第49話 前世の夢 前編

 夢を見ている、とすぐに気づいた。


 視線の高さがいつもよりずっと上だし、腕が筋肉質な大人のものだった。

 前世の自分。剣聖セオドリック。その視線からの景色に違和感を覚えて『夢』と思うなんて、俺はすっかりレイナードの人生に馴染んでしまっているらしい。


 夢の中の俺は、どこかの町のすぐ外で素振りをしていた。剣聖剣の前に使っていた、ミスリル製の剣だ。懐かしい。

 素振りに門番たちが見とれている。俺は無心で剣を振り続ける……いや嘘だ。門番たちの眼差しに、少しだけいい気になっていた。前世の俺にだって、そのくらいの人間性はあった。

 この光景、覚えているぞ。

 確かこれは三十歳くらいのとき。


「マフレナ・クベルカです。あなたが剣聖セオドリック様ですね?」


 フードを深く被った女性に話しかけられた。

 ああ、そうだ。マフレナと初めて会ったのは、このときだった。

 セオドリックはまだ彼女がエルフだと知らない。


「魔物の群れはいつも以上に大規模のようです。あなたの援護をしろと、この町の領主に雇われました」


 マフレナは無表情で、口調も冷たい。今とはまるで印象が違う。


「俺一人で十分だよ」


「ですが私は、あなたの手伝いをしないと報酬をもらえません。あなたが一人で全滅させるのは勝手ですが、私も同行しますよ」


「そうか。好きにしなよ」


 俺も俺で無愛想すぎる。こんなだったっけ……こんなだった気がする。

 剣技を鍛えて、戦う。それを繰り返しているうちに、他人と触れ合うのがどんどん下手になっていた。

 それにしても、この頃のマフレナはどうしてこんな不機嫌そうだったんだろう?

 なにせ前世の俺は、そう疑問に思ったとしても、尋ねたりしない。

 今のマフレナに聞けば分かるだろうか?


 夢の中の俺とマフレナは馬車に乗って、魔物が出たという森に行く。

 そして木々の奥から現れる、数十匹の群れ。

 茂みの奥にも無数の気配。これは確かに、剣聖セオドリックといえど一人で相手するのは時間がかかる。


「せっかく来たんだから、少しは敵の数を減らしてくれないか――」


 セオドリックがそう言い終わらぬうちに、マフレナの手のひらから光の塊が放たれた。それが分裂し、無数の光線となって魔物たちの頭や心臓部を貫き、次々と絶命させていく。


「少し、というのは、このくらいでよろしいですか?」


 マフレナは相変わらず無感情に呟く。


「……まあまあ、だね」


 そうセオドリックは答えたけど、実際は驚いていた。なにせ魔物の気配が今の一撃で三割は減った。

 この場に不要なのは、むしろ自分ではないかと思ってしまう。

 その直後、背後から魔物が襲い掛かってきた。狙われたマフレナは振り返るが、魔法の発動が間に合わない。牙が白い肌に突き刺さる寸前、セオドリックの剣が魔物を一刀両断にした。


「どうしたの。素人みたいに固まって」


「……さっきの魔法の反動で、魔力の練りが思っていたよりも遅れました」


「なるほど。万能じゃないんだね。なら、君は魔法で攻撃し続けて。近づいてきた魔物は俺が斬るから」


「……今日初めて会ったあなたを、そこまで信用できません」


「そう。だったら別々に戦おう。お互いの邪魔だけはしないように」


 それからしばらく二人は非協力的な戦闘を続ける。

 だが数分後。


「気が変わりました。あなたの剣術は頭がおかしいレベルです。百数十年生きてきましたが、あなたのような剣士は初めて見ました。協力しましょう。私を守ってください」


「分かった」


 そこから先、魔物を殲滅するまであっという間だった。

 当然、二人とも怪我一つない。

 けれど、いつの間にかマフレナのフードが外れ、ピンと尖った耳が見えてしまっていた。

 それに気づいたマフレナは、慌ててフードを被り直す。


「どうして隠すのさ。エルフだからって問答無用で奴隷市に連れて行かれる時代じゃないよ」


「それでも……あなたがた人間は、この耳を見ると、嘲笑ったり、露骨に目をそらしたりするじゃないですか」


「そういう人もいるかもね。俺は違うよ。ピンと尖って、ナイフみたいで格好いいじゃないか」


「か、格好いい……? そんなこと言われたの初めてです……」


 マフレナは頬を赤くしている。けれどセオドリックはまるで気づいていない。


 あまりにもセオドリックとマフレナが早く町に帰ってきたので、領主は確認のために自分で森に向かったほどだ。そして実際に魔物の死体が所狭しと転がっているのを見て、ようやく納得し、セオドリックとマフレナを賞賛した。


「こんなに攻撃魔法に専念できた戦いは初めてでした」


「俺も君の魔法のおかげで楽できたよ。じゃあね」


「あ」


 セオドリックは宿に帰って寝た。休めるときに休むのが自分の義務と思っていたから。

 それから一年ほどしてから、またマフレナと一緒に仕事をする機会が巡ってきた。

 今度は盗賊団の討伐。

 前回と同じ戦法。セオドリックがマフレナを守り、マフレナが大火力で蹂躙する。


「あなたが守ってくれると、とても安心感があります」


「それは光栄だね」


「あの。よければ今から酒場に行きませんか? 一杯付き合ってください」


「酒は筋肉に悪いと聞く。それに明日も早起きして次の町に行かないと。第一、夜中に起こされて急に戦う羽目になったことは一度や二度じゃない。酒は飲まないことにしているんだ。じゃあね」


「ではせめて食事を……あ」


 セオドリックは宿で寝る。

 次に会ったのは半年後。マフレナのほうから「剣聖と仕事したい」と国王に掛け合ったらしい。

 とある砦に住み着いた魔族討伐の任務だった。


「あなたと一緒だと楽できるので。他意はありませんよ」


「そうか、俺もだよ。ところで、ちょっと怒ってない?」


「いいえ別に。前回、誘いを断られたのを根に持ってたりしませんよ」


「……なんか誘われたっけ?」


「朴念仁って、あなたみたいな人のためにある言葉なんでしょうね」


 今の俺レイナードならマフレナが頬を膨らませている理由が分かる。だけどセオドリックはまるで気づいていないし、すぐに忘れてしまう。本当に朴念仁だなぁ。

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