第47話 バラ園で会談
兵士たちの訓練に使っている広場から少し歩くと、美しいバラ園が広がっていた。
俺がそれに見とれていると、国王は懐かしむように語り始める。
「小さい頃のアリアはこのバラ園が好きでな。余が抱き上げて、よく散歩したものだ。今でも誘えば一緒に歩いてくれるが、さすがに抱っこはさせてくれんな」
「どうでしょう? 陛下が頼み込めばさせてくれるのでは? アリア王女はあれで甘えん坊なところがあるように思えます」
「ははは。だとすれば嬉しい。しかし余の足腰のほうが保たんよ。それにしてもレイナード。随分とアリアと仲良くしてくれているようだな」
「それは……はい。光栄にもアリア王女は、俺を臣下ではなく友人として扱ってくれます」
「アリアは剣術にばかり熱心で、友人を増やす努力を怠っていた。同年代で親しいのはせいぜいホタルくらいで、異性には全く興味を示さない。だから、そなたという友人ができて、余はホッとしているのだ」
「身に余るお言葉です」
「ところでレイナードよ。今でこそ、お転婆娘の権化のようにしているアリアだが、幼い頃は病弱だったと知っているか?」
「……いえ。初耳です」
「今の姿からは想像もできんだろう? だが、あの子は生まれたときから病気にかかりやすかった。ちょっとしたことで熱を出し、ベッドで寝ている時間のほうが長いくらいだった。だから庭の散歩も、自分の足ではすぐ息切れしてしまう。十歳まで生きたら奇跡と、医者からも魔法師からも言われたものだ」
本当に想像できない。
だからアリアをあれほど自由にさせているのか。生きているだけで奇跡だから、それ以上を求めるつもりはない。そういうことなのだろう。
「ろくに歩けないアリアにとって、世界を広げてくれるのは本だった。あの子は英雄譚を好んだよ。特に、三百年以上前に活躍した、とある剣士の物語がお気に入りだった。いつか自分もこんな剣士になりたいと、私や妻に目を輝かせて語っていたよ。それがアリアにとって、生きる原動力だった」
「三百年前の剣士……」
つまり前世の俺。剣聖セオドリックか。
「アリアは、その剣士への憧れで病気の苦しみに耐えた。そして耐えすぎた。風邪を引いているというのに、勝手に外に出て、どこからか拾ってきた木の棒を振り回して『剣の練習』をするようになった。だから、あの子の部屋に常に見張りをつけるようにしたのに、それでも窓から抜け出した。雨の日に剣の練習をして、肺炎になったときは、今度こそもう駄目かと思った」
なんというか。
全く笑い話ではないし、当時の国王たちの心労が凄まじいものだったのも分かる。けれど実にアリアらしい。
病気だからとベッドで寝たきりに甘んじるアリアの姿はまるで想像できない。が、病気など知ったことかと立ち上がる姿は、この目で見たかのように思い描けた。
「医者に、なぜ生きてるのか分からないと言われたよ。魔法師には、精神力が肉体を凌駕しつつあると言われた。実際、アリアは気力だけで起き上がり、気力だけで強くなり、ついには見張りの兵士を木の棒で殴り倒して脱走した。八歳のときだ。信じられるか?」
「こう言っては失礼かもしれませんが、アリア王女ならそういうこともあるでしょう」
「今のアリアしか知らんから、そういうイメージになるのだろうな。当時の余たちは、本当に腰を抜かしたぞ。とはいえ、娘が元気になってくれたのだ。理屈や動機がどうであれ、喜ばしいに決まっている。そして、その元気を支えているのが剣術への執着ならば、取り上げるわけにいかない。下手に我流で怪我をされるよりはと、ちゃんとした師匠をつけることにした。最初は腕自慢の兵士。すぐに物足りなくなって、兵隊長。騎士。騎士の指南役……そして、この国最強の剣士だった、騎士団長。誰も彼も、アリアに追い抜かれていった。天才とはアリアのような者を指すのだろうな」
俺は頷く。
国王の言葉は、決して親バカなどではない。なにせアリアの才能には、この俺でさえ戦慄しているのだから。
「アリアに剣を教えてやれる者がいなくなって久しい。そんなときに現れたのが、そなただ。そなたは十三歳で老練な剣術を披露し、アリアを赤子扱いした。そして剣聖セオドリックの相棒だった大魔法師マフレナを引き連れている。そなたの正体がなんなのか、想像の翼が広がるな」
「陛下、俺は……」
「いや、答えずともよい。ハッキリと明言されてしまうと、国王としてその正体を利用したくなるかもしれん。妄想にとどめておくほうがいいのだ。しかしアリアにとって剣聖セオドリックは憧れの存在だ。生きる原動力になるほどの。レイナードよ。もしそなたがセオドリックについて語れることがあるなら、アリアにだけは話してやってくれぬか?」
「分かりました。面白い話を思い出したら、アリア王女には語りましょう」
「ありがとう。ところで……アリアは今日もそなたの家に泊まるのか?」
「……ええ、おそらくは」
「余はもともとアリアを自由にさせているし、もう十七歳だ。男の家に外泊しようと、干渉するつもりはない。普通の王女なら宮廷内で後ろ指を指されるだろうが、アリアがなにをしようと今更という空気だ」
いいのか、その空気。
「いっそ、孫の顔を見せてくれても構わんくらいだ」
「陛下、お戯れを」
そんな覚悟、俺にはまだない。ちゃんと避妊ポーションを使っているのだ。
「戯れか……アリアはあの通り活発な性格だ。だが、そなたの家に泊まった次の日は、まるで生まれたての子鹿のように足を震わせながら歩いている。そして自分の部屋に引きこもって出てこない。どうやら疲れ果てて寝ているらしい。レイナード、お前、余の娘にどんな戯れをしているのだ?」
「いやぁ、その……少々激しい剣の稽古ですかね……あはは」
百連射していますなんて口が裂けても言えない。笑って誤魔化しておこう。
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