粗大ゴミの廃棄法
ここに一つの大きなゴミがあります。なんの使い道もありません。ただ邪魔なだけの廃棄物です。
それは、私でした。
教室の空気は正直言ってまずい。息苦しい。それでも居なきゃいけないというのは苦痛でしかない。でも、この時間さえ耐えてしまえば放課後になる。私はこのクラスを構成する一人の女子生徒だ。ほんの少しだけ浮いている、普通の高校生。だけれど私は他のみんなとは違って無能だ。
なにもわからない。
大して勉強もできないし、運動もできない。愛嬌もないし、人との接し方もわからない。どうして今自分がここにいるのか、それさえも知らない。考える気もない。先生の授業は左から右へと頭を通り過ぎて何一つ身につかない。早く帰りたかった。わからないものはつまらないに決まっている。
陽の光が眩しい窓際の席。眠くても日差しで目が覚めてしまう。することもなくてちらりとななめ前の方に座る人を見る。私が唯一話せる相手。
彼は眠そうというか半分寝ていた。こくりこくりとその頭が動く。あ、そろそろ危ないぞ、なんて心の中で実況をつけてみた。息苦しさが少し和らいだ。気がした。そんな彼だってテストでは高得点で周りからも慕われているすごい人なのだ。よく寝てるけど。私とは大違いだ。
私には友達がいない。彼ですら友達だと思えていない。たぶん、一人ぼっちの私を哀れんで話しかけてくれたんだろうなあなんて思っている。
だってなんにも取り柄がない。私と話すメリットなんてない。死んだほうがいい人間なんだ、私なんて。きっとそうなったほうが楽。毎日そう考えてる。なのにあなたが私に笑顔を向けてくれるから。
いつの間にか私には彼が魅力的に見えていて、でもそんな自分が嫌だった。率直に言うのなら、釣り合わなすぎる、って思う。
クラスで馴染めなくて一人ぼっちだった私に声をかけてくれた。笑いかけてくれた。私の呼吸を、楽にしてくれた。そんな人。だからこそ、嫌だ。だって彼は私よりもずっと優しくてすごい人だから。
私なんかが会話を交わしていい人なんだろうか? 本当は嫌がられてたりとか、するんじゃないか。そんな猜疑心が頭をぐるぐると巡った。
彼の向けてくれる笑顔が、本当に嬉しくて、怖かった。
――――いつしか私は『自分は粗大ゴミだ』なんて思うようになっていた。リサイクルもできないし処分にお金もかかるタイプの面倒なやつ。
彼はそんな私を処理するための準備をしているんだ、と考えるようにすると気が楽だった。そうすれば彼が私に近付いてくるのもそのためなんだって思って、疑わなくて済む。
だんだん私の思考は極端になっていった。彼に首を絞められる。首を深く切られる。プールに沈められる。そんな風に殺されたいなあなんて、おかしなことを想像するようになった。
今だってそう。どんなフィクションよりも残酷だって構わない。清々しく笑って、「あー、いい仕事したわ」って。そのまま私を廃棄してほしい。
彼はそんな猟奇的な人じゃない。それは分かってるんだけど。
大好きな人に殺されるなんて、なんて幸せなんだろう。結ばれなくたっていい。記憶に残らなくたっていい。ただ私の最後の記憶が彼だというのはなんとも、言葉で表すのは難しいような満足感があるだろうと思う。
これはきっと恋と呼ぶもので、それ以外の何物でもない、はず。少なくとも愛ではないんだろうなあ。彼と一緒にいると苦しいだけでちっとも幸せなんかじゃないから。
斜め前のあなたが、ぴくりと動いた。起きたのかな、なんて考えながら私はまた妄想に沈む。
ぐさり。脳内で私が刺される。いつものように殺される。彼は爽やかな笑顔で私を罵倒して去っていく。
……あれ? なぜだろうか。現実でも鋭い痛みを感じた。手元がじりじりと熱を持つ。
ふと見ると、そこには深く突き刺さったハサミの刃があった。ゆっくりと引き抜くとだらだらと血が流れ、まっさらなノートを赤く濡らしていく。どうして、こんな?
私はいつの間に、自分で自分の手を刺していたらしい。それに気付いた周りの子達は授業中だというのにも関わらず慌てて私に駆け寄ってきた。
痛い。
死ぬときはもっと、痛い?
ああ、よかった。
私はきっとその瞬間を楽しみにして生きていられる。
いつかあなたに処分されるそのときが来ますように。
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