第5話

 結局、カオルは戻らないままお昼休みが終わり午後の授業が始まった。私は授業が始まっても戻らないカオルを心配しながら、愛里と一緒に授業を受けた。

 授業と終礼が終わって、委員会活動の時間になった。愛理は入会届を出しに職員室に向かった。私たちはあとで、図書室の前で合流することにしていた。

 私はぼんやりと、愛理に借りた本を鞄に入れて、図書室に向かおうとして教室を出た。その時、教室の入口でカオルと鉢合わせた。

「あ、カオル。よかった、心配してたんだよ。大丈夫なの、どこ行ってたの」

「おお」

 カオルはいつもと少し様子が違った。私の言葉にも生返事だし、どこかぼおっとしている。ゾンビみたいな感じでふらふら歩きながらすれ違うカオルの背中に私は声をかけた。

「ねえ大丈夫なの、なにか変だよ。どっかしんどいとこあるんじゃないの。保健室一緒に行こうか」

 私がたまらず尋ねると、カオルは大きくため息をついて振り返った。

「今保健室から戻って来たとこだよ」

「やっぱり、体調が悪いんだ。大丈夫、何かあった」

 カオルは困ったような顔をすると、気だるげに答えた。

「あれだよ、あれ。わかるだろ」

 あれ、と言われて私はようやく意味が分かった。途端に自分の軽率さを呪った。

「あ、ごめん。つい」

「いや、気にすんなって。薬ももらったし。帰って寝るわ」

 じゃあな、と言いながらカオルは鞄を持って教室から出て行った。私はカオルの背中を黙って見送った。

 カオルは数年前、ある注射を受けた。それは小学校高学年から中学生くらいになると、大体半分の子が受けるものだった。その注射にはナノマシンという、すごく小さな機械が入っているらしい。それは、月に一回くらいの周期でホルモンバランスをかき乱す機械だった。それの活動が活発になると、注射を打たれた人は体調が悪くなって、吐きそうになったり、下半身から血が出たり、イライラしたり、すっごくお腹が減ったり、色々な症状がでた。人によって症状の程度はばらばらで、比較的軽い人もいれば、重い人もいる。そういう注射だった。

 カオルは軽い方だって言ってたから、うっかりしてた。私は注射こそされてないけれど、そのつらさはとてもよく知っていた。

 しょんぼりしながら私は図書室に向かった。ドアの前には鍵を手に私を待つ愛理がいた。愛理は私を見て、なにかあったの、と聞いてくれたが大丈夫と言って、図書室の扉を開けた。

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