第52話 ヴェルミリオンの背に乗って出発

「無差別に凍り付かせるのは恐ろしいけど、制御できたら強力な戦力になりそうだ。あれはマフレナが下手なだけで、できる人はできるんでしょ?」


「ええ、まあ、認めるのは悔しいですが、できるはずですよ。召喚魔法を完璧に使いこなせば、もとになった精霊の能力を再現できるはずです」


「もとになった精霊?」


「ああ、そうでした。そこから説明すべきでしたね。レイナード様は精霊と魔物の違いって分かりますか?」


「一応、分かってるつもりだよ。語るから、間違ってるところがあったら指摘して」


 まず、魔物とは、普通の動植物が進化して、魔力を持つようになった存在だ。だから魔物のほとんどは、熊とか狼とか食虫植物とか、なにかの動植物によく似ている。

 ちなみに、魔物が更に進化したのが魔族だ。魔族は人の言葉を話すし、魔力が強い。もとの動植物からかけ離れた姿になっている魔族もいる。

 例えばスライムに取り憑く前のピアラジュとか。こいつはエネルギー体というかガス生命体というか、そういうフワッとした奴だった。


 精霊は逆だ。

 魔力だけで構成された、人の感覚では理解しにくいナニカが、物質的な体を得て、この世界に現れるようになった。それが精霊である。

 精霊のことを『なんとなく善良な魔物』くらいに思っている人も多いが、成り立ちがまるで違う。それに人に危害を加える精霊が少ないだけで、皆無ではない――。


「――という説明であってるかな?」


「はい、正解です。召喚獣を説明するに当たって、精霊がもともと肉体を持たない存在だったというのが重要です。精霊は肉体を完全に破壊されても、魂が無事なら致命傷にはなりません。何十年か何百年か放っておけば、肉体も再生します。魔物や魔族、そして私たちは魂だけで生きていけません。肉体だけでも駄目です。私たちは両方に跨がって存在しています」


「あれ? でも俺って、前世の肉体が滅びて、魂だけになってから生まれ変わったけど?」


「その辺は……神々の領域なので、私如きでは説明できません。けれど魂と肉体に跨がっているというのは確かですよ。だってレイナード様は、セオドリック様だった頃よりも、ちょっぴり子供っぽくなってますし、凄くえっちになりました。きっと肉体が変わったせいで性格が変わったんですね」


 えっちになったのはマフレナのせいだと思う。


「召喚獣というのは、精霊の力のみを呼び出して、仮初めの肉体を与えたものです。もとになった精霊が移動してくるわけではありません。しかし仮初めとはいえ物理的に顕現しているので、放っておけばいつまでも残ります。だから呼び出した魔法師が還さなくてはいけません。あるいは、仮の肉体を破壊すれば、召喚獣はそこに留まることができなくなります」


「つまり精霊の複製を作って操るわけか。召喚獣として使うには、その精霊を詳しく知る必要がありそうだね」


「ええ、その通りです。具体的には、精霊がいる場所に直接行って、精霊と対話し、契約する必要があります。ですが精霊の住処は、あまり知られていません。知られていても辿り着くのが困難だったりします。なので召喚獣の使い手は少ないし、私もグラツィアとしか契約していませんね」


「そうか。けどグラツィアがいる場所と、そこに行く方法をマフレナは知ってるんだね。案内してよ。俺も契約したい」


「そう言うと思いました。確かにレイナード様なら、私よりも召喚魔法を使いこなせそうな気がします。実は私も、そろそろグラツィアの祠に行きたいなぁと思っていたんです」


 それは丁度いい。

 風呂を出たら早速出発だ。ヴェルミリオンに乗っていけば、どこだろうと一っ飛びである。


「吾輩は行かんぞ。氷の精霊の住処だから寒いのだろう? せっかく風呂に入って暖まったのに、なぜまた冷えなければいかんのか」


 というわけでピアラジュに留守番を任せ、俺とマフレナだけでヴェルミリオンの背に跨がって出発した。


「あれ? そういえばドラゴンって魔物なの?」


「むむ? 違うぞ。ドラゴンはドラゴン。魔力を持っていても魔物ではない。ゆえに我ら真竜がこうして言葉を話しても、魔族ではない」


 ヴェルミリオンは俺の質問に答える。


「……じゃあドラゴンってなんなの?」


「だから、ドラゴンはドラゴンだ。魔力があるから魔物というのは乱暴な分類だぞ。人間が魔法師になったら魔物になるのか? 魔法を使えても人間であろうが。それと同じこと」


「分かるような、分からないような……」


 俺が首を傾げていると、マフレナが話に加わってくれた。


「魔物や魔族は、世界を作った神々の思惑から外れた存在だ、という説がありますね。エルフや人間といった人類、精霊、ドラゴンが魔力を持ち、魔法を使えるのは、神々がそのように創ったからです。ですが魔物と魔族は別で、勝手に進化してしまったのではないか……というのを本で読みました。それが本当かどうかは分かりませんけど」


「ほう。面白い説だ。実のところ、魔物とドラゴンの違いなど深く考えたことがなかった。次からはそう答えることにしよう。ドラゴンには神々の加護があり、魔物や魔族は異端児だ」


 ヴェルミリオンは満足そうな声を出す。

 特に、神々の加護というのを強調している。真竜も案外と権威主義なところがあるらしい。

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