハニエルに呼びかける。(空!あの子だ!近いよ!)その言葉だけで、空は理解した。(案内して!)ハニエルは頷くと。感じた方へ飛んで行き、その後を空が追いかける。二人が着いたのは、体育倉庫の前だった。扉を勢いよく開けると。壁に寄りかかり、左腕から血を流す福浦先生と。そこまで追い詰めたように立っている悪魔の少女がいた。「何、してるの?」小さく、呟くように空が言う。しかし、その言葉からは怒りを感じ、体は小さく震えていた。お互いにらみ合い、沈黙のまま、少し経った後。福浦先生が立っているのが限界だったのか。地面にすわりこんでしまう。そのほんの一瞬、悪魔の少女から目を離した時。悪魔の少女は空達をかわし、外へ逃げていく。「まて!」ハニエルが追おうとすると。空がそれを止める。「待ってハニエル!先生が先!」空に呼び止められ、二人で福浦先生のもとまで駆け寄ると。福浦先生は気を失っていた。「ハニエル、どうにかならない?」空が心配そうにハニエルに聞く。「大丈夫だと思う。やってみるよ」ハニエルは負傷した先生の左腕に近付き、両腕をかざす。すると両腕が光りはじめ、ゆっくりと傷口が塞いでいった。それを見ながら空は思う。先生のこんな姿を見て、もっと焦るかと思っていたが。何かが自分を冷静にするような、変な感覚が空にあった。ハニエルのおかげで先生の傷は治り、ほっとした空。傷を治した後、ハニエルは先生の記憶を書き換える。悪魔の少女の記憶を消し、用事があって来た体育倉庫で、物が落ちてきて軽く気絶していたということにした。それを聞いた空は、襲われたことよりましだと思っていると。ハニエルが驚いたような顔をして、空に言う。「空!今ならまだ間に合うかも!」ハニエルが言うには、悪魔の少女は飛行しないで、走っているらしく、空が本気で飛べば間に合うかもということだった。ほんの少し、見逃してもと。思った空だったが。目の前の福浦先生をを見て、それはなくなった。「ハニエル、案内して」静かに言う空だったが。その言葉からは怒りを感じるハニエル。ハニエルが頷き外に出ると。空は変身して翼を広げ、ハニエルについていく。林のようなところに入っていくと。走っている悪魔の少女とその相棒の姿が見えた。さらに加速し、悪魔の少女の前に出て進路を塞ぐ。「追いついたよ!」足を止める悪魔の少女とその相棒。相棒の方はジタバタと手足を振り回し怒っているようだが。悪魔の少女は相変わらず、無言で空を見ていた。「答えて!どうして福浦先生を襲ったの?あんな事しなくたって」話している時、頭に福浦先生が過り、手に力が入り小さく震える。悪魔の少女は微動だにせずに、無言で空の方を見ていた。すると。ほんの少し足を後ろに動かしたと思った次の瞬間、悪魔の子は後ろに向かって走っていた。その姿を見た空の頭に、鈴が襲われている光景と。福浦先生の傷ついた姿が思い出された時。空の中の怒りが頂点に達し、何かがはじけた。右手に刀を作り出し、無言で悪魔の少女の背後から斬りかかる。それを感じた悪魔の少女は、後ろを振り向き、右手に大鎌を作り、空の攻撃を受け止める。だが。空の力がこの間とは比較にならず。その場で踏ん張り、空を止めようと思っていた悪魔の少女だったが。地面を削りながら、後ろに押されていく。「はあぁぁ!!」空が腕にさらに力を込めて、悪魔の少女を吹き飛ばした。吹き飛ばした方向に空は、刀を振り上げ、鋭く振り下ろす。考えてやったのではなく、体が勝手に動いた空の行動は、真空波のようになって、悪魔の少女の方に飛んで行った。一方の悪魔の少女は、地面に大鎌を突き刺し止まろうとするも、勢いが収まらず。背中に当たる木を何本か薙ぎ倒しやっと止まる。すぐに空が追ってくると思い、この場を離れようとするが。思った以上の痛手だったようで、思うように足に力が入らないと思っていると。自分が吹き飛ばされた方向に違和感を感じ、見ていると。倒れた木や切り株、木の葉などが真っ二つになっていき、それが自分の方に来ていると理解した悪魔の少女は、すぐに大鎌を盾にして何かから身を守った次の瞬間、目に見えない力に押される。まるで風と戦っているようだった。しかし、先程の空と比べればどうといううことはなかった。腕に力を入れ、風の刃のようなものをはじき返す。そろそろ空が来るのではないかと構えると。後ろから気配を感じすぐに振り返る。誰もいない、そう思った時、地面に落ちている木の葉が切れる。またもあれかと思い、大鎌を振りかぶり、振り下ろした衝撃で風の刃を相殺させる。するとまた後ろに気配を感じ振り向くと。今度は空がこちらに向かってっ突っ込んできた。また吹き飛ばされるのは厄介と思い、悪魔の少女は、足に力を集中させる。空もそれを感じ取っていたのだが。そんなこと知ったことかと。言わんばかりに、速度を利用して思いっきり刀を振り下ろすが。悪魔の少女は吹き飛ばないで、今度はそこで耐えて見せる。空にとって渾身の攻撃だったので、一瞬驚いたが。怒りが収まることはなく、攻撃を仕掛けるが。怒りに任せやっているそれは、刀を振り回し暴れているだけだった。当然、悪魔の少女に攻撃が届くわけもなく、冷静に処理される。空は両手に力を集中させ、先程以上の力で刀を振り下ろすが。辺りに凄まじい音が響くだけで、悪魔の少女はそれを大鎌で受け止めていた。空は怒りを込めて、悪魔の少女に叫ぶ。「陸上部の女の子を襲い、次は先生!あなたは襲うけど。あの人達が何をしたというの!?」「…」「どうしてこんな目に合わなくちゃいけないの!?」「…」怒りで刀を振り回していた空の動きが、だんだん力を感じなくなっていく。「ねぇ、答えてよ…」言葉にまで力を感じなくなり、空の手から刀が落ち、二歩、三歩後ろに下がると。その場に座りこんでしまう。それを見たハニエルが。空の前に飛んでくると。空を庇うように、両手を広げた。「空はやらせないぞ!」その二人を見る悪魔の少女、そしていつの間にか相棒の悪魔も、隣でやっちまえだのチャンスだの騒いでいる。空も、何故攻撃しないのかと不思議に思い。顔を上げる。その空の目からは涙が零れており。ほんの少しの間、空と悪魔の少女見つめ合うと。悪魔の少女は後ろを振り向き、その場から去って行く。相棒の悪魔が納得できず。何故だと騒ぐが。空達の方をちらりと見た後、悪魔の少女の後を追って行った。一方の空は、立ち去っていく二人の姿を見ていることしかできず。ただ泣いていた。翌日。さすがに日課のランニングをする気にはなれず、それを聞いた母親が心配して学校を休めというので、急いで家を出てきた空。登校の途中、考えたくなくても、昨日のことが頭の中で動画のように何度も再生される。何故自分を殺さなかったのか?何故人を襲うのか?そう考えていると。ふと。どうして今まで疑問に思わなかったのかというくらいの、事を思う。彼女の正体について。ハニエルに何かわかったか尋ねてみるが。何もわからないと肩を落とす。よくよく考えれば、何か分かったのならば、ハニエルから話すと思い。そうだよねと空も下を向く。(だけど。ちょっとしたことなら少しわかったよ)(ちょっとしたことって?)(まあ、わかったというより、仮説になるけど。僕は悪魔の少女は空と同じ学校の生徒じゃないかと思ってるんだ。)空は目を丸くして驚き、ついハニエルの方を向いてしまう。(それはどうして?)(事件がこの付近で起きていること。襲われているのが。この学校と関わりがあり、出現するのはいつもこの近く。現れる時間も決まって学生達が自由な時間)空ははっとしたように思い出す。鈴が襲われていたあの日は土曜日、学校は休み。先生が襲われた時も、放課後だった。(それにすごく頭が良いと思う。