完璧な貴女を見ています
彼女はクラスの人気者。彼女には同じく人気者の彼氏がいて、いつも二人は仲睦まじそうに歩いてる。僕はそんな彼女を見ている。いつも見ている。
今日も僕は彼女を見つめる。綺麗な艶のある長い黒髪、スタイルが良くて足が長くて、休みの日にはよくカフェに行ったりなんかしてて。どれだけ遊んでいても宿題は絶対に期限を守って提出するし、勉強も運動も人以上にできる。あと兄一人、妹が二人いて兄妹思いだったり、家族仲は良好で年に一回旅行に行ってたり。やっぱり完璧な人だなあと思う。
しかも彼氏とのデートは月二回内訳はショッピングか散歩、健全かつ仲の良さが伺える。お風呂はおよそ一時間半、マッサージやスキンケアも忘れず行いあの整った顔を維持しているのだ。それと寝るときの寝相も綺麗で、時々怖い夢を見たらしい妹たちが布団に潜り込んでくることもある。なんて平和でかわいらしい家族なんだろう。さすがとしか言いようがない。
僕はそんな彼女のことが密かに好きだ。でも釣り合うわけがない。人気者の彼女と陰キャな僕、しかも向こうは彼氏持ちだ。無理がある。だからずっと見ているだけで、行動することなんて絶対にできない。今までもそうだった。僕は僕のことを絶対好きにならないような完璧な人を好きになっては冷めて、を繰り返していた。
でも彼女は違う。日常生活のどれをとっても完璧で、非難するところなんて一つもない。みんなに愛される人気者そのものだ。ようやく理想の人に出会えた。
今日は珍しくそんな彼女が放課後の教室に残っている。彼氏もいる。他には誰一人いなくて、彼らの話す声だけが教室の中に響いた。僕は珍しくそれをリアルタイムで見ることができていたのだ。ただどうやら内容はあまりよろしくない。痴話げんかだ。彼女がそういうものをするようなタイプには思えないが、どうやら彼氏側が浮気をしていたらしい。なんとまあ残念だな。そんな彼氏に対して彼女は声を荒げる。珍しい。まあでも浮気をされたら誰だってそのくらい怒るか。彼氏にも反省の色はなさそうだ。
僕はバレないように外から音を聞いているだけ。彼女がどんな表情をしているかというのは家に帰ってから確認してみるつもりなのだ。人間、欲張りすぎてはいけないものだしな。うん。そうは思いつつも中が気になって仕方がない。ちょっとくらいなら覗いたっていいんじゃないか? それに映っていなかったりするからな、こういうときに限って。うん、そうだ、覗こう。バレないように。
と、決断した時教室で大きな音がした。急いで扉の隙間から中を覗こうとする。いや、ダメだ。ここの扉は硬いし絶対に音が出る。バレたらとんでもないことになる、という理性だけは僕にもあった。もう少し待とう、ゆっくり開ければ音は出ないはずだ。……しばらくして音が落ち着いた。静かになる。何も聞こえない。よし、ゆっくり開けようと意気込んで手をかけたら思ったよりも力が入って、がたりと大きな音と共に扉が数センチ開く。
「――――あ」
隙間から覗く光景。彼女は彼氏の首を締めていた。物音に気付いたのか、僕を真っ青になりながら見ている。彼氏はもう動かない。
「……は?」
なんだよ、お前完璧じゃなかったのかよ。思わず声が出た。ふざけるな。僕はお前が完璧で、僕の理想に沿った素晴らしい人間だと思ってずっと見てきたんだ。僕がお前に払ったお金、いくらだと思ってるんだよ。カメラやマイク、馬鹿にならない機材費、それが今全部無駄になった!
あーあ、やっぱりこの世の中に完璧な人間なんていないのかなあ。完璧な人じゃないとだめなんだ。そうじゃないと愛せない。だけれどそうだと愛されない。愛されなくていいんだ、愛したいだけだから。なのに、せっかく愛せた人が完璧じゃなかった。最悪だ。僕に見る目がなかったんだな。いや、違う、こいつが悪いんだ。こいつが急に豹変したから。そんなとんでもないやつだったのにこれまでよく隠してきたな、僕は、僕は、ずっとずっとお前を見ていたのに!
扉を全部開けたあと僕は女を思いっきり蹴倒して気が済むまで殴ってやった。拳が痛くなるほどに殴った。気が付けば顔がわからないほどになっていて、ああ、やってしまったなあと思った。顔は良かったのに、もうそれもだめだな。首を絞めるくらいにしておけばよかった。そうすればまだ使いようはあったのに。まあいいか。完璧じゃないってわかった上にもう死んだし。あーあ、いないのかなあ、ほんとうに完璧な人って。
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