第2話

 あのクソババア。何が天才魔術師だ、雑用ばっかり押し付けやがって。

 この家に来て二週間は経過したのに来る日も来る日も、掃除に洗濯、食事の用意だ。充実感もあるせいなのか、仕事に忙殺されているからなのか、死にたいとか、ネガティブなことは考えなくなってきた。

 衣食住が保障されてるのと、ここには米文化があるので米が食べれられるのだ! 口に合った食事を食べれていることもポイントが大きいのかもしれない。


 ババアは天才と自信満々にいうだけあって、家の中には城でもみたことがなかった魔道具、簡単に言えば家電が多くあった。炊飯器もどきに、コンロなど、それもこれも婆さんが自作したとのことなので驚きである。この知識があれば一儲けできるかもしれないぞ。


「言っておくけど、どれも一品物で複製は難しいよ。私の師匠ならともかく、天才でもない奴には再現するのは難しいからね」


 だから俺の心が読めるのかこの婆さんは。


「顔に出過ぎなんだよ」


 マジかよ、さーせん。クソババアとか言ってるのもまさか? なんか首を傾げてるし、これは問題ないか。

 

「その手の使い心地はどうだい?」

「凄いですよ。俺の世界にもここまで精巧な義手はないと思います」


 俺がババアの言うことを大人しく聞いているのにもいくつかの理由がある。その内の一つがこの手袋型の義手だ。

 多少魔力を使用するらしく、ずっと付けておくことはできないがこれがあれば生活に困ることは少ない。自分が思った通りに動いてくれる素晴らしい義手だ。

 触った感覚が伝わりにくかったり、魔力を込めすぎると力で出過ぎたりと、最初は調整が難しかったけど、今では問題なく家事に専念できる。いやいや、家事に専念してどうすんねんって話ではあるんだけどさ。

 ただ大人しく言うことを聞いていれば義手の作成方法や手入れの方法を教えてくれると言うので、言われるがまま仕事をこなしている。


「ふん、少しは仕事ができるようになってきたじゃないか。今日は特別に師匠らしいことをしてやろうかね」

「師匠! よろしくお願いします!」


 いつ俺が弟子入りしたいですなんて言ったんだよ。


「生意気な目をしているね」

「可愛らしい目と自負してるであります!」

「馬鹿言うんじゃないよ。あんたから知りたいことはあるのかい、アルデン」


 アルデン、この婆さんが俺に付けてくれた名前だ。もう前の名前を名乗る気にもなれないので、新しく名前をババアからもらった。最近やっとしっくりくるようにはなってきた。


「文字とこの世界の成り立ち、歴史などが知りたいであります!」

「ふん、いきなり魔法を教えてくれという馬鹿なことを言い始めると思ったけど、意外に慎重だね」


 城にいた期間は1ヶ月もなかったが、文字の読み書きが途中なのと、あのやべー国で教わった歴史が歪んでいる可能性もある。整合性の確認をするのにこのババアからも歴史など習っておきたい。

 婆さんの腕まわりに黒い霧、モヤのようなものが現れる。黒いモヤからノートと万年筆のようなペン、本が数冊現れる。

 

「師匠! それは収納魔法ってのですか?」

「そうだよ」


 城でも見たことがなかった。城でも使える人はいるらしいけど、俺達の教師役だった人は使えなかった。

 教師役をするくらいだ、そこそこ優秀なはずだがその人曰く、一握りの魔法使いしか使えないと聞いている。

 と、言うことはだ。このババアは優秀な魔法使いであることは間違いないということが実際に確認できた。いつもゴロゴロして、本を読んだり薬草いじったりしてるだけのババアかと思ったけど、自称ではなく本当の天才なのか?


「まずは文字からだね」

「はい! よろしくお願いします師匠!」

「あんた卑屈な性格してると言われないか?」

「長いものには巻かれに巻かれろが座右の銘です!」

「まぁいいさ」


 基礎的な書き取りから始まり、実際に絵本のような本から文字を勉強していく。

 言葉のやり取りだけは、召喚の特典で最初からできるけど、文字が読めないと困ることは非常に多い。

 長い物に巻かれながら、頑張ってまずは生活するための基礎を固めるぞ!


