第50話 前世の夢 後編

「今回も楽勝だったね。それにしてもマフレナは強いけど、隙が多いね。気をつけたほうがいいんじゃないか?」


「……あなたがそばにいるからです。一人ならちゃんと自分で自分を守りますよ」


「そうか。それじゃあ、また機会があれば」


「駄目です。待ってください。今日こそ一緒にご飯を食べに行きましょう」


「悪いけど。遠征中の食事が粗末な分、町では筋肉にいいものを食べたいんだ」


「……具体的にどういう?」


「肉だ。肉を焼いてそのまま食べる。調味料は一切なし。そういうのを出す店ってある?」


「ないですよ。なんですかそれ、味しないでしょ。この辺で売ってる肉は安物なので硬いでしょうし。私をからかってるんですか?」


「俺は本気だよ」


「確かにその目は本気ですね……」


「じゃ、そういうことで」


「あ」


 次に一緒に戦ったのは三ヶ月後。

 街道沿いに現れた魔物の巣を破壊し尽くしたあと、マフレナは草原に座り、持参したバスケットを開いた。


「サンドイッチを作って持ってきましたよ。遠征中は肉以外も食べるんですよね?」


「あ。今回は干肉を持ってきたから大丈夫。サンドイッチはマフレナが食べなよ」


「……」


 それから一ヶ月後。


「セオドリック様。魔法剣を作ってきました。私は錬金術師でもあるので。これなら受け取ってくれますよね!?」


「へえ。マフレナはそんなこともできるんだ。凄いな……いや、待って。なんだこの剣……凄いな! びっくりするほど手に馴染む!」


「よ、よかった……セオドリック様を想いながら作ったので。オリハルコンとミスリルを主成分とした合金です。それを魔法で更に強化しています。あなたが本気を出しても折れないはずですし、幽霊のように実体がない相手を斬ることも可能ですよ」


「本当にもらっていいの!?」


「むしろ断られたら今度こそ怒りますよ! ああ、いえ。その。セオドリック様が強くなれば、私はますます安全ですから。それだけのことです。他意はありませんよ」


「そうなんだ。それにしてもいい剣だ……でも調整してもらいたいところがあるんだけど頼めるかな? 使っているうちに気になるところが増えると思う。完全に納得するまで何度もやってもらうことになると思うけど……」


「それはつまり、セオドリック様のほうから私に会いたいと、そういうことですね!? うふふ、仕方ありませんね。暇なときにやってあげましょう」


「助かる。にしても……マフレナが笑っている顔、初めて見た。ますます美人だね」


「び、美人!? セオドリック様って私を美人だと思っていたんですか!?」


「俺だって、人の容姿の善し悪しくらい分かるよ」


「へー、ふーん、ほーん。セオドリック様の基準で私は美人と……まあ、悪い気はしませんね」


「そうだ。大切なことを言い忘れていた。剣をありがとう。今までどんな剣を使っても、一年くらいしか保たなかった。だけど、これは一生使えそうだ。本当にありがとう」


「っ! 普段は朴念仁のくせに、さっきからなんなんですか!? 感謝したいのは私なんですから……いつも守ってくださり……あ、ありが……」


「蟻が?」


「ありがとうございます! そう言いたかったんです! 人間に、、、感謝の言葉を伝えるの慣れてないので照れたんです! 悪いですか!」


「悪くないよ。剣聖が戦ったり守ったりするのは当然ってみんな思ってるから……ありがとうって言ってくれるのは、凄く嬉しいよ」


「ありがとうが嬉しい……ええ、そうですね。私も、セオドリック様に言ってもらえたから気づけました。だから頑張ってお返ししてみました。悪くない気分です。これからは……もうちょっと頻繁に口に出してみようと思います」


 それから任務を片付けて、国王に報告に行く。

 すると。


「無表情で有名なマフレナが、お前の前だとよく笑う。なにかあったのか?」


 国王にそんな質問をされた。


「さあ。俺はなにもしていませんが」


「そうか……お前もマフレナの前だと、表情が和らいでいる気がするぞ」


「そうでしょうか?」


「やれやれ……朴念仁とはセオドリックのことを指すのだな。マフレナは苦労しそうだ。あるいは一生無理かもな……まあ、その責任は我らにあるのだが。心苦しく思っている。だが次の任務を告げねばならん。国境近くの村に魔族が住み着き、住民を拷問して、その苦痛をエサにしているらしい。行ってくれるな?」


「御意」


 国王がなにを心配しているか分からないし、興味もない。

 セオドリックは謁見の間をあとにし、渡された地図の場所に向かう。

 自分からマフレナを誘ったりはしなかった――。




「なんだ、これ……前世の俺、情緒が育ってなさすぎるでしょ……よくマフレナはあんな奴を好きになったな!」


 目覚めた俺はベッドに寝転がったまま、つい悪態をついてしまった。

 あんなにマフレナが誘ってくれているのに、尽く無視して、剣だけはちゃっかりもらいやがって。

 剣聖セオドリックとかいう奴に腹が立ってくる。なんなんだあいつは……俺だよ、くそ!


 はあ……昔のことをマフレナに質問しようかと思ったけど、セオドリックがいかにクソ野郎だったか事細かに語られそうだ。なにせ自分でもそう思うので、黙って聞くしかない。想像しただけで辛い時間だ。藪蛇をつつくのはやめておこう。


 着替えて一階に降りると、今日もマフレナはピアラジュに台所のシンクを掃除させていた。


「ありがとうございます! ピアラジュさんはどんな掃除業者よりも凄いですよ!」


「ぬはは。いつでも吾輩を頼るがいい」


「おはよう、マフレナ。今朝は早起きだね」


「ええ。昨日はレイナード様と寝床を共にしませんでしたからね。いつも腰を抜かしていては、生活に支障が出ます。本来の私はこのくらい早起きなんですよ?」


 俺って諸悪の根源なのかなって気がしてきたぞ。

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