第48話 三人でお風呂
湖畔の屋敷に帰ると、玄関の前に大玉スイカサイズのスライムがいた。ピアラジュである。
「おお、帰ってきたか。吾輩が見張っていたから、湖は平和だったぞ。侵入者はゼロだ」
プニプニと揺れながら自慢げに言う。
「うふふ。ピアラジュのおかげで安心して外出できます。ありがとうございます」
マフレナは聖母のような微笑みを浮かべながらピアラジュを抱きしめる。
それを見てアリアが口を開いた。
「いつも玄関に飾ってあった、氷漬けのスライムだな。魔法で制御して仲間にしたと道すがら聞いていたが、想像以上に仲良しだな。湖の魔物と恐れられた奴とは思えん。なかなか可愛いではないか。私はアリアだ。よろしくな」
「うむ。氷漬けのときもうっすら意識はあったから、お前のことは知っているぞ。王女なのだろう? この湖に真竜が住み着いたり、王女が遊びにきたりして、吾輩としても鼻が高い。言っておくが、ここは今でも吾輩の縄張り。レイナードには貸してやっているだけだ。そこを勘違いしないように」
「そうなのか。では、お邪魔させてもらうぞ。うーむ、それにしても撫で心地がいい。私はネチョッとしたスライムは倒せるが、お前のようにプニプニしたスライムは可愛くて倒せんのだ。可愛いというのは得だなぁ」
可愛いと倒せないなんて、アリアも女の子だなぁ。
小さい頃はバラ園に連れて行ってと国王にせがんでいたらしいし、今だってリボンでポニーテールにして割とオシャレだし。
剣が好きすぎて目立たないだけで、実は女子力が高いのかもしれない。
それにしてもピアラジュの奴、俺にこの土地を貸してるだけなんて、よくも大口を叩いたな。
美人二人に愛でられて気が大きくなってるのだろう。
生ゴミ食ってるくせに。
「マフレナとアリアの感情は真っ直ぐで、とてもよい。吾輩は満足だ。レイナードは近寄るな。お前はなんかいつも吾輩を小馬鹿にしとる。お前の感情は美味しくない」
やんのかテメェ。
「さて。お前たちが帰ってきたから、もう留守番の必要はないな。吾輩は真竜のところに行くぞ。さっきから湖を挟んでジェスチャーで会話していたが、なかなか気が合いそうだ。今夜はあっちに泊まってくる!」
ピアラジュはプニプニと対岸へ走り出す。
「走って行く姿も可愛いですねぇ」
「全くだ。意思疎通ができるせいか、よけい可愛く見えるな」
女子二人はスライムの後ろ姿を微笑ましく見守った。
「二人とも、ちょっと前までは、俺に向かって可愛い可愛いって煩わしいくらいしがみついてきたくせに。ああいうスライムのほうがいいの?」
俺はそう口走ってから自分で驚いた。
なんだ、これは。まるでピアラジュに嫉妬しているみたいじゃないか。
まさか。そんな。俺は可愛がられたいなんて思っていない、はず。
けれど、ずっと二人にそう扱われていたから、それがなくなると物足りないのも事実で……。
「え? なんですかレイナード様? 今のお言葉はなんですか? えー、そういう発言をしちゃうようになったんですかー。随分と変わりましたねー。可愛いって毎日言った甲斐がありました。うふふふふ」
「嫉妬か? 嫉妬なのかレイナードくん。私たちに構ってもらえずに嫉妬してしまったのか!? 大丈夫だ、安心してくれ。私にとってレイナードくんが一番だ。お嫁さんにしたいくらい可愛い。レイナードくんがもう一人いたらそっちは妹にする」
「いや、別に可愛がられたいわけじゃないし……」
「プイッってしましたよ!? レイナード様がプイッて目をそらしました! 反則的に可愛いですね!」
「なんという
という流れで、俺は風呂場に連行されてしまった。
俺は湖畔の屋敷をとても気に入っている。その中でも特に素晴らしいのが風呂場だ。
浴槽がとても広い。脚を思いっきり伸ばせるどころか、三人で入っても余裕なほど広い。