★★★


 炊事洗濯を午前中に済ませて、昼食後には勉強を繰り返す生活が続く。

 徐々に読み書きができるようになってきた。まだまだ不完全ではあるが、読み書きの時間を減らして地理や歴史の勉強もしていく。

 前の国、城にいた時に教わったのは、この国は偉大なる王が収めており、豊かな土地を狙って日々敵国と戦っている。

 平和な世界を守るために戦う必要があり、戦力として俺達を召喚した。この聖戦に力を貸してほしいという話ではあった。

 あとは基本的にこの国がいかに偉大な王によって統治されているとかの自慢話がほとんどで、正直胡散臭いとは思っていた。平和な国という話はクラスの連中もそこまで信じてはおらず、俺と同じく胡散臭いとは言っていた。

 それでもいわゆる勇者の待遇はよく、金や女、屋敷にメイドなど不自由無い生活を提供してくれていたので、別に歴史とかどうでもいいし、この待遇ならここで働けばよくね? みたいな倫理観を失った連中も少なからずいた。

 俺はビビリというわけではないが、紳士であるからして、あてがわれた女性やメイドに手を出したことはなかった。

 決して引き返せなくなりそうとか、度胸がないとか、葉月がいる手前カッコつけていたとかでは無い!


「まずは今いる大陸についてだね。大きさを考えなければ二十を超える国がある。これは大まかではあるけど地図だよ」


 なんかオーストラリアみたいな形だな。

 

「シルヴァス大陸、大まかに分けると大国が二つ、四つの中規模の国があり、残りは地図にも乗らない小国や部族などが自分の土地と主張しているね」


 地図をメモしながら指で刺された大まかな位置も念のためにメモしておく。

 ちなみにだが、ババアがくれたこの万年筆だが実に高性能で自分の魔力でメモができて、書いた内容も特殊なインクを使用しないと自分以外には見えないという優れものだ。

 ババアに対する不満とかも日記として堂々と残しておくことができる!


「アルデン、あんたがいたのがヴェルガリア帝国という大国だね。武力に極振りしているような軍事国家の代表で、今いる国は中規模に該当するアルヴィオン公国だよ。まぁ、中規模の中では一番小さい国家だね」


 俺は東にある大国から流れてきたのか。

 この国は大陸中央より、帝国から見れば左下に位置している。ちなみに俺がいる場所は公国の中では帝国よりの辺境に位置する小さな村のようだ。村ってこの家以外、周りで見たことないんだけど周辺にあるのか?

 森林地帯で村の位置も特定がしずらく、普通に帝国から歩いて目指そうとしても難しい村であるとのことだ。俺はよくこの村にこれたな。

 薄れた記憶の中で、ひたすら先を歩くあんこのお尻を思い出せるので、彼女のお陰なのかもしれない。


 この国の左はすぐにもう一つの大国ではなく、小国がいくつかあり、それを挟んで大陸の左上を大きく覆うようにしてソルティア連邦という大国がある。

 行く機会があるのかはわからないけど、メモメモっと。あとは主要な中規模国家のレクチャーを受けて簡単に地理のお勉強が終了となった。


 この国についての歴史関連について少し質問をする。

 公国って王国の少し小さい版で、公爵が元首なんだっけか? 


「ちなみに今いる公国って安全なんですか?」

「どこかしらとの国と小競り合いはあったりするけどね。国内の治安は安定しているね」

「元首とか重要な人がいれば教えてほしいのですが」

「元首はアデリン・シルヴァーレイン大公という、今は人族の女性だね。私らがいる村はハーフエルフであるブレイズ辺境伯が治めている」


 ハーフエルフ! 異世界っぽいな! 人族? 以外見たことがなかったんだよなぁ。

 前いた国、城の中で獣人とかドワーフとか見たことなかったし。


「前いた国では見たことなかったんですが、人族以外っていっぱいいるんですか?」

「国によるね。帝国なんかは人族至上主義だから、城なんかには入れたりしないだろうさ。公国では多くの種族が暮らしているよ」

「へー、そうなんですね。近くの村にもいるんですか?」

「いるよ」

「行ってみたいです、お師匠様!」

「調子がいい男だね」


 大きくキセルを吸うと煙を吐き出し、一息つく。


「まだダメだね」


 まだということはいずればいいのだろうか?

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