これだけ時間がたったのに、あの子は全然自分の手掛かりを残さないからね)それを聞いて空は思った。以前力を使えばその場所が分かると。それなら、変身を解除した近くを調べれば、住んでいる家や、何かしらの手掛かりがあるかもしれないと伝えてみるが。ハニエルは残念そうに答える。(あの子、尾行されているのがわかっているから、人混みが多いところで変身を解くんだ。そうなると。目視するしかないんだけど。あまり近くに行くと。向こうもこちらに気が付いているから、変身を解かないだろうから)重苦しい雰囲気の中、学校に着くと。大きな声で挨拶をしている先生がいた。空はその姿を見て少し嫌な顔をする。体育教師の千葉。空の身体能力に惚れ込み、自分が顧問をしている水泳部に何度も勧誘され苦手になっていた。それと。運動部に所属していない生徒には厳しいという噂が後を絶たない。なるべく早く、この場を去ろうと。早歩きで千葉先生の横を通り過ぎようとしたが。俺の話を聞いていけと言わんばかりに、空の前に立ちふさがる。案の定長い話が始まり、愛想笑いをしながら聞いていると。空に申し訳ないと。思いながら校門を通っていく生徒達。そんな時、千葉に向かって挨拶する声が。綺麗で凛凛しい声、空はこの声に聞き覚えがあり、声がした方を見ると。姉の友人、如月静がそこにいた。姉海音を意識したような髪型。生徒会で副会長を務めた人。そして、千葉先生と犬猿の仲。その事を思いだした時には既に千葉と口論が始まっており、感情的に言う千葉と違い、まるで弁護士のように冷静に話す如月の中を、止めようにも止められない空。誰か助けてと思ったそんな時。姉海音が現れた。海音は上手く話し、如月と空をその場から連れ出してくれた。千葉から離れ、もうこちらの声も聞こえないだろうという所で、海音が空に、如月にお礼を言うようにと言われる。どうしてかわからないという顔をしていると。如月はわざと千葉に話しかけ、空を逃がそうとしてくれたらしく。空は気が付かなかったが。如月は何度か。空に行きなという合図を送っていたのを、海音が見ていたらしい。空は如月にお礼を言うが。如月は優しく笑いながら、なんのことだかと言い。海音も笑い、素直じゃないのねと言う。そんな二人を見て、少しうらやましいと思う空。学校が終わり、家に帰ると。空の母が買い物に出かけ、空は走りに行かずに、家にいた。ベットに横になり、ぼーっとしていると。家の電話が鳴っていることに気が付き、部屋を出て、階段を降りる。電話に出ると。相手は海音だった。話を聞くと。学校の帰りに、具合が悪くて倒れている学校の生徒を見つけ、救急車で一緒に病院に来たという。一応親御さんが来るまでここにいたいということなので、それをお母さんに伝えてほしいということだった。空は任せてと。空は喜んで引き受ける。電話を終えて、部屋に戻ると。母も帰ってきて海音のことを伝え、母の手伝いでもしようかと思った時。ハニエルが急に空中に停止していた。不思議に思い、空は口に出さずに呼びかけてみると。(今、気のせいじゃないと思うけど。一瞬、力を使うのを感じたんだ)空達は部屋に戻り、念のため口には出さずに話を続けた。力を感じたのは学校の方。しかし、一瞬感じただけなので、もしかした違う可能性があるとハニエルは話す。行くかどうかは空に任せると言う。空は考えた後、行くことを決め、二人は準備をして窓を開け空が天使の姿へと変わり、背中から翼が生え、空を飛んで学校に向かう。学校の屋上に降りる二人は辺り見たり、気配がないか調べるが。特に何もなさそうだった。自分達が来たというのは、向こうにわかっていることで、いまさら悪魔の少女が身がバレそうなリスクを背負うようなことも考えにくいと思った二人は、一度家に帰ることにした。それから家に帰り、普通に過ごしていたら、何事もなく時間は過ぎていき、空はベットに横になり、もう寝てしまおうかと思った時。ハニエルが慌てて空の前に飛んでくる。(空!現れたよ。今度は一瞬じゃなくて、変身してるみたいだ!)それを聞いた空の眠気は吹っ飛び、行くよと声に出さないで伝えると。空の体は光に包まれ天使化し、窓を開け飛び出し、翼をだして飛んで行く。ハニエルの後をついていくと。年季の入ったアパートの前に止まる。悪魔の少女の姿は見えないが。今日はこの姿になると。悪魔の力を薄らと感じることができた。それがこのアパートの中からだった。階段を上がり、201号室の前に立ち、ドアノブを回す。鍵がかかっていたらドアを壊そうと思ったが。幸いドアは空いていた。中を見ると。物が散乱して、泥棒にでも入られた。いや、そんな生易しものではなく、追われて逃げたような痕跡があった。張りつめた空気の中、ゆっくりと奥に進むと。悪魔の少女はそこにいた。そして、ここが誰の家なのかもわかった。空の学校の体育教師、千葉の家だった。彼は自分より小柄な悪魔の少女に、片手で首を絞められ、上に持ち上げられ今にも右手に持つ大鎌で殺されそうになっていた。千葉は何とか引き離そうと。悪魔の少女の左手を精一杯殴っていた。本来今すぐ助けなくてはならないのに、妙に体が重い。今回の悪魔の少女からは、今までで感じたことのない、殺意を空は感じていることに気が付いた。頭だけは妙に冷静だが。体は震えていた。震える理由もなんとなくだが分かった。怖いのだ。今回は逃げろと。魂が直接語りかけてくるようだった。千葉を助ければ間違いなく今度は空が狙われる。殺意が自分に向けられるのが怖い。今日の悪魔の少女は何があったのかわからないが。それほどの迫力があった。しかし、悪魔の少女にそんなことは関係なく、持っている大鎌が千葉の首をはねようと構えられた。それを止めようとした空だったが。体は前に行かなかった。「どうして!?」ハニエルが心配して空の目の前に寄ってくる。「どうしたの空?」もう時間がない、そう思った空は叫んだ。恐怖を振り払うように。そして、悪魔の少女に全力で体当たりをする。悪魔の少女の手から千葉は解放され、悪魔の少女は窓を突き破り、外へ吹き飛ばされていった。空は千葉にも見えるようになり、傍に駆け寄る。大丈夫かと声をかけると。千葉は助かったはずなのに青ざめ震えはじめる。もしやと思い千葉の見ている方を見ると。いつの間に戻ったのか。悪魔の少女が立っていた。空は急いで刀を作り、構えるが。一方の千葉は、狙われているのが分かっていて、じっとしている訳もなく。空に押し付けて逃げようと。玄関に走るが。「動くな!」変声期のような悪魔の少女の声が部屋に響き渡る。すると千葉は何を考えているのか。本当に止まってしまう。空は驚きながら千葉に言う。「ちょ、何してるんですか?早く逃げて!」すると千葉は、何とか口を動かし、空に伝える。「う、動けないんだ。た、助けて!」「そんな」「まさか魔声!?」驚く空の隣でハニエルが言う。ハニエルは空に魔声について簡潔に説明する。声に悪魔の力を込めることで、人を操ることができる。それを聞いた空は、集中した表情で、悪魔の少女を見る。こうなったら、千葉を逃がすよりも、悪魔の少女を他所に連れていった方がいいと判断した。そして、以前ハニエルが悪魔の少女が飛べないと話していたのを思い出し、空に連れていくことができれば、大人しくなるかもしれないと考えた。(ほんの一瞬。一瞬の隙さえあれば)何かないかと。考えていると。一つ空が閃いた。空はバレないように、なるべく表情を変えないで、口を使わずにハニエルに話しかける。(ハニエル、一瞬だけでいい。あの子の目を閉じることできないかな?)(何か考えがあるんだね)(今よりは多少ね)(わかった。