ずっとあなたを探してる
真っ暗な部屋、肌寒い空気とともに俺は目覚めた。ここは、どこだ?
学校から帰る途中だったはずだ。なのにどうして、こんなところに。暗くて周りが全く見えない。小さく、どこからか雨の音がする。日が差し込まないのを見ると窓がないのか、夜中みたいだ。
きぃ、と何か耳障りな音がした。それとともに淡い光が目に入る。明かりだろうか。扉が開いたのか、誰かの影が見える。静かな足音が俺に迫ってきた。
「シュウくん」
ほんの少しかすれた女子の声。聞き覚えがない。身体を動かそうとしたその時、俺はようやく自分が椅子のようなものに縛り付けられていることに気がついた。後ろ手を縛られ身動きが取れない。
「あ、ごめんね、暗くて怖いよねぇ、シュウくん暗いの苦手だもんね」
その影は俺にだんだんと近付き、耳元でそう言った。女子特有の甘い香り。その髪が俺の肌をくすぐる。
「ちょっと待ってね」
柔らかな指が頬をそっと撫で、影が離れる。俺は混乱でなにもできずにいた。だって俺は、誰にだって「シュウくん」なんて呼ばれたことがない。女子ならなおさらだ。
そもそも、ここはどこなんだ? 彼女は……誰なんだ?
ぱち、ぱち、と音を立て古そうな豆電球が強烈な光を放った。暗闇に慣れた瞳には刺激が大きい。俺は思わずぎゅっと目を瞑った。
「えへへ……シュウくんが戻ってきてくれてよかった」
そこにいたのはなんの変哲もないただの女子学生だった。制服を着て、ただそこに立っている。だけどどこか様子がおかしい。俺の顔を見ているようで見ていない。本当に見ているのは俺じゃなく、意識は別のところを向いているんだ。
「もういなくなったりしちゃだめだからね?」
にっこりとその顔に笑みを貼り付け彼女はそう言う。その顔にも見覚えはなかった。声を出そうとした。出ない。いつの間にか身体が震えていた。まだ猟奇殺人犯みたいなやつの方がマシだろう。こんな普通そうな女子が。俺をこんなところに閉じ込める、なんて。
「どうしたの、シュウくん? 返事して」
俺の方をじっと見つめて、言う。その瞳は虚空を見つめている。いや、やっぱり……普通なんかじゃない。なんとかここから逃げ出さなきゃいけない。まず、俺はその「シュウくん」じゃないって伝えないと。
「だ……誰だ」
必死に絞り出した一言は震えてがたがただった。その瞬間、彼女の表情が変わった。友人を見るようなにこやかなものが、急に他人に対するものになったように。
「……ニセモノなの?」
低い声だった。怒気を含んだ冷たさを感じる態度。俺は、間違えたんだ。否定するべきじゃなかったのか? 俺がシュウくんだ、なんて言って騙せばよかったのか?
「ねえシュウくん、シュウくんだよね? 違うの? ねえ応えて」
俺に迫り、勢いよく椅子ごと揺さぶる。頭がぐらぐらと揺れ思考力を失った。……もう、こんな状況になってる時点でそんなものないのかもしれない。
「……そうだよ」
今度は認めてみた。もうどうにでもなれ。どうすればいいんだよ。きつく縛られて身動きも取れず。見たところ扉は彼女の後ろにある一つだけだ。逃げようったって到底無理だろう。
「そっか、シュウくん……やっと……」
彼女は俺に顔を近付け、そのまま……。
「嘘つき」
そう囁いた。
「この嘘つき、シュウくんのニセモノ!! 消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ」
壊れたように彼女は叫び続ける。どこからか包丁を取り出し、思い切り振りかざして……俺の身体に突き刺した。
「嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき」
何度も、何度も、俺が死ぬまで、いや、死んでも刺し続けた。
……俺の名前は、周平だ。
「シュウくん……ぜったいあたしが見つけてあげる……だから……もどってきて……」
肉塊を処理し終えた少女はまだ探し続ける。今はもういない少年を。修也という名の、彼女が初めて手にかけた人を。
雨によって頬に張り付いた髪を耳にかけ直し、また少女は彼を探し始めた。
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