第54話 過去の光景
「ここにエルフの村があったんだ……」
俺は歩きながら呟く。
村にいるエルフたちは、誰も俺を気にかけない。それどころか、ぶつかると体が透けてしまう。
どうやら俺は過去の光景を見ているらしい。
「マフレナ」
エルフは誰もが美しい。その中でもひときわ目を引く少女がいた。
今の俺よりも更に小さい。けれど一目でマフレナと分かった。
「お父さーん、お母さーん」
彼女はそう言いながら、二人のエルフに駆け寄っていく。
父親は弓矢を、母親は杖を持っていた。
マフレナは両親の手前で転んで、膝を擦りむいてしまう。父親は慌てふためくが、母親は微笑んで回復魔法を使う。
どうやら村の大人たちの一部が、集団で狩りに出ていたらしい。
狼や猪の死体を引きずった者たちが、歓声と共に迎え入れられている。
場面が急に変わる。
夜になった。
村の広場で、火が焚かれている。動物が丸焼きにされていた。
肉を焼いている最中、エルフたちが楽しそうに踊っている。その輪の中にマフレナがいた。とても自然な笑顔だ。ほかの子供たちとも仲がよさそうだ。
俺の記憶では、昔のマフレナは無表情な奴だった。
けれど更に遡れば、今と同じく、よく笑うエルフだったらしい。
精霊グラツィアは、村唯一の生き残りと言っていた。
このあと、なにが起きるか、あまり見たくない。
しかし目をそらしても、過去の出来事は変わらない。
きっとマフレナは、俺にこれを見せたくて、祠まで案内したのだろう。
なら、見届けなければ。
更に場面が変わる。
今度は祠だ。
まだ乾燥していない、摘み立ての綺麗な花が並んでいる。
そして皿に盛り付けられた肉料理も祠の前に置かれた。
置いたのはマフレナだ。
その後ろには彼女の父親と母親もいる。
どうやら両親が仕留めた獣肉の一部を、グラツィアに供えに来たらしい。
「これでグラツィア様はこれからも私たちのこと見てくれる? 私たち、幸せに暮らしていける?」
「マフレナ。グラツィアは願いを叶えてくれる神様とは違うのよ。この土地はもともとグラツィアのもので、私たちエルフはあとから村を作ったの。だから、ここに住まわせてくれてありがとうって感謝の気持ちでお供えしてるのよ」
「そうそう。グラツィアは同じ土地で暮らす隣人なんだ。狩りが成功したから、お裾分けしてるんだよ」
「ふーん……でも、そしたらグラツィアは、ここにいるだけなの? なにもしてないのにお肉とかお花をもらえるの? ズルいんじゃない?」
「いいや。グラツィアはね、昔、凶暴な魔物を倒してくれたんだ。エルフを守るためにね。だけどその戦いで体を失って、まだ力を完全には取り戻せていない。グラツィアが力を使うには、召喚魔法の使い手が必要なんだ。母さんみたいな」
「そっか。グラツィアがいたおかげで私たちの村があるんだね。じゃあ沢山お供えして、沢山恩返ししないと。それから、私もお母さんみたいに召喚魔法を覚える! また魔物が来たら、私がグラツィアを召喚して、やっつける!」
「あら、頼もしいわね。じゃあ明日から特訓よ」
「うん!」
マフレナたちが洞窟を出ると、別の家族が肉を供えに来る。
グラツィアは、エルフみんなから慕われていたようだ。
そしてマフレナは母親と一緒に瞑想して、魔力を鍛える。それがある程度進んだら、祠の前で祈る。
「精霊グラツィア。どうか私と契約してください……」
すると祠が淡く光り、グラツィアの声を放った。
「マフレナ・クベルカですね。いつもあなたが私のために森で花を摘んでいるのを知っていますよ。それから花を供えるついでに、私へのお供え物をつまみ食いしているのも知っています」
「え!?」
悪事がバレていたと知ったマフレナは、この世の終わりのような顔をする。
「気にしないでください。どうせ私への供物は、あとで大人が回収して、子供たちが寝てから食べるのですから」
「ええっ! あれはグラツィアが食べてると思ってました!」
「ほかの精霊は知りませんが、私は食事を必要としません。けれど、お供え物には感謝していますよ。あなたたちの心が伝わってきますから。マフレナのお花からも、あなたが私を尊敬してくれているのが伝わります。私が尊敬に値する存在なのかは分かりませんが……」
グラツィアは声を曇らせる。
それを聞いて、マフレナは首を傾げた。
「どうしてですか? グラツィアは昔、魔物と戦って村を守ってくれたんでしょ? 凄いと思います!」
「私一人で戦ったのではありません。エルフも共に戦いました。そして多くの犠牲者が出ました。私がもっと強い精霊なら、誰も死なずに済んだのに……」
「それは違います! その戦いに参加した村のおじいさんやおばあさんから話を聞きました。グラツィアがいなかったら、もっと沢山死んでたかもって……全滅してたかもって! みんなグラツィアを尊敬してるんです。だからお供え物をするんですよ」
「ありがとうございます、マフレナ。私はエルフ以上に長生きしていますが、いくつになっても、こうして感謝の言葉をもらえると嬉しくなりますね。ですがマフレナ・クベルカ。あなたは私と契約するには……まだ魔力が不足しているようですね」
「ええ……そんなぁ。オマケしてくれてもいいじゃないですか……」
「精霊との契約にはオマケとかそういうのはないので。修行を頑張ってください」
それからマフレナは、魔法の練習をしたり、瞑想して魔力を鍛えたりする日々を続ける。
「マフレナったら、攻撃魔法も回復魔法も防御魔法も、とっくにお母さんより上手になったわねぇ。魔力がもっと増えたら、お母さんより強くなっちゃうわ」
「わーい」
「だけど瞑想中に寝ちゃったら、いつまでも魔力が増えないわよ?」
「う……でもお母さんも一緒に寝てるじゃん」
「だって……お母さんも瞑想苦手だから」
「お母さんが苦手なら、私が苦手でも仕方ないよ。だってお母さんの娘なんだもん」
「うふふ、そうね。ポーション作りが得意なのも受け継いでくれたしね」
そうして穏やかな日々が流れる。
永遠に続くかと思われた。
けれど、この村はもうないのだ。
来て欲しくない終焉は、唐突に訪れる。
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