第14話
生活の基盤を固めて、基礎的なトレーニングや、家の中でできる勉強をメインに行っていた数ヶ月だったけど、やっと春の訪れを感じることができる。
暖かな日差しに、少し肌寒い空気。悪くない。
気がつけば年を越していた。忙しさに忙殺されていたと言うのもあったけど、この世界には年越しって概念があまりないらしい。
あまりと言うのも貴族とか、もっと街中に行けばそういう、ハッピーニューイヤー! 的なイベントもあるらしいけど、しがない寒村にとってはそんな余裕もないとのことだ。何よりもババアが面倒くさいとぼやいていた。
真新しい皮の装備を一式身に纏ったルーカスを連れて森の中に入る。
今日は森の様子見を兼ねた、実地研修みたいなもんだ。体力や身体作りにも冬の間に確認できたし、基礎的な下地は問題ない。あとは森に慣れていくだけだ。
マーロさんのようなスパルタ形式もあるが、どうも俺には教える立場になっても合わないような感じだ。
「獲物がいる!」
「ダメだ、今日は様子見だって言っただろ。それにあのコットの体を見てみろ痩せてるだろ」
なんでダメなんだと不満げにしている。事前に教えたし、今痩せてるって言ったよね?
「いいか、春になったばかりだと冬眠だったり、餌不足で獲物も基本痩せている。今食べても美味くないんだよ」
「狩りの練習としてはいいんじゃないのかよ」
「俺達は食べるために獲物を得るんだ。お前があのコットを残さず食べて、品質の悪い皮まで有効活用できるなら止めない」
美味くないとわかっているせいか押し黙ってしまう。
「狩人は森と生きる。遊びで殺せばそれだけ個体数も減って最終的には自分を苦しめることにもつながる。この厳しい世界にいる以上、弱肉強食ではあるけど、遊びで無駄に失わせていい命なんてないんだ」
俺の話を半分は聞いてくれたのだろうか、渋々承諾してくれた。
マーロさんだったらもっと綺麗に強気でまとめるんだろうけど。ババアにはも言われるが異世界の知識や価値観がある分、俺の考え方は優しすぎでダメだと言われたことはあった。
世話焼きのババアには言われたくないセリフではあるけどな。
森の状況を確認しながら、どのくらいついてこれるか、獲物を確認できるか一緒に回ってみたが、生意気なガキではるがルーカスには俺にはない才能があるようで、あんこに頼らなければ見つけらないような獲物を見つけたり、俺について回るのも問題がなかった。
弓の練習についても非凡なものがあり、これならもう卒業試験を実施しても問題なだろうか?
いや、生じ才能があるだけに慢心が見える。狩りというのは一つのミスで命を落とす、これを伝えるためには一度ボコボコにでもすればいいだろうか? ババアかマーロさんであればそうするだろうけど、うーん、才能を持つものは才能を持たないもの気持ちがわからないように、逆も然りだー、才能がない俺にはいまいちルーカスの気持ちがわからない。
「どーすればいいと思いますマーロさん」
「ボコボコにすればいいだろうが、どっちが上かはっきりさせるのは大事なことだ」
ババアに素材を届けにきていたマーロさんと木剣を使った訓練をしながら相談をしてみたが、考えた通りの解答だった。
「アルデン、お前は自分がこうやって痛めつけられるのは構わないと思っているようだが、それを他人にすることに躊躇している。人としては間違ってはいないと思うし、お前らしい考えだとも思う。だがな、それ相応の覚悟がないと人を教えることも、救うこともできないぞ」
「救うだなんて大層なことは考えてませんよ」
「誰かが、自分が襲われた時に剣を抜けるか?」
「もちろんですよ。それでアークスカイだって狩ったじゃないですか。俺はやればできる子なんですよ!」
「相手が人間でもか?」
人間。この世界は俺のいた世界とは違い、人の命は軽く、人が人を殺すことに忌避感がないわけでないが、とても低い。
「痛ってええぇぇ」
「ぼーっとしてるからだ」
「兄弟子! ルーカスが!」
エレナが息を切らせて走ってきた。着衣に乱れがある、誰か、いやルーカスに襲われでもしたのだろうか。
「どうした? まずは息を整えて、着衣の乱れをだ−−」
「−−ルーカスが一人で森の中に行っちゃって!」
おいおい、今日は休養日ではあるけど勝手に森の中に入っていいだなんて許可した覚えがないぞ。
「ルーカスが我慢できないって言い出して、一人前にもなっていないのにこんなことをしたらダメって話してたら、だったら一人前になったらいいのかって、獲物を一人で狩ってくるって」
「あのバカが」
「そのバカをバカたらしめたの誰だろうな?」
マーロさんは手厳しい、そうですね俺ですよ。
「あんこ、頼む!」
俺が大声であんこを呼ぶと、散歩ですか? という勢いで喜んで家から駆け出しできた。
可愛いけど、今はそんな場合ではない。春になって森は落ち着きをまだ取り戻していない、普段はお口にいる魔物も餌を求めて浅いところまで出ることだってあるはずだ。
弓と矢、ナタを用意して、あんこにルーカスを探してくれるようにお願いすると、ついてきてと言わんばかりに走り出して、こちらを振り返る。
「エレナはここにいろ。マーロさん、エレナと師匠をお願いします」
「あいよ」
「兄弟子……お願いします」
「任せろ、こっちには探し物の天才、あんこがいるんだ」
あんこ頼りなところが実に俺らしく締まっていない。
ダックスフンドは足が短く、小型なこともあって中型の犬と比べても人間が走る速度と大きく違いはなかったが、異世界で召喚された我が愛犬は三味くらいスピードも違う。
十分ほど全力疾走すると、獲物とルーカスを発見した。
黒い巨体、三メートルはあるだろうか。実物を見るのは初めてだ、ナイトクロウラだったか。簡単に言ってしまえば巨大な熊だ。
本来はこんな浅い場所にいる存在ではない、餌を求めて雪が溶けるのが早いこっちに来たのか。
悪いニュースがいくつかある。子連れということと、ルーカスの右肩が大きく抉れ、ナイトクロウラの口もに血が滴っている。人間の味を覚えたか。
魔物というのは全員人を食べるのが大好きということはない、人間なんて面倒な相手だが、成功体験と味を覚えてしまえば、間違いなく人の匂いをたどって村に向かってしまう。
ルーカスを助けて終わりではなく、この巨大な熊を討伐しなければならないミッションに移行されることになった。
おいおい、魔道具化した矢、持ってきてないぞ?
ストームブリーズだけで矢が通るだろうか。ナタはあるけど、あの巨体と接近戦だなんて冗談じゃないぞ?
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