合図したら部屋を眩しくするからね)(うん)ここで戦えば千葉も巻き添えになるかもしれない。そうなる前に、早く悪魔の少女を連れ出したかった。(空!いくよ!)そう言って、ハニエルが両手を叩くと。まるで映画とかで見た。閃光弾でも使ったかのように、辺りが光に包まれた。悪魔の少女が怯んだ隙を見て、すかさず空が。悪魔の少女の左手を掴み、空へ飛んで行く。凄いスピードで上昇し、雲の上まで来たところで止まる。抵抗されると思っていたが。悪魔の少女は、静かに風に揺られていた。「いきなりで悪いけど。あなたが飛べないことはわかっています。だから、話を聞いて」悪魔の少女は黙ったままだったが。空は話し続ける。「ねえどうして?どうして人を襲うの?」願いにも似たような気持で、空は悪魔の少女に問いかけるが。いつものように黙ったままだった。「やっぱり、話してくれ…ん?」下の方から悪魔の力を感じたので見ると。悪魔の少女のパートナーが。空に向かって飛んで来た。「おいこら!うちの相棒を話しやがれ!」雰囲気が近所の悪ガキ感があり、可愛いなどと思ったりした空だったが。「あなたは、肝心なことを忘れているわ」「え?がっは?」悪魔の少女が。空の脇腹に、蹴りを放った。そのせいで、悪魔の少女を掴んでいた手を離してしまう。「しまった!」「相棒ー!!」悪魔の少女を助けようとするも、先程蹴られた場所が痛み、すぐに動けない空。悪魔の少女でも、この高さから落ちればさすがにまずい、そう思っていた時だった。悪魔の少女が落ちていく方に、急に黒い光が発せられていた。その黒い光は空達の方に向かってくる。空達の目で止まると。黒い光が小さくなっていき、中から姿を現したのは。「嘘…」そう空が呟くと。漆黒の翼を広げ、空を飛ぶ悪魔の少女の姿が現れた。「あ、相棒。お前、翼」悪魔の言葉を聞いて、ハニエルの思っていたことは確信に変わった。(飛べなかったんだ。やっぱり!けどこの土壇場でできるようになったんだ。そんなことできるのは、空だけかと思っていたけど。厄介だ。ここにきて空と同等、いや、その上をいったかもしれない)もし人の命がかかっていなかったら、ハニエルは撤退したかった。コツ、力の使い方を理解したのはまずい。ただでさえ、向こうは頭がキレるイメージがある。コツをつかんだ以上、それを応用させたり、進化させることにも気が付くはず。しかも向こうは何があったか知らないが。今日は引く気がなく、空を倒す。いや、最悪殺すことすらあるのではないかとハニエルは心配する。そして悪魔の少女は大鎌を出し、空に襲い掛かる。空の刀と。悪魔の少女の大鎌が。勢いよくぶつかり、辺り一面に火花が散る。いつもと違い、もの凄い力で押される空。空は、このままでは、戦いの流れがそちらに行くと勘で感じたのか。腕に力を集中させ、悪魔の少女を吹き飛ばす。吹き飛ばされた悪魔の少女は、先程飛べるようになったというのに、翼と力をうまく使い、体勢を立て直す。吹き飛ばしただけでダメージはなく、空はすぐに反撃がくるとお思い、構える。一方のハニエルは、マイナス思考が止まることがなく。今日の空がとても頼りなく感じてしまう。そして、ハニエルが思っていたことが現実になってしまう。先程まで視界にいた悪魔の少女が一瞬で消えた。何処に行ったのかと辺りを探そうとした瞬間。「空後ろ!」ハニエルの声に咄嗟に反応し、その背後で大鎌を今にも振り下ろそうとしている悪魔の少女がいた。何とか回避した空は、混乱しそうな自分をなんとか保ち、ハニエルに聞く。「ハニエル見た!?あの子いきなり消えたよ。瞬間移動?」空の声から焦りや不安が伝わってくる。「落ち着いて空、どうやって空の後ろに移動したのはわからないけど。現れるタイミングならわかるよ」「え?本当!?」「うん。僕がくる方向を言うから、それで対応してみて」その言葉を聞いて、少し落ち着いたのか。空は刀を構える。すると。また二人の視界から消える悪魔の少女。そしてハニエルが叫んだ。「右!」「!!」空は大鎌を刀で防いだ。それから、先程のお返しといわんばかりに、悪魔の少女の脇腹に蹴る。吹き飛び体勢立て直すが。先程とは違い、効いているのか。蹴られた場所に手を置いた。「やった!でもどうしてわかったの?」ハニエルは、相手に聞かれるのを避けるために、声に出さずに説明した。(あの子が消えた後、空の後ろに見えない壁ができるんだよ。どうやっているのかはわからないけど。その壁ができた方向に必ず現れるから。そこだけ注意していればいけるはずだよ)これでどうにかなる。空もハニエルも、まだ自分と悪魔の少女に差はないと。どこかで慢心していた。これ以上なことは起きない、そんな気持ちが。悪魔の少女の進化に絶望することになる。また同じように、悪魔の少女が空達の前から姿を消す。「ハニエル!」「うん!…え?これって」「ハニエル?どうし」空が最後まで言い終る前に、ハニエルは叫ぶ!「空!急いでここからはなれて!」ハニエルの言葉に少し戸惑うも、ハニエルを信じすぐにこの場を離れようとした時。悪魔の少女が真正面にいきなり現れる。既にその場から離れる姿勢を取っていたので、間一髪、悪魔の少女の攻撃を避けることができた。距離を取り、空はハニエル聞く。「どうしたのハニエル?仕掛けはわかったんじゃないの?ハニ…エル?」ハニエルの方を向くと。今まで見たことのないような表情で、暗く俯いていた。「わかったつもりだったんだよ。けどあの子、この短時間でもう対応、いや、進化してきて」「進化?」「たぶん。攻撃パターンが悟られたと思ったあの子は、壁を一枚作るんじゃなくて、今度はそこら中に壁を配置したんだ。さっきまでならワンパターンだからよかったけど。そこら中の壁を使って反射されたら、何処から来るのか予想が付かない」「そんな…」空を不安にさせてしまったが。それ以上にハニエルは焦った。早すぎると。もはや今まで手加減してくれていたのかと錯覚するほどだった。スペックでは恐らく空の方が今も上なのだろうが。戦いの思考と技術で上をいかれ、その分野で空と大きく差をつけられてしまった。しかも相手は今もなお進化し続けている。たった一度対応しただけで、もう次の手を打ってきた。これ以上のことをやられると。こちらが対応できなくなる。そう思った途端、空達の前から姿を消す悪魔の少女。姿が消えた後、先程と同じく空の周りに、いくつもの壁が配置される。何処から来るのかわからない、空の刀を握る手が。自然と力が入る。そして、先程と同じく、空達の前に現れた。悪魔の少女が振り下ろした大鎌を、空は刀で防ぐと。辺りに火花が散った。防いでよかったと思うハニエルだったが。違和感を感じた。悪魔の力を三つ感じられていた。一つ目は今目の前にいる悪魔の少女。二つ目はパートナーの悪魔。そして三つめに感じているのは?「やられた!そうゆうことか!」空の方を見ると。悪魔の少女と戦っているので、口を使わずに話す。(空!やられたよ。急いでその子を斬って!)(ハニエル?そんなこと言っても、さすがに相手も人間だし)命まで奪うことはできない。そう言おうとするが。(違うんだ空!今空と戦っているのは偽物なんだ!本物はパートナーの悪魔と下に向かってるよ!)「そんな!おっと!」会話などお構いなしに、分身は空に襲いかかってくる。しかし、これが偽物というのならば、空から迷いは消えた。以前使った真空波を偽物めがけ放ち、それをわざと防がせた後、素早く背後に割り込み、偽物悪魔を真っ二つに斬った。まるでパンでも切ったような感覚で、蜃気楼でも見ていたかのように、偽物は消えた。そうして二人は、急いで千葉のアパートに向かった。その向かっている最中、空は今回の悪魔の少女の意気込みが。今までと違いすぎることが引っかかっていた。いつもならこのあたりで退くのに、今日は標的も、それに空も殺す気でかかってくる。それが不思議だった。そしてもう一つの謎、何故千葉なのか?そう思っていたのはハニエルも同じだったようで、ハニエルは冗談のつもりで空に言う。「もしかして、あの先生。悪魔の少女に何かしたのかな?なんてね」ハニエルは空の緊張をほぐそうと思って言ったのだろうが。空にとっては、欠けていたピースが埋まったような感覚だった。「ハニエルそれだよ!」「え?」「悪魔の少女の正体、わかったかも」千葉の部屋に戻ってくると。千葉はまだ動けないままで、悪魔の少女も、まだ殺す決心がついていないのか?千葉が目の前にいるのに、まだ殺してはいなかった。「やめてください」空の言葉に振り向く様子もなく、むしろ、大鎌を持っている右手に、力が入った気がした。それでも空は言い続ける。「もう終わりにしましょう。如月先輩」如月の名前を言った瞬間、まるで体が硬直したかのように、顔だけが空の方を向いた。その行動が。空にとって確信だと思う行動だった。「やっぱり、先輩だったんですね」それを聞いていた千葉は、自分の学校の、しかも嫌いな生徒だと知り、怒りが爆発し怒鳴り始める。千葉の声など届いておらず、悪魔の少女は、持っていた大鎌を地面に落とし、一歩、二歩と後ろに下がり始め。翼を広げ屋根を壊し、そのまま去っていった。空は悲しい表情で、見ているしかなかった。その後、ハニエルのおかげで、壊れたところ修復し、千葉の記憶から先程の事と。悪魔の少女に関することを消した。すべてが終わり、家に帰宅する二人。空は変身を解き、ベットに入ると。体はすぐ動かなくなり、瞼も重く、すぐに眠りにつけると思いきや。頭だけが冴えており、如月の事が頭から離れなかった。正体が分かった。だからといって、どうすることができるのか。わからない。しかし、頭はその答えを出そうと。勝手に動いているような、変な感覚だったが。意識がいつの間にかなくなっていた。翌日、教室の机に座り、如月の事を考える。とりあえず、休み時間にでも会いに行こうと考えていた。先生が教室にやってきて、ホームルームが始まると思っていたら。昨日病院で、如月が亡くなったと。皆に伝えられた。そして、偶然なのか。体育教師の千葉も、昨日自宅で亡くなっていたらしい。空の頭は真っ白になった。一方のハニエルは、空をおいて、急いでどこかに行ってしまう。二人も身近な人物が亡くなって、生徒達はざわつく。しかも話はまだあるようで、先生が生徒達を静かにさせる。どうやら、千葉の方は殺人事件らしく、警察が動いているため、テレビやらなんやらと関わるなよという話だった。一方、教室から出ていったハニエルは、まだ微かに残されていた悪魔の力をなんとか辿って行くと。「まさか。本当なのか?」ハニエルの行き着いた先は病院だった。後から知った話だと。如月は幼い頃体が弱かったらしく、よく入退院を繰り返していたらしい。高校生になってからは、安定してそういった事はなくなったらしいが。それでも体育などはできなかったらしい。そうだったからなのか。昨日如月は発作が起こり、そのまま病院に運ばれ、亡くなったらしい。そして、その病院に一緒に行ったのが海音だった。悪魔は如月だったのか。そうではなかったのか。今となってはわからないが。如月が亡くなってから、悪魔の少女が現れることはなかった。それから三カ月が過ぎた。季節は冬へと変わり、新年を迎え、冬休みも終わりを告げる。空は順調に天使の試練をクリアし、残るは後一人となっていた。悪魔の少女との戦いが。もうずっと前に感じる空。この三カ月で変わったことといえば、ハニエルが大分こっちに馴染んだことと。姉海音が。大学生になり、バイトを始めたこと。空も高校三年生になり、自分が何がしたいのかと悩んでいたことが懐かしく思えていた。ハニエルと契約してしまったので、もう考えなくなっていたが。空はこの三カ月、人との時間を大切にしてきた。如月が亡くなった影響なのか。家にいる時は、両親の近くにおり、どんな些細なことも話すようになったし、会話がなくても、隣にいる時間を作った。両親だけではなく、友人にもそうだった。真依やクラスの友人とも、休日に遊んだりした。時々ではあったが。空の人生は充実していた。今日まで、は。学校の校門前まで来ると。そこには人だかりができていた。中で何が起きているのか。気になった空は何とか人混みを避けながら前に進んでいくと。校門は閉められ、教師が三人立っており、生徒を入れないようにしていた。いやな予感がした空は、ハニエルに頼み、中の状況を見てきてもらうことにした。学校の中に入ったハニエルは、とりあえず目の前を通った警察の後を追って行くことに。すると当たりだったようで、警察人達が何人も集まっている教室の前までやって来る。ハニエルは中を覗くと。一驚し、同時に思った。こんなこと空に言えないと。教室の中は、血の海で広がっており、殺され方が様々な何十人の死体が転がっていた。これ以上ここにいたくないハニエルは、空のもとに帰ることにした。校門の方に戻ると。生徒達が散っており、空も学校を後にしていたので、空に近付いていく。空の話によると。校門にいた先生がスマホで話した後、生徒達を帰らしたらしい。ハニエルは納得し、中のことを話した。殺されていたショックで泣くというよりも、空の頭に一人の人物が過る。(悪魔の少女!?如月先輩が生きていたってこと?)(いや、それはないと思う)ハニエルは首を振る。(じゃあ、新しく悪魔が契約した?)(それも違うと思う。多分だけど。そもそも、如月さんじゃなかったんだと思う)そう言われた空は、引っかかることがあった。(でもハニエル、如月先輩の名前を出した時、向こうはあんなに動揺していたのに)ハニエルも、その事は既に考えたような話し方をする。(そうだね。僕も考えたんだけど。もしかしたらあれは演技で、悪魔の少女には時間が必要で、如月さんが死んだことを利用したのかもしれない。現に、三カ月の間はなにもなかったしね)相手が利用したというならば、まんまと罠にはまってしまった。悪魔の少女は完ぺきに如月だと思い、この三カ月自由にさせてしまった。が。相手は何のために時間が欲しかったのか?その間悪魔の力は当然使えない。使ったら存在がバレてしまうから。とりあえず、部屋で落ち着いて考えようと。家のドアを開け、家に入った瞬間。(空変身して!)驚きつつも、言われた通り天使化すると。何故ハニエルがそう言ったのか理解する。悪魔の力を感じる。この家から。何故、どうしてなどの疑問が止まらないが。恐る恐る、いざという時のために、刀を出し、茶の間の入り口一歩前で止まり、深呼吸する。(…いくよ!ハニエル!!)勢いよく刀を構え茶の間に入る空とハニエル。だが。その光景を見た空は、持っていた刀は床に落ち、絶望と共に、力なく床に座り込んでしまう。現実を頭は理解が追いつかないが。体はわかっているかのように、瞳からは涙がとめどなく出ていた。「そんな…なんで。どうして…」感情が出ていない表情で呟く空。声をかけてあげたいが。こんな光景を前に、どんな言葉をかけてあげればいいのかわからないハニエル。殺されていた。空の両親二人共。朝、いつものようにご飯を作り、優しく見送ってくれた母。いつもどうり会社に行った父。その二人の返り血が。テレビやテーブル、床にかかっていたが。そんな事を気にせずに、空は母に近付いていき、やっと悲しみの表情で、母を抱きしめた。しかし、泣くことすら許さないと言わんばかりに、外から悲鳴が聞こえはじめる。何事かと思い、急いで外に出るハニエル。すると。三カ月ぶりに見る悪魔の少女が。人々を襲っていた。しかも一人ではなく、大勢の同じ姿をした悪魔の少女が。恐らく、空との戦いで使っていた分身だろうが。あの時とは比べ物にならないほど質が高くなっており、見分け方が分からない。数も今感じているだけで、優に百を超えていた。悪魔の少女に捕まった人はその場で女子供関係なく、手当たり次第に容赦なく殺されていく。急いで空を呼ぼうとしたハニエルだが。すぐに止まった。はたして今の状態の空が。普通に戦えるかどうか。そう考えているハニエルの隣に、いつの間にか空が立っていた。「空?」その顔を見ると。悲しんでいる訳でも無く、怒っている訳でも無い。ただこの光景を見ている。まるで感情でも失ってしまったのかと思ったハニエルだったが。空は天使化し、あっという間に辺りの分身を倒していた。もう大丈夫なのかと違和感があったハニエルだが。分身をいくら倒しても無駄で、オリジナルの本体を止めないといけない。そう空に伝えるが。これだけの数の中から、本物を見分けるのは至難の業だった。ただでさえ、生み出された分身達に、オリジナルと違うところはなく、感じる力も区別が付かない。そんな時、ハニエルを見て空が閃いた。分身がどれだけ多く、質が高くなっても本体と特定できる方法、それはパートナーの存在。いくら分身に見分けがつかなくても、本体のそばには、悪魔がいるはず。ハニエルはすぐに、単独ではなく、二人で行動しているのを探す。数秒たった後。ハニエルが見つけ、空についてくるよう言い、二人は本体のもとに向かった。悪魔の少女がいた場所は、この町の中心のような、一番栄えていた場所にいた。悪魔の少女がやったのか?見慣れた風景はそこにはなく、建物は壊れ、車からは火が出ており、コンビニからは火災警報が鳴り続け、そして、至る所に人の死体。まるで災害、いや、戦争でも起きた後のようだった。そんなところに三か月前と同じように、平然と立っている。こいつはおかしい。目の前のやつは敵なのだと。自分に言う空。悪魔の少女が空の方を見る。空もまた。悪魔の少女を睨みつける。二人はお互いに向かって歩き始め、それが徐々に早さが上がっていく。あっという間人間が出せない速さに到達し、それと同じく、お互いが手の届く距離になろと。空と悪魔の少女は、お互いの顔面を狙って拳を出し、二人は次の瞬間、後ろに吹っ飛んでいた。二人は痛みはある筈なのだが。そんなこと気にもしないそぶりでお互い一瞬で間を詰め、戦いが始まった。空はジャブのように拳を出すが。全てかわされてしまう。タイミングを覚えられたのか。それとも予測なのか。悪魔の少女が一気に間合いを詰める。空はやばいと思い顔面を守るが。痛みは左脇腹から来た。悪魔の少女に蹴られていたが。痛みに耐え、左足が戻る前に掴んだ。空は悪魔の少女の顔面めがけ、拳を出すが。拳の先には何もなく。前の戦いの時の瞬間移動を思い出した空は、確認することなく前方に移動し、後ろを振り向いた。すると。そこには先程まで空がいた場所に、大鎌を振り下ろした悪魔の少女がいた。一方その戦いを見ていたハニエルは焦っていた。空と戦えばこちらに注意が向くので、分身を操れなくなる。そう思ったのだが。動きが鈍くなるのも、何体か消えた様子もない。ハニエルは自分の考えが甘かったと後悔する。もはや悪魔の少女は、分身を操る必要もなく、分身達は独立して動いていた。しかも不味い事に、分身がこちらに向かって何体かやって来るのを感じる。ハニエルは急いでその事を空に伝えるが。更に空が不利になるこの状況。打開策が見つからないハニエルは、歯がゆさを感じ、力の限り握っている手が開かなかった。空はハニエルが教えてくれたので、戦いながらもなんとか周囲を警戒する。すると。三体の分身を目視で確認し、仕掛けられる前に、こちらから仕掛けに行く。悪魔の少女の攻撃をかわし、そのまま翼を生やし、分身達の方へ飛ぶ。右手に刀を作り、それを持つ。一体目の分身がこちらに気づいたころには、体が真っ二つになっており、二体目は大鎌を振りかざした瞬間、胴体が離れていた。三体目は後からやってきて、大鎌を構え、空に突っ込んでくる。空は刀の刃が下になるように持ち替え、そのまま槍投げのように、分身に向かって投げ、刀は分身を貫いた。これでやってきた分身は全員倒したが。空はすかさず右手に力を集中させ、後ろを振り向き、誰もいない目の前に拳を突き出すと。突然現れた悪魔の少女の顔面に当たり、渾身の力で殴られた悪魔の少女は、川で遊ぶ水切りの石のように吹っ飛んで行った。息を整えながら、空は悪魔の少女に近付いていく。アスファルトに何ヵ所か穴ができ、一番大きく、深いところに悪魔の少女は倒れていた。空はそれをじっと見ていると。空の名前を呼びながら、ハニエルがやってきた。ハニエルはすごいと空に言いながら、何故、悪魔の少女があそこに現れるのが分かったのか。空に尋ねる。空は、恐らく悪魔の少女は視界の外からの攻撃が本命で、それ以外は全部囮。勝負どころでは、必ず後ろから攻撃してくるだろうと。空は考えていたらしい。気絶もしているし、空の攻撃が相当聞いているようだと。ハニエルは喜ぶ。だが空は、真剣な表情のまま、悪魔の少女見ていた。もう意識が回復したのか。指がピクリと動いた後、悪魔の少女は頭を抱えたまま、ゆっくりと立ち上がった。見つめ合う両者。すると。空の攻撃に耐えられなかったのか。悪魔の少女の仮面に亀裂が入り、それが少しづつ広がっていく。仮面が割れ、破片が地面に落ちる。悪魔の少女の素顔が露になり、ハニエルは驚愕する。空は予想していたのか。驚くことはなかったが。とても悲しい表情をしていた。そしてゆっくりと。口を開いた。「やっぱり、あなただったんですね…お姉ちゃん」海音の目がゆっくりと開き、少し笑いながら口を開いた。「その口ぶりからすると。私が悪魔だってわかっていたようね。いつから?私何かミスをしたかしら」海音だというのがいまだに信じられない、信じたくないのか。空は悲しそうなまま答える。「気が付いたのは、ついさっき。お姉ちゃんが倒れている時。疑問に思ったの、お父さん、お母さんが死んでいるのに、お姉ちゃんの死体だけなかった」「ほかのところで死んでいるかもしれないのに?」「それも考えたよ。けど。お姉ちゃんの戦い方には特徴があったから」海音の眉がピクリと動き、自分の行動を思い出しているかのようだった。「お姉ちゃんの戦いは理にかなった事をする。言葉でどういったらいいのかわからないけど。思い返してみたら、お姉ちゃんらしさって言えばいいのかな。お姉ちゃんは、ミスや説明できない行動は大っ嫌いだから。後は、事件がこの周辺で起きていたこと。残りは、勘。かな」勘、その言葉を聞いた海音は目を丸くする。「勘?フッ、フッフ」海音は小さく笑った後、こらえきれずに笑い始める。「まさかそんなことで推理されるとは思はなかったわ。しかも最後は勘とはね。大正解よ。名探偵空君。どう?今まで戦ってきた相手が姉だとわかった感想は」それは、今まで見たことがない。悪魔のように笑う大好きだった姉の表情。今目の前にいるのは、本当は姉ではないと思いたくなったが。今自分がやるべきことを、空は見失っていなかった。「もうやめようお姉ちゃん。今すぐ分身を止めて」「止める?止めてどうするの?」「こんなことに意味なんかないよ!あと何人殺せば気が済むの!?」空は精一杯海音に訴えるが。海音の口元がにやりと笑う。「意味?意味ねえ。私からすれば、人間が生きている意味の方が無いわ。こんな腐った生物、いなくなった方が地球のためよ!」人をこれだけ殺しておいて、まだ続ける気の海音に、空怒った。「日本中の人間を殺す気!?どこまでやれば気が済むの!?」海音に対して、ここまで声を荒げるのは初めての空。しかし、海音はなんとも思わないような笑いを見せる。「満足?それはあなたが言ったじゃない。他人を思いやることもできず。ルールやマナーなどなんとも思わない人間を皆殺しにすれば満足するわ!まあ、それで一人も残らなかったとしても、大満足だわ!」空は握りこぶしを作り小さく言う。「させない」そして今度は、海音の正面を向き、言い放つ。「そんなこと。そんなことさせないよ!」「そう、空はこんな世界で満足しているの?いえ、いまのは撤回するわ。あなたと私では、住んでいる世界が違うもの」空は海音が何を言っているのかわからなかった。わかる気もなかった。「これ以上は話しても無駄なようね」「そう、みたいだね」今の海音といくら話しても無駄だと感じた空は、刀を作り、構える。海音も同じく、大鎌を新たに右手に作り、それを握った。空と海音は、これが最後だと感じたからか。いつか思った事が。頭の中で思い出されていた。(私は、姉が大好きだ。時にきついことも言うが。それは相手のためを思って言っていることも知っている)自分が思っている以上に、刀を握る手が力が入ってしまう空。(私は妹のことを好敵手としてみている。同じ分野で戦う訳ではないが。それでも、勝ちたいと思っている)海音は思い出しながら大鎌を構えた。(本当は優しいのに、無理をして泣いているのも知っている。だから!)空の体が無意識に、瞳から少し涙を流す。(自分とは違い、世界の中心で光り輝いている奴が。私の気持ちなんかわかるわけがない!だから)歯が折れるのではないかと思うくらい。歯を食いしばる。(私はあなたを止める!)空は顔を左右に振り、涙を振り払った。(あんたなんかに負けられない!!)海音は足元に力を入れ、一瞬で空との間合いを詰め、大鎌お振り下ろす。空よりも先に動き、海音が有利かと思いきや、空は計算の内だったようで、ためていた力を開放し、こちらも刀を振り落ろす。お互いの渾身の力がぶつかり、先程と話比べ物にならない衝撃が建物をついに倒壊させ、車は吹き飛んだ。そんな中、空と海音の攻防が恐ろしいスピードで繰り返される。二人の武器が人間を超えたスピードでぶつかり合うため、常にあたりに火花が舞う。一瞬、たった一回でもミスをすれば終わる。そうなると空の方が断然有利と考えた海音が先に仕掛ける。一旦距離を取って上に飛ぶ。そこから、と思っていたのだが。予測、反応なのかわからないが。海音が離れた距離を一瞬で詰める空。しまったと思った時には、腹部を蹴られ、ビル五、六個に穴をあけ止まったと思ったら、ビルが倒壊し、がれきが落ち下敷きになる海音。空の力を感じ、近づいてくるのを感じた海音。やはり空の方が上手だということを再認識した海音は、分身全員をここに集めることを決意する。海音のところに向かっていた空の前に、海音の分身達が山のように襲ってくる。それをなんとか躱しつつ、何とか一体を斬るも、一体を斬ったところで状況は変わらず。また距離を取り、攻撃をかわす作業が始まってしまった。(これじゃらちが明かない。やるしかない!)大きく息を吸った後、空は集中力を最大まで高める。逃げることを辞め、逆に分身達の方へ突っ込んでいく。分身達が攻撃をする一瞬、その隙をついて一体ずつ確実に仕留めていく。時間はかかるが着実に分身達の数が減っていく。(集中、集中、集中)途中までは数を数えていたのだが。そんな事をするより、もっと早く、もっと早い対応を。そう自分に言い聞かせる。そんな時、当たり前のように分身だと思って切った相手が左腕で防ぎ、腕から血が流れるのを見た空は、驚き、止まってしまう。仮面が下から消えていき、海音がにやりと笑う。「出血を見せたかったから、かなり力を落としたけど。普通に痛いわね」海音は持っていた大鎌で空の右腕めがけ大鎌を振り下ろす。空は姉の出血を見て動揺してしまったのか。反応が少し遅れ、右腕を深く斬られてしまう。痛みがあるため、自由に動かせなくなった右腕から、刀を左腕に持ち替える空。(これで少しは大人しくなってくれるかしら。空の利き腕、右腕は黙らせた。力を使っても回復には時間がかかる筈。こちらも左腕を負傷したけど。向こうより回復が早いは…)ふと空の方を向くと。その視線が自分の左腕だと気づいた海音は、考えを変えた。(いえ、これは思った以上に聞いたようね)海音は大鎌を構えると。一瞬で空の目の前へ移動し、激しい連撃で攻める。しかし、利き腕ではないものの、海音の攻撃を全て防ぐ空。左腕一本でここまでやるのかと感心する。一方の空は余裕など全くなく、突破口が見えないでいた。(やりにくい、早く右手を治さないと)そう思った時、海音の血が流れる左腕が目に入る。(おねいちゃん腕、大丈夫かな)ほんの一瞬、空が目線を外したことを、海音が見逃さなかった。(視線をそらした!)体の回転を利用し、大鎌を空めがけて投げる。隙をつかれた空は避けられず。刀で防ぐが。利き手ではないということもあり、刀を離してしまう。「しまった!」離してしまった刀を目で追ってしまい。再び海音の方を向くと。海音の姿はそこになく。何処にと思った瞬間に、顎に激痛が走る。海音のアッパーが決まり、空中に浮く空。これを好機と見た海音は、渾身の力で空の顔面めがけ、右拳を突き出す。いくつもの建物を貫通し、どのくらい飛ばされたかもわからない。アスファルトの道路には大きな穴が開き、倒れている空の上に海音がまたがり、場所など構わず殴り始める。「あんたなんかに!私の気持ちなんか!」声を荒げながら殴られる空の体は、地面に徐々に大きな穴をあけ沈んでいく。「姉妹なのに!住んでいる世界が違いすぎるんだから!!」体へのダメージよりも、精神のダメージの方が大きく。海音がこんな事を思っていたのかと。ショックだった。悪魔のような非道。そうなってしまったのは、少なからず自分も関係あるのならば。このまま姉に殺されるのも仕方がないのかなと。思い始めてしまう。容赦なく殴られ続け、次第に意識が遠のいていく。そんな時、頭の中で誰かが呼んでいるような気がした。(ハニ、エル?)(よかった。空頑張って!)(頑張る?自分が頑張ったから姉を傷つけたのに?ならもう頑張る意味なんて)そう思い目お閉じようとした時。(皆殺されちゃうよ!君の大切な人だって!)(大切な、人)ハニエルに言われ、両親のことが頭を過った。悲しいが。自分には他にも大切に思う人たちがいる事を思い出す。光を失っていた空の目が生き返り、海音を睨みつける。「フッ、まだそんな目を」そう言いかけた海音の顔面を怪我をしていた右腕で掴み、地面に叩きつける。海音が空の腕を見ると。傷が塞がり、あれだけ殴った顔の傷も、治っていた。(まさか!一瞬で治したというの!?)「だあぁぁ!」空は叫びながら海音の頭をものすごいスピードで地面を引きずった後、急停止し、空中に海音を放り投げる。そして、海音が体勢を立て直す前に、背後に回り込み、今までとは比べ物にならない力で蹴り飛ばす。海音はまた吹き飛び、空がまた回り込んで蹴り飛ばす。それは繰り返され、スピードも上がっていき、何度蹴られたのかわからなくなった時、海音は地面に吹き飛ばされやっと地獄のような攻撃が終わった。あまりのダメージのせいで体を動かすことができず。やっとの思いで顔を動かすと。空が目の前に立っていた。海音に刀を向け。「終わりだよ。お姉ちゃん」「どうやら、そのようね」海音は観念したのか。体を動かし、仰向けになる。空と目を合わせずに、何処かを見ながら答えた。