「ああ~~、最高のお風呂だ。広いし、窓からの眺めが最高だし、なによりもレイナードくんがいる。レイナードくんを抱っこできたら、どこにいようと最高だ」
アリアはスレンダーな体型だが、決して胸が小さいわけではない。年相応に発育していて、柔らかいそれが俺の体に押しつけられた。興奮せざるを得ない。
「アリア様、独り占めは駄目ですよ。私だってレイナード様を抱っこしたいんですから」
マフレナは巨乳だ。メイド服のエプロン越しでも一目でデカいと分かるのに、こうして裸になれば、その存在感たるや圧倒的である。それが俺の体を包み込む……いや押しつぶすと形容すべきだろうか。とにかく凄い。
「はあ……実に落ち着く時間だ。今日もレイナードくんに勝てなくて悔しいのに、少しも焦る気にならないのが自分でも不思議だ。レイナードくんと戦えば、確実に強くなれると分かっているからだろうか? 君と出会うまで、私の剣は伸び悩んでいた。今は違う。一歩一歩、前に進めている。いつか、あの剣聖にも追いつける気がする。なにせ、最高の手本が身近にいるのだから」
そう言ってアリアは強く俺に体を押しつけてきた。
やはり感づいている……か。
「ねえ、アリア。俺に前世の記憶があるって言ったら信じる?」
「……それはどんな記憶かな?」
「三百年くらい前に死んだ剣士でね。剣士として名をはせるのを目標している奴だった。結構才能があったみたいで、まあ割と強くなれた。おかげで地位が上がって、責任も期待も増した。よせばいいのに周りの期待の全てに耐えようとして、戦い続けた。攻めてきた隣国を押し返したり、盗賊団をいくつも潰したり。魔物や魔族も数え切れないほど倒した。倒しても倒しても、すぐ次の敵が現れる。王様も民衆も、勝ち続けることを望んでいた。そいつは、自分がみんなの期待に応えなきゃ世界が滅びるかも、なんて思い煩った。馬鹿みたいだね。実際、そいつが死んでから三百年経っても、世界は滅びちゃいない。そいつは死ぬ間際になって、もっと自由に生きたかったと後悔した。剣聖なんて称号を捨てて、ただの一人の人間になりたかったんだ」
「そう、か。壮絶な戦いの記憶だな……しかし私はその人を馬鹿だとは思わないよ。彼が魔物と魔族の数を減らしたから、残された人々だけでなんとかなった。彼がいなければ、世界はもっと荒廃していた。私はそう思っているから、剣聖セオドリックを尊敬しているんだ」
「そういう見方もあるのか……」
戦って、死んだ。
俺は前世の自分をそれだけの男と考えていた。
今の時代に名前以外のなにかを残せたなんて思っていなかった。
けれどアリアは、俺が戦ったから今も平和が続いていると言ってくれた。
全て俺のおかげだと思い上がりはしないけど、少しでも貢献できていたなら、凄く嬉しい。
「ありがとうアリア。心が軽くなったよ。別に前世を重荷に感じていたわけじゃないけど」
「礼を言いたいのはこっちだ。私がこうして生きているのは、剣聖の物語があったからだ。ああ、やっぱりレイナードくんは剣聖だったのか……嬉しいなぁ。けれどな、君の前世が何者であろうと、私がレイナードくんを好きなのは変わらないからな。私が惚れたのは今の君なんだから」
「……アリアって男を喜ばせるのが得意なのかな?」
「まさか。男の口説きかたなど知るはずがないだろう。私は思ったことを口にしているだけだ」
「なるほど。じゃあ俺を喜ばせるのが得意なんだね。アリアの言葉をあんまり聞くと嬉しすぎてのぼせそうだから、塞がせてもらうよ」
「ん……」
俺はアリアを抱きしめて唇を重ねる。
横でマフレナが、やれやれというため息をついていた。
「今日だけはアリア様を優先しても許してあげます。今日だけですよ。次からは平等に愛でてくださいね」
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