夢破れた研究者は、異世界でも研究がしたい

信仙夜祭

第1話 第一章プロローグ

「……今回の論文も、査読さどくは通らなかった。君との契約は今期限りとさせて貰う」


 部屋に呼ばれて、開口一番最も言われたくないことを、目の前の男性に言われた。

 査読さどくとは、研究者仲間や同分野の専門家による評価や検証の事だ。

 これが通らないと、学術雑誌に投稿すらできない。

 いや、出せなくもないけど、一生残ってしまうので、昨今は特に厳しい。

 間違った考察や社会的に批判されそうなことを投稿してしまうと、社会的に終わることもある。


「……そうですか。短い期間でしたが、ありがとうございました」


「着眼点は良いと思うのだが、検証方法と結果が突拍子もないと言わざるをえない。こんな小さな研究所で、数百億円の科研費が下りる事はありえないのだよ。君も分かっているだろう?」


 科研費とは、科学研究費補助金の略だ。簡単に言えば税金だな。

 その後、軽い雑談をしてから、一礼して部屋から出た。


「ふう~。ここもダメだったか」


 部屋から出て、ドアを閉めたら、ため息が出た。

 今回もダメだったか。まあ、専門分野外の研究内容だったし。論文も手応えがなかったから、妥当かな……。


 歩きながら、今までの人生を振り返る。

 28歳で博士の資格を取り、その後は研究に邁進する人生になるはずだった。

 だけど、始めに所属していた大学を二年で追い出されてから、迷走が始まった。

 ポストドクターとなり、色々な研究所や大学に履歴書を送った。

 専門分野外の研究テーマを与えられて一から勉強をし直す。そして、期間契約終了の繰り返し。

 知人、友人、縁故。全て頼っての研究者人生。

 だけど、結果が出なかった。 気が付くと、十五年以上が経過していた。


 結婚もできなかった。

 当たり前だ。数年単位で移動を繰り返しているのだし。それに、無職になる期間も多い。

 海外で生活したこともあったな。

 出会いがなかったと言えば、嘘になる。ただ、勇気が出なかっただけとしか言えない。

 リスクをできる限り排除した人生……。それが、結果のない人生へと繋がったのだろう。


 同期の研究者は、ある大学で助教授から教授になったと連絡が来た。

 会いたくなかったので、祝いの席には出席しなかったけど、とても羨ましい。


 あと数ヵ月で、また無職だ。そして、履歴書との格闘の日々が始まる……。

 重い足を無理やり動かし、自分の席に戻った。





「どうだった?」


 自分の席に着くと、隣の席の研究者に聞かれた。


「……ダメだったよ。今期限りだそうだ」


「そうか。まあ、来年は俺も同じになりそうだけど、頑張って次行こうぜ!」


 笑顔で、バシバシと叩いて来た。

 この人は、境遇は私と同じなのだけど、悲観はしていない。

 結婚もしていて、子供もいる。なんと言うか……、人生を楽しんでいる感じだ。

 この笑顔の裏には、悲壮感がある……、と思う。でも私と違い、そんな感情は微塵も見せない。

 一回り程度年下だけど、尊敬できる人だな。

 心底思ってしまう。


(こういう人に成功して貰いたいな……)


 さて、悲観に暮れていても時間の無駄だ。

 二年程度だけど、給料も頂いた。博士の資格があるので、それなりに高い。

 私の研究を引き継ぐ人はいないけど、後で日の目を見ることもある……、かもしれない。

 この二年間の纏めに取りかかろう。





 気が付くと、23時だった。

 昨今は、残業時間にも厳しい。まあ、私は固定給なので残業しようが、しまいが変わらないのだけどね。

 私には、集中すると周りが見えなくなる癖がある。

 猪突猛進……。一人で作業に没頭する仕事が好きなんだけど、協調性がゼロと言っても良い。

 歩調を合わせての仕事となると、浮いてしまう。

 良く白い眼で見られたな……。


 無駄な考察を終えて、帰り支度を行い、帰路に着く。

 まだ残っている人もいるので、セキュリティー対策をお願いをして研究所を後にした。


 コンビニで、半額のお弁当を購入してアパートへ向かう。

 ここで、気が付いた。


「アパートの更新手数料は、どうしようかな……」


 退所とアパートの更新の月が重なってしまった。二年分の更新料を支払うか否か。それよりも、次の住む場所も決まっていない。

 数年前にトラブルになったことがある。

 頭をガリガリと掻く。


「……不動産屋に、正直に話に行くか」


 ダメだと言われたら、別な不動産屋を当たろう。無職でも部屋を貸してくれるところもある。

 後、しなければならないこと……。


 ──ゴン


 痛い! 考え事に夢中になり過ぎて、電柱に頭突きをしてしまった。

 その場に座りこむ。

 かなりクラクラ来ている。ここ最近の不眠症と、精神的な不安定さも重なっているのかもしれない。


「ダメだ。立っていられない」


 電柱を背にして、腰を下ろした。

 手足に力が入らずに、頭がフワフワしている。

 呼吸も荒く、脂汗が出て来た。動悸も激しい。

 交感神経が過剰に働いているのかな。もしくは、脳震盪……。


『周りに誰もいないし、少し休んでも良いよな』


 そう思って、そっと意識を沈めた。

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