「分身達に人を襲うことを止めさせて、そして」「そして?」「罪を償おう。私も手伝うから!」空は涙を流しながら海音に言った。こんなことをしても、やはり姉にトドメを刺すことが出来ず。大好きだった姉に戻ってほしいと思ってしまっていた。「きっと力を合わせれば、元どうりにできるよ!」海音は何も言わずに、黙って空の言うことを聞いていた。すると。「…ら」「へ?」海音が体を起こそうとするが。ダメージのせいで上手く立ち上がれなかったので空が手を貸し、ゆっくり立ち上がらせた。「空…」海音の表情から戦う意思は感じられず。わかってくれたのかと喜び刀を消す空だったが。「私の勝ちよ!!」悪魔のような笑み、いや。悪魔が笑っていた。「よかったわ。あなたが私の思っているとうりの空でいてくれて。どうやら、分身達に本気になってくれたようね」「どうゆうこと!?」「今まで気が付かなかった?空がこんなにも暗いことに」海音に言われ、上を見ると。快晴だった空は真っ黒な雲に覆われ、今にも雨が降りそうな天気に変わっていた。「お姉ちゃん、いったい何を!?」「この街全体に雨を降らすの。ただし、ただの雨じゃなく、死の雨だけどね」「死の雨?まさか毒!?」「簡単に言えばそう。水は毒水に変わり、植物は育たず、人は勿論、鳥も動物も生きていけなくなる」「そんな…」空だけではなく、ハニエルも今気が付く、分身が人を襲ったのは注意をひきつけるため。海音の手の上でまんまと踊らされてしまい。ハニエルはがっくりと肩を落とす。「やられた。助ける事と戦うことに集中してしまい、空が黒くなっていることに全く気が付かなかった」空は姉を鋭く睨むと。再び刀を突き付けた。「今すぐ止めて!」「無理ね!止める理由がないわ!それとも私を殺す?いいわねそれが正解よ!!」海音は笑いながら空の刀の刃の部分を持ち、自分の心臓を狙わせるように、左手で持って行く。「やってみなさいよ!あなたにとっては幸せな世界ですものね。あなたを悪く言う人なんていないし、あなたが望めばなんだってできる。あなたが言えば誰だっていうことを聞くわ!そりゃ壊されたくないでしょうよ!!」最初は笑って言っていた表情が。後半の方は、表情だけでなく、言葉にも怒りを感じた。「そんなことない!私だって望んだって出来ないことはある!」「それは真剣に思っていないからよ!じゃあ聞くけど。どうして壊してはいけないの?」「そんなのわかりきってる!命を簡単に奪ってはいけないからだよ!」空の言葉を聞いて、無邪気に笑い始める海音。「ふっふふ。そうよね。優しい優しい空ちゃん。でも残念だけど」海音は冷たい目をしながら、口元だけにっこりと笑った。「私はこれを人殺しだと思っていない。たんなるゴミ掃除、そう、部屋の掃除をするくらいにしか思ってないわ」「ゴミ、掃除…」頭では悪魔ということを理解しているが。体が動揺して、一歩二歩と。足が後ろに下がってしまう。そんな時、空の隣にハニエルがやって来る。「空ー!」「ハニエル?どうしよう!このままだと街が!」「わかってる。わかってるけど…」「ハニエル?」ハニエルは空から目線をそらし、悔しそうに握り拳を作っていた。「正直、僕らは時間を使いすぎた。あの雲をどうこうしている時間は…ない」「そんな…」しかし、ハニエルの話には続きがあった。「いや、まだ方法は、ある。悪魔を、空の…お姉さんを、殺す」「冗談、だよね?こんな、時に」空は精一杯の作り笑いをしながら、ハニエルを見るが。ハニエルは俯き、目を合わせない。「…ごめん」そんな二人のやり取りを見て、笑い始める海音。「あっはは!わかってるじゃない!あなたのパートナー。その天使の言うとうり、どうしても止めたいのなら、私を殺すしかないわ」海音は覚悟があるのか?それとも圧をかけているのか?空を睨みつける。「そんな…そんなこと」顔を左右に振りながら、後ろに下がり、海音から離れる空。できないと思っているからなのか。空の刀が消えてしまう。もう止めるにはこの方法しかないと。空の隣で言うハニエル。そんな二人を、どうするのかと。不敵に笑いながら見ている海音。しかし、まるで子供のように、できないと言いながら座り込んでしまう空。ただただ時間だけが過ぎていき、ハニエルもあきらめかけたその時。海音が大きなため息をついた。「はー。残念だわ空。所詮、あなたが救いたいなんて気持ちなんて…」すると海音は、大鎌を作り、戦意喪失している空達を襲うのかと思いきや。自分の腹に、大鎌を突き刺した。「これ、思った以上にいた…かはっ!」口から吐血し、腹からはとめどなく血が流れる。たまらず心配して空は海音に近付く。「何してるのお姉ちゃん!なんでこんな」海音を抱きかかえ、悲しい表情の空。そんな空を見ても、笑い続ける海音。「最後になると思うから。全部話すけど。あなたが最初に助けたあの女」「え?」「あの女は、私が退学にした男の彼女だったみたいでね。その仕返しで襲われて、その時に悪魔と出会って、契約をした」「あの先輩が」気が付けば涙を流し、これだけの事をした海音を心配している空がいた。「そうよ。それから、あなたよりも先に悪魔になった私には、天使になった人間は、最初からあなたということも初めから知っていた。悪魔にはなったけど。今までどうり、普通に暮らそうと思っていた。あの時までは」海音はまた吐血し、苦しそうなのに話を止めない。「陸上部の私が襲った女、あの子はね。あなたを恨んでいてね。あなたのジャージを切っていたの」「へ?」空の表情が固まる。「福浦は、生徒と関係を持っていて、結婚するなって脅されて、だから腕を斬られた」空はなにも言えなかったが。ハニエルが口を開いた。「そんな馬鹿な!福浦先生の記憶を見たけど。君が腕を斬っていたよ!」「当然よ。あの頃はまだ。世界に憎しみはなかったから、私のせいにした記憶にしたんだもの」それを聞いたハニエルは、あの時の違和感を思い出した。(そうか!あの時感じていた力は傷口からではなく、記憶の方だったのか!)あの時詳しく調べなかったことを、ハニエルは悔やんだ。「そして千葉、あのクソ野郎は!シズが体の弱いことを知っているのに煽って運動させ、殺したのよ」海音は、視界が少しぼやけてきたが。空の表情だけは手に取るように分かった。(自分が助けた人間にこんな裏があるとは、なんて思っているでしょう?畳みかけるなら今か…)海音は、力の入らなくなってきた体を、何とか起こした。「どう?これがあなたの知らない世界の裏側。自分の救ってきたのがそんな人達だと知った気持ちはいかが?夢の国からようこそ現実の世界へ。気持ちよかったでしょね。正しいことをしている正義の味方ごっこは」空の表情が少しづつ曇っていき。それと同時に、海音の足が少しずつ消えて、黒い粒子になっていく。それを見た海音は、まるで他人事のように笑っていた。「フッ、どうりで血も出なくなってきたと思ったら」次第に、足だけではなく、胴体、腕、頭が少しずつ消えていった。「そろそろお別れのようね。あの世があったらまた会いましょう。勿論、姉妹ではなく他人としてね!フッフ、あっはは!」そう言いながら、海音は消えていった。最後まで自分が好きだった姉の面影がないまま、空の心に深い傷を残して。海音が消えたことにより、感じていた相棒の悪魔の反応も消えた。海音の死体がないので、死んだという言葉がただしいのか。今の空にはわからない。空はゆっくりと顔を上げると。上を向き、海音が作った雲をじっと見ていた。大好きだった姉が目の前で死に、なんて声をかければいいのかわからなかったハニエルだが。まだ終わっていないと。空に言う。「空!まだ終わっていないよ!あの雲をなんとかしなくちゃ!」そうハニエルが言うが。空は反応しない。そんな二人を笑うように、海音が残した死の雨が。遂に降り始めた。「降ってきた!空!空…?」涙なのか?それとも雨なのか?空がハニエルの方を向き、ハニエルは言葉に詰まる。「ハニエル…私…馬鹿だから。間違ってたのかな?正しかったのは、やっぱり、お姉ちゃんだったのかな?」そんなことない!と即答してあげたかったが。今の空に何と言えばいいのかわからない。そんなハニエルを見て、空は小さく笑う。「そうだよね。こんなこと言われても、困っちゃうよね。ごめんね。本当にごめんなさい」そう言うと。空は刀を出し、自らの心臓を刺した。「空!?」ハニエルが慌てて近づくが。海音の時とは違い、心臓を刺した空は既に半分以上が消えかかっており、消える速さが異なっていた。ハニエルは何度も空の名前を叫ぶが。空の意識が回復する訳がなく。空の体はあっという間に消えてしまった。契約者がいなくなったことにより、ハニエルの体も次第に薄くなっていく。空を死なせてしまったのは、自分が契約を頼んだからだと後悔しているハニエルに、追い打ちをかけるように、海音の雨の効果が出てくる。まだ生きている人達の苦痛の叫びが聞こえ始め、植物、木などが雨に当たった所から枯れ始める。その他にも、鳥や、昆虫なども生きている生物は、苦しみながらバタバタと死んでいく。そんな光景を見ながら、何もできないのが悔しくて、ただ消えることしかできないことに怒りを感じていた。顔を上げると。既にそこは先程の地獄みたいな光景ではなく、真っ白な、何もない、見知った空間にいた。辺りを見渡していると。目の前に大きな光が現れる。「帰ったかハニエル」「お久しぶりです。天使長様」戻ってきたハニエルの姿はキツネネではなく、光の球体に戻っていた。それなのに、体があった癖で、頭を下げようとしてしまう。天使長、この天界で二番目に偉い存在。「結果から言えば、試験は失敗のようだな」「…はい」この世界では当たり前だった。感情がこもっていない声が。今のハニエルには違和感でしかなかった。「話はそれだけだ。もう下がってよいぞ」(それだけ?)話が済み、去ろうとしている天使長を呼び止める。「天使長様!」「ん?何だ?」「お願いがあります」「うむ。申してみよ」「今回、私と契約した人間を、天使として甦らせてほしいのです!彼女は、達成宣言こそしませんでしたが。既に試験を達成していました」「…」「ですからお願いです!どうか彼女を生き返らせてください!」しばらくの沈黙の後、天使長は言葉を発した。「それは駄目だ」「どうして!?失礼しました!それはどうしてでしょうか?」つい声を荒げそうになるも、自分を押さえ、聞き直すハニエル。「ハニエル、お前にもわかっている筈だ。我々天使にとって、自らの手で命を落とすのは最大の罪だと」言われてからそのことを思い出したハニエルは、悔しそうに何も言えなくなってしまう。「それとハニエル。お前の再試験は、罰として今から百年後とする」「罰!?私が?」身に覚えがないハニエルは、天使長に身を乗り出して聞き返す。「忘れたのか?お前は悪魔が作った雨を消すために、殺す提案をしたろう。悪魔と契約していたが。天使であるものが。殺す提案をするなど。あってはならないことだ」「そんな!大勢の人を殺したのにですか!?」納得がいかないハニエルは声を荒げてしまうが。その程度で考えが変わる天使長ではなかった。「そうだ。お前と契約した少女、空といったか。試験の人数を達成し、体だけでなく、心も天使になりかけていたのに自害とは。お前もついていなかったな、ハニエル。話は以上だ」天使長はそう言うと。その場から消えた。真っ白で何もない部屋には、納得ができないハニエルだけが残った。ハニエルは悔しかった。空の事を何も知らないのにあの言いよう。それと。何も言い返せない自分が。(空の心。肉体が変化していったことはわかっていた。以前の空ならと。そう感じることも後半は多かった。空、君は気が付いていたのかい?僕は最後まで、君に言うことはできなかったよ)ハニエルは後悔しつつ、上を見る。「空、僕らは正しいかい?納得できないよ。こんなの…」一方、目を開けると。真っ暗な世界に一人立っていた。不思議なことに、自分の周りはくっきりと見える。「ここは?」「どうやら無事復活できたようだな」「!?」男?のような渋く、威圧感がある声がした。声がした方を振り返ると。そこには玉座のような巨大な椅子に腰を掛ける人型の何かがいた。見た目は悪魔、もしくは化け物という言葉がふさわしく。大きさは映画に出てくる怪獣のようだった。敵なのか。味方なのかわからず警戒していると。「まあ落ち着け。体に異常はあるか?」まるで警戒している犬でも宥めるように、右腕を前に出し、上下に揺らす。それでも睨み続ける海音。玉座に座った者は、少し考えた後に。「ふむ。ならば私よりも、こっちの方が話しやすいかな」そう言って指を鳴らすと。海音の背後から足音が聞こえてくる。薄暗いところから姿が露になると。大型犬の二十倍くらいの、薄紫色の毛並みをした。犬のようなのが現れる。こんなの目の前に現れて、警戒するななんて、そう思っていると。「オイラをそう睨むな海音。相棒だろ?」「オイラ?相棒って、まさかケルベロス?」姿だけでなく、声まで変わってしまったので驚く海音。「ああ。これが本来のオイラの姿だからな」子供のような愛くるし声だったのに、大人の男性のような声になって困惑するが。ケルベロスに会ったことで、徐々に理解する。「三つの頭ではないのね。あなたがいるという事は、ここは魔界?」ケルベロスと会えたことで少し安心したのか。少し笑いながら冗談を言う。「ああ。そして、あのお方がお前を復活させた」ケルベロスは玉座の方を向くと。頭を下げた。「まだ名乗っていなかったな。私はベルゼブブ。初めまして、中里海音」「ベルゼブブ!?悪魔の中で上位の存在の?」呼び捨てにした海音に、慌てて注意をするケルベロス。「おい!様をつけろ!」「よい、ケルベロス」余裕なのか。それとも上級悪魔の寛大さなのか。海音はずっと疑問だったことを尋ねる。「聞いてもよろしいでしょうか?ベルゼブブ様」「何かな?」「何故私を復活させたのでしょうか?戦いには敗れ、契約達成宣言もしていない、そんな私を」そんな海音の質問に、ベルゼブブは笑って答える。「ハハ、そんな事か。私が君を気に入ったからさ。私はね。君を妃にと考えているんだ。この魔界で、はたして君と同じようにできる悪魔がはたして何人いるか。海音、君の覚悟、思考、行動。そして妹空との戦い。私は数千万年ぶりに感動したよ」急にそんな事を言われ、驚く海音。「私を、ですか?」「ああ。君が望むものなんでも与えよう。富、地位、力。どうだろう?後は君次第だ。考えてくれないか?」人間だった時ではなく、やっと自分にも運が回ってきた。断る理由など。どこにもない。しかし、海音は返事をする前に、聞かなくてはならないことがあった。「失礼ですが。その前に聞きたいことがございます。いも、いえ。天使と契約した人間。あの後どうしましたか?」「天使?ああ、あれなら自害したが。それがどうかしたか?」その話を聞き、俯いてしまう海音。さすがに妹が死んで悲しいのかと思いきや、海音が顔を上げると。不気味に、美しく、満足そうに笑っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シエル・エメール 翡翠ヨシキ @HisuiYosiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