第2話 神様との出会い

 ──ボンボン


(……あれ? 寝ていた?)


 肩を叩かれたみたいだ。ゆっくりと上体を起こす。地面にひれ伏すように倒れていたみたいだ。

 気絶していたのかもしれない。

 視界は、真っ暗闇だったのだけど、ゆっくりと瞼を開けると、明るい光が眼に飛び込んで来た。

 その光は、とても優しい光だった。眩しくもなく、温かいとさえ感じる。

 そして、私の肩を叩いた人と目が合った。


「大丈夫ですか?」


「あ……。すいません。気分が悪くなり座ったまでは覚えていたのですが。え~と。すいません、すいません。混乱しているようです。それで、ここは、病院ですか? 救急車で運ばれたの……、かな?」


「う~ん。病院ではないですね。それとも病院に見えますか?」


 周囲を見渡す。

 何もない空間だった。ただただ白い。

 上空を見上げるけど、何もない。何処だろう、ここは……。私の知識にはない空間だった。


「……病院ではなさそうですね。それで、ここは何処でしょうか?」


「あの世とこの世の狭間になります」


「……」


 推測する。

 まず、目の前の人だけど、女性だ。服装は中世を思わせる。ただし、ドレスではない。

 いや、これは人ではないな。細部に違和感を感じる。

 シミや皺一つない顔、黄金比を思わせる体系……。

 仕草一つ取っても、洗練された動きなのが伺える。線の細い体系だけど、筋力が違う。

 私くらいであれば、簡単に拘束できると思える筋力が感じ取れる。しなやかな筋肉の動きと、重心の安定……。武術の達人?

 目の前の存在と、今いる空間。それと先ほどの言葉……。


「私は死亡したのでしょうか?」


「そうなります」


 崩れ落ちてしまった。全身の力が抜けた感じだ。

 努力はした。それだけは言える人生だったけど、最後というのは突然やって来るものなんだな。

 まあ、誰しもが通る道なのだ。

 悲観してもなにも変わらない。

 心残りがあるとすれば、最後の研究データを纏められなかったくらいか。

 一つため息を吐いて、再度向き直す。


「……分かりました。それでは、次は閻魔大王様の裁判でしょうか? 宗教には疎くて、死後の世界というのは、良く知らないのです」


「……随分と諦めが早いのですね。数分で自分の死を受け入れられる人は、そう多くはないですよ?」


 そういうものなのかな?

 まあ、私は奇人変人の類なんだろうな。


「前世になるのかな? とりあえず、全力で生きました。後悔も未練もありますが、充実はしていたと思います。つまらない終わり方なのかもしれないですが、まあ今は、満足しています」


 ここで、目の前の存在の表情が曇った。


「……随分な自己満足ですね。それと、周囲を見なかった人の言葉ですね」


「周囲ですか? 親兄弟という意味ですか? まあ、心配はかけたかもしれません。ですが、迷惑はかけていないと思います」


「……最低です」


 酷い言われようだ。でも、反論はしない。

 私の人生だったのだ。両親が自営業を営んでいるのであれば、継いでいただろう。

 だけど、父親は公務員だった。

 それに、兄もいる。

 私は恵まれた環境だったとは思う。それで、好きに生きられた。

 自ら険しい道を選んで、右往左往しただけの人生かもしれないけど、他人にとやかく言われる筋合いはない。


「あの……、次はなにがあるのでしょうか?」


「話題を逸らしましたね。まあ、良いです。それで、頼みごとがあり、此処に来て貰いました」


 頼みごと? 予想外だ。 推測する……。死後に頼み事ってなんだ?

 何も思い当たる節がないぞ。


「……一応、伺います。引き受けるかどうかは別としてください」


「現在、私の管轄する世界は、混乱の最中にあります。そこで、あなたには、〈勇者〉となり世界を平和に導いて欲しいのです」


 なんですかそれは? 勇者? ロールプレイングゲーム?

 世界を救え――ですか?

 頭痛くなって来た。


「無理です。他の人に頼んでください。いえ、まず人を選んでくださいよ。人選は重要ですよ?」


「こんな願いを、誰彼構わず出すと思いますか? あなただからできることもあるのです。少し自覚を持ってください!」


 目の前の存在は、なにを言っているんだろうか?


「……こんな初老のしょぼい独身男に、なにを願うと言うのですか?」


「それならば、若い肉体を与えましょう」


「えっ?」


 次の瞬間に、全身の感覚が変わったのを感じた。

 自分の手を見る。

 薬品で負った怪我が消えていた。

 そして、瑞々しい皮膚……。

 驚愕の表情で、目の前の存在を見る。

 そこには、鏡がすでに用意されていた。私の行動は読まれているみたいだ。いや、思考を読んでいる?


 その鏡の中には、20歳前後の男性が写っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る