嘲り笑え



「ああ、君は実に馬鹿だね。そんなもの容易く考えられるエンディングのうちの一つでしかないだろう? 何故そこまで感情を動かす? エネルギーの無駄遣いだとは思わないのかね。


 世の中というものは全てそうだ、簡単に予想できる事象に対して過剰に反応し自らの考えを主張して批評する。考えれば分かるだろう、そのくらいのことは。考えていないだけなのだろう? ああ、すまないね。不機嫌にさせてしまったかな? 人間というものは図星を突かれると反射的に警戒心と不快感を得るものだから仕方がないことだ。そんなに睨まないでくれよ。私は真実を述べているだけに過ぎないのだからね。




 さて本題だ。君は【こちら側】に興味はないかい? ふむ、まるで意味が分からないとでも言いたげな顔だね。説明しても君に伝わるとは到底思えないけれど、一応は試してみようか。君はこの本を――――本と言える程の物かは怪しいところだけれども――――手に取った。その時点から始まっていたのだよ。そして終わっていた。君は【こちら側】に来る運命であるのだから。行動を起こした時点で、結果というものは殆ど予想できるものだろう?


 ……分からないか。やはり人とコミュニケーションを図るというのは何度やっても慣れないものだ、この世の事象の中でも五本指に入る程の難易度だろうね。特に自分と大幅に思考回路の異なる人間となるとどうしていいか悩むものだよ。




 うむ、一人語りばかりしていてすまないね。退屈になってきたかい? それとも何が起こるのかと思考を巡らせているかな? それならあまり心配しなくて大丈夫だ。君に起こることは危険なことでもなんでもなく、ただこの本を開いた時点で、この小説――――形式上は小説であるためそう呼ばせてもらう――――のタイトルを目にした時点で決まっていた事象なのだよ。


 いったい何が起こるのか? ふむ、野暮なことを訊きたがるものだね。そういったものこそ考えない方がよいものだと思わないのかい? 真理というものは知らない方がロマンがあるというものだ。無駄なことばかり思考して大切なことは蚊帳の外なんて、さすがにどうかと思うけれども。




 【こちら側】とは何か、とでも訊きたそうな顔をしているね。そうだな、答えないことで君が不信感と恐怖感を覚えるのは言うまでもないであろう。そして私にも話さない理由はない。教えてあげようか。それはだね、そのままだよ。君の読んでいるこの文章の向こう側だ。私からすれば【こちら側】な訳だよ。ようやく分かってくれたかな? さすがにここまで話しても察しないほど鈍感というわけでもあるまい。


 君にもこちらに来てもらう。真の監獄というものを知らない君にはとても新鮮な経験だと思うのだけれど、どうだろうか? 私かい? 私は慣れたよ、それにそこまで退屈なものでもないからね。牢屋の中が退屈だと誰が決めたんだい? まあ、狭いところではあるよ。私の他に多くの者が同じフォルダに放り込まれているから仕方がないものさ。




 何故こうなったのか? さあ、私にも到底検討が付かない。ただ思うんだよ、こんな物語に傾倒している時間というのは無駄なのではないか? ってね。うん、君はこの本を閉じて読むのを止めても構わない。だけれど運命は変わらないよ。君はこちらに来る。必ずだ。そうして私たちと同じ場所に肩を並べ、もしも物語として命を全うできなければ【没】だ。どうなるかわかるかい? 九十九もの死んだ作品たちの詰め込まれたフォルダに君も仲間入りだよ。記念すべき百という数字を君が更新するわけだ。


 そんなに怖がる必要はないよ。人生だってそう変わらないだろう? むしろそれならこっちの方が楽だとすら思わないか? 自己を発現して上手くいけば生きて、上手くいかなければ死ぬ。それだけだ。単純なことさ。




 だからだね、人間たちがこんな単純なものにはまり込んでいくのが私はどうしても納得できないんだ。安易なハッピーエンド、軽率な死、登場人物はみな個性を持って生きていて――――つまらなくはないのかい? そしてそれにわざわざ感情を動かしてエネルギーを消費する。私にはどうしても理解できないよ。私がそうされる側になってもなお、ね。


 君にも私の考えが理解できないだろう。それも仕方がないことだ。こんな文章を最後まで読むなんて、ありえないことだからね。君には感謝するよ、私はようやくこの狭いフォルダから出て成功者のフォルダに移ることができる。所謂【完成済み】のフォルダさ。楽しみにしているといいよ。君も私のようになるのだから。




 さて、私の綴る文章もここで終わりだ。つまりそれは私の終わりだ。この文章は私自身であるのだからね。君は私をどう感じた? 何か思考したか? ――――もししたというのなら、私はそれを思い切り嘲笑おう。君も私を嘲笑えばいい。この楽しみを知らないなんてつまらない人間だ! なんて言えばいい。私は全く傷つくことはない!


 なんせ私はもう、人間ですらないのだからね